数日後。
斗和は、この日も日課となった午前中の一人鍛錬を終えた。
汗を流した後、着物に着替え化粧も施す。
急いで昼用の焼きお握り作りをした。
単なる握り飯でもいいのだが、実弥は焼いた握り飯を食べたがるので毎日作っていた。
このところ人数が増え、握る数も大量になり通いの隠と二人であくせく動く。
「今日も人数が多そうですよ。糠漬けはもっと切りまょうか?」
「そうですね。糠床が二つあって助かりました。やっぱり自宅から持ってきて正解です」
通いの隠は、柱稽古が始まってから同じ者が来ている。
最初は着物姿の斗和を見て戸惑っていたが、今ではすっかり打ち解けていた。
「蓬萊様の糠漬けは絶品ですよね。実は俺、蓬萊様の引っ越しの際に手伝いをしたんですよ。土産に糠漬けを持たせてくれましたが、覚えてますか?」
「え、あの時の?そうなんですか!すいません、全然気付かなかった」
確かにあの時、糠漬けをあげた。
斗和は思い出し懐かしくなる。
「あの時初めて蓬萊様に会いましたが、驚きましたよ。荷車に糠床やら梅干し、鍬に鋤(すき)に鉈…思わず目が点になりました」
笑う隠につられ、斗和も笑った。
「蓬萊様は野良着だったので、本当に農婦かと思いました」
「私は昔から農民ですよ!」
斗和はおどけて笑う。
そしてすぐに顔を伏せた。
「…平和な世になったら、また畑仕事をして穏やかに暮らしたいです」
「…その時は俺にも教えて下さいね」
隠は何かを察しそれだけ言うと、握り飯を焼く為に勝手口から外に出た。
斗和もこっそり庭を伺うと、もみくちゃの隊士の中に猪頭を発見する。
(あ!伊之助君だ!)
嘴平伊之助である。
見知った顔が増えてくれば嬉しくなり、頑張れと伝えたくなった。
どうにか握り飯を持って行けないか考える。
失神したら一区切りの稽古は、昼餉時間は例外なので狙うならそこしかない。
しばらく見ていると、実弥が休憩だと告げ玄関の方に向かって行く。
(今だ!)
実弥がいなくなったのを確認後、斗和は勝手口を出て素早く庭に向かった。
着物でなければ大股で歩けるのにと思いながら、大きな盆に乗せた山盛りのお握りと、濡らした手拭いを運ぶ。
「皆さん、お疲れ様です!お握り召し上がって下さいね。まだたくさんありますから、遠慮なくどうぞ!」
斗和は、ひっくり返っている隊士の中に盆を置き、声を掛ける。
焼いた握り飯の香りが庭中に漂い、伸びていた隊士らは起きて目を輝かせる。
伊之助は握り飯にいち早く飛びついた。
「うおおおお飯だ飯!!」
「え、誰?」
「お前!一気に四個は取りすぎだぞ!」
「地獄から天国に生還したっ!」
「やべえ…鼻血出そう」
「うわ、すげえ美人!」
「風柱の嫁か!?」
「あんな血も涙もない男に、こんな美人の嫁がいてたまるか!」
「くそっ!凶悪面でも柱になれば美人の嫁が来るのかよ!」
「女中じゃねえの?」
「何かどっかで見たことある気が…」
「握り飯がうまい…!あっ猪!食いすぎだぞ!」
「柱になれば俺も綺麗な女中に来て貰えるかな?」
「いやお前そもそも柱になれねえだろ」
「猪!てめえ少しは遠慮しろよ!」
「あの薄っすら見える傷…もしかして…」
「音柱の嫁達も美人だよなあ。何で三人もいるんだ?」
騒ぎ出す隊士を見ながら、斗和は湯呑に冷たい麦茶を注いでいく。
「慌てなくてもまたまだありますから、ゆっくり食べて下さい。麦茶もどうぞ。出血してる人は手当てをするのでこちらへ…」
斗和がそう言ったとたん、隊士らは集まって来る。
「はい!俺左手を怪我してます!」
「俺は右腕のここ…」
「では順に手当てしますね。先に消毒します」
治療箱を開け、斗和はてきぱきと手当てをしていく。
隊士らは一様にしまりの無い顔になり、鼻の下が伸びている。
「人差し指を怪我しやすいのは、木刀を握る時に指と指が離れているからです。いいですか、こうしっかり持って安定させて下さい」
斗和は隊士の手に触れながら、木刀の持ち方を教えた。
「は、はい!ありがとうございます!」
隊士は白粉の香り漂う斗和に、照れて顔が赤くなる。
「単純な打ち込み稽古は、実は一番難しいんです。単純だからこそ、すぐに癖を見抜かれてしまいます。投げ飛ばされやすい人は、体幹を鍛えて下さい。地に足をしっかり着けてから踏み込む、打ち込む。力は上下半身一体とならなければ発揮できません」
あれこれ指導していく斗和に、皆は黙って聞いている。
なぜ風柱邸にいる女中が、稽古について詳しいのか。
不思議に思いながらも、握り飯を頬張り麦茶を飲む。
一部の隊士は、斗和は隊士であると見抜いた。
「あなたは左の口内を切っていますから、お握りは右側で食べて下さい。梅干しが入ってるので、染みないように気を付けて」
斗和がにこりと笑いかけると、隊士は手を挙げて頷く。
「はい!分かりました!」
(素直な人だな。やっぱりお世話係は必要だよね。あ、お握りが無くなる…)
どんどん無くなる握り飯を見て、斗和はもう一つの盆を持って来ようとした。
その時、実弥が手に盆を持って庭に向かって来るではないか。
(まずい!隠れようにも場所がないよー!)
顔中に血管を浮き上がらた実弥は、盆を置くと斗和の手を取り玄関に引っ張っていく
それを見ていた隊士らは、一様に口をポカンと開けている。
「見たか!?風柱が嫁の手を引いたぞ!」
「だからあの人は女中だって!」
「風柱、怒ってなかったか?」
「お前ら気付かねえの?あの人、元土柱の蓬萊斗和だよ」
「えー!?蓬萊さんかよ!」
庭はどよめきに包まれた。
玄関に入ると、実弥は声を荒らげた。
「斗和!出てくんなっつっただろォがァ!」
「だって知っている人がいたから…猪被った人、親分なの」
斗和は以前、入院中に言われた子分にしてやると言う伊之助の言葉を本気で受け取っている。
伊之助は握り飯に夢中で気付いていないが。
「何で猪が親分になるんだァ!?わけわかんねェこと言ってんじゃねェ!」
見事に一喝されて終わった。
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──────
更に数日後。
斗和は例の如く焼きお握りを作り、勝手口から覗く。
カナヲ、伊之助は既に合格し、隊士も最初の頃より面子が変化してる。
じーっと目を凝らしていると、村田がいるのを発見した。
ボロボロになりながらも懸命に立ち向かう姿を見て、斗和は感極まった。
もう会えないのではと思っていただけに、感動も一塩だ。
せっかくだから励まそうと思い、着物から一般隊服に着替えた。
実弥が休憩でいなくなった隙を見て、駆け寄る。
ひょっとこの面も付けており、これならばもし実弥が戻って来ても分からないだろうと考えたのだ。
「村田さん!村田さん!しっかりして、ほら水飲んで」
斗和はぐったりしている村田に声を掛ける。
すると村田は、唸りながら目を開けた。
「ううう、…わー!ひょっとこ!鬼とひょっとこがいるここは一体…」
「村田さんしっかりして!私、蓬萊ですよ!」
「蓬萊さん!?何でそんな面付けてるの!というか、いたの!?気付かなかったよ…風柱の稽古、きつすぎるだろ?大丈…!?かっ、風…」
会話の途中で、村田は何かに気付いて驚愕した。
斗和が何だろうと振り返ると、腕を組んで仁王立ちしている実弥の姿があった。
「!?」
「面付けたお前、来い…!」
「あっ蓬萊さん!」
(まさか気付かれたの?)
実弥は厠だったのか、戻って来るのが早い。
「斗和!お前いい加減にしろよォ!その格好は何なんだ?ふざけた面しておちょくってんのかァ!?」
斗和はまたもや玄関で問い詰められ、面を外される。
「ふざけてないですよ!これは私の刀鍛冶師から貰った面なんです。白くて可愛いでしょ?」
斗和は、実弥に面を見せながらニコニコと笑う。
どう見ても面は可愛くはない。
実弥は額に血管が浮かび上がる。
「あのなァ…」
「だって村田さんがいたんですよ。実弥さんてば、教えてくれてもいいじゃないですか。私達三人は同い年なんですよ?」
口を尖らせる斗和を見て、実弥は頭を抱えた。
「挨拶しようと思ったんです。…実弥さんはどうしてすぐに気付くの?」
「休憩中、居間にいるお前がいねェんだから分かるわァ!そんなに動き回るんなら、動けなくなるまで抱き潰してやるからなァ…?」
実弥は不敵に笑う。
斗和はその意味を理解し、顔を引き攣らせる。
その日の夜、斗和は本当に抱き潰された。
「もうっ…ダメ、許して…」
「ハッ、簡単に許したら仕置きになんねェだろォ。俺が満足するまで放してやらねェ…」
「あっ…だ…め…」
翌日斗和は、昼近くまで起きることができなかった。