隠の間では、大分前からある噂がまことしやかに囁かれていた。
風柱邸に入っていく元土柱を見た。
風柱邸に風柱以外の履物があった。
風柱邸で、風柱と女が見える場所でまぐわっていた。
風柱が隠に、女物の着物や化粧品を手配するよう言ってきた。
風柱邸に見たことのない美女がいる。
「…何だそりゃ?特に風柱が見える場所でまぐわうって…作り話しだろ。風柱に女がいるとは思えないな」
眠たそうな目をした後藤が、呆れて茶を啜る。
「だよなあ、あの風柱だぞ。鬼を殺すことしか頭にない、強面で血も涙もない男に女がいると思うか?元土柱は同僚だろ、そりゃ用がありゃ来るだろうよ」
隣にいた背の高い隠が呆れたように言う。
「でも…風柱様は傷だらけで恐い顔に見えるけど、笑うと優しい感じになりますよ?」
若い女の隠は、茶菓子を食べながら反論した。
「笑うと優しい感じになる!?恐っ!逆に恐い!つーか笑うことあんのか、あの人」
背の高い隠は、自らの腕を擦り震える。
笑う風柱を想像しただけで、鳥肌が立った。
「だって、睫毛は長いし顔も小さいし結構整ってますよ。それに女には割と優しいですから、好きになる人もいるんじゃないですか?」
背の高い隠はいよいよ首を横に振り、否定した。
風柱の色恋沙汰を聞くなど、有り得ないと思っていた。
「百歩譲って女が風柱を好きになったとしても、風柱が女を好きになるかあ?色恋にうつつを抜かすんじゃねェ!とか言いそうじゃん」
想像つかねえよ、と鼻で笑う。
「先輩ってば、風柱様に聞かれたら殴られますよ。一応根拠があるんです。私が前に頭巾を忘れた時、髪が解けてるから結べって言われて。その時に私、蓬萊さんに憧れて団子頭にしているんですって言ったら、ちょっとだけですけど笑ってたんですよ!だからもしかしたら風柱様って蓬萊さんのこと…って思ったんです」
「じゃあ聞くが、風柱邸に滞在してるらしい例の着物美女は何なんだよ?元土柱が好きなのに、美女と共に暮らしてんのか?」
「なんか、その美女は蓬萊さんに似てるらしいんですよ」
しばし沈黙が流れ、背の高い隠は指をパチンと鳴らす。
「なるほど、分かったぞ!風柱は元土柱に振られたから、よく似た美女を捕まえて傍に置いてるってわけか」
「えー!?先輩はどうしてそんな発想になるんですか?よく似た美女をどこから見つけて来るんですか!いいですか、その美女って蓬萊様じゃないかって噂なんですよ」
「はあ!?ないない、絶対ない!」
「ないって言い切れないでしょ!先輩はこれだから蕎麦屋の娘に振られるんですよ」
「何で知ってんだよ!」
二人の会話を聞いていた後藤は、押し黙る。
その噂の美女の正体は、元土柱・蓬萊斗和の可能性が高い。
数年前だが下弦の鬼を二体倒し、意識のない元土柱を背負って藤の家まで行ったのは風柱だ。
その風柱は、元土柱が目覚めたら教えろとまで後藤に言ってきた。
元土柱は誰にでも腰が低く謙虚で、秘かに隠の中では人気だ。
そして顔に傷はあるが、なかなかの美女である。
後藤は意外だと思った。
意外と言うかかなり、相当に意外である。
だが実は、風柱は最初から元土柱が気になっていた可能性が高い。
元土柱はどう思っていたのかは分からないが、以前共同鍛錬場で【風柱が目覚めないのをかなり心配していた】と告げると驚愕していた。
そして、何とも言えない嬉しそうな顔になった。
風柱と元土柱は恋仲。
(あの二人がまさかそんな仲になろうとは…)
未だ風柱邸の噂で盛り上がる二人を尻目に、後藤は一人へえ…と呟くのだった。