隊士が完全に来なくなり、柱同士の手合わせや共闘稽古が行われるようになってすぐだ。
その日の昼間のこと。
斗和は体調がかなり良く、実弥と稽古をしていた。
すると一羽の鴉が飛んで来た。
それは水柱・冨岡義勇の鴉だった。
斗和はてちてち歩く鴉を見て、名前は何だったかと考える。
「あなたは冨岡さんの鴉の…えっと…寛三郎さんですよね?」
「ソウ、ジャ…」
当たっていた、と斗和は内心で喜ぶ。
「高齢と聞いています。頑張ってらっしゃるんですね。うちの令和は、寛三郎さんに比べたらまだ雛のようなものです。どうぞ末永くよろしくお願いします」
斗和が頭を下げると、隣にいた実弥は怪訝な顔を向ける。
「何で鴉に敬語で話してんだァ!鴉を子供みたいに扱ってんじゃねェ。で、何か用かァ?」
「…ナンジャッタカ、ハテ?」
てちてちと庭を歩く寛三郎は、右に左に首を傾げる。
「伝令の鴉のくせに忘れんなァ!斗和、お前が話し掛けたからだぞォ」
「困りましたね、文があるわけじゃないし…」
斗和はそう言いながら、もしかしたらあの手合わせではないかと思った。
ドクンドクンと動悸がし始める。
「もしかして、手合わせじゃないですか?柱稽古は終盤だし、冨岡さんも手が空いているんでは?」
「…ソウジャ、手合ワセ。義勇ヨリ不死川ニ手合ワセ」
(ついに来た…!)
寛三郎はそう言うと、飛び立とうとする。
「待って下さい!返事がまだです」
斗和が引き止めると、寛三郎は空中で旋回した。
「冨岡に明日行くと伝えとけェ。忘れんなよォ!」
実弥は寛三郎に向けて声を張り上げた。
寛三郎はカァ!と鳴き、そのまま飛んで行った。
「そういえば、冨岡さんは柱稽古に不参加だって聞きましたよ。いつの間にか参加してたんですね」
「最初は全くやる気が無くてよォ。俺はお前達とは違うって言いやがって…何言ってやがんだか。何の気まぐれか知らんが、しれっと参加してやがる。分からねェ奴だぜェ」
実弥は呆れていた。
それでも、義勇から手合わせしようと言われるとは思わなかった。
もう隊士も来ないので、行くことにしたのだった。
いけ好かないと思っていても、同じ目的の為に刀を振るう仲間だ。
いずれ共闘する時に備えることにした。
斗和は実弥の横顔を見て、目を細めた。
ついに明日の夜、本部・産屋敷邸が爆破される。
耀哉とその家族三人の死、珠世による無惨への毒。
柱が集結し、全隊士が鳴女により無限城に取り込まれる。
ついに最終決戦が始まるのだ。
(間もなくだ…)
明後日の夜明けまで心臓が持つよう、斗和は祈った。
◇
その夜、斗和は自らの得意料理ばかりを作った。
実弥はおかわりをした。
「卵焼きならまだありますよ。揚げ出し豆腐もですか?勿論あります」
「それも食う」
「はい、食いしん坊さん!ふふっ」
「斗和!」
顔を赤くし睨む実弥を見て、斗和は笑う。
何日も過ごした幸せな日常は、明日の昼で終わりを告げる。
斗和は涙が出そうになるのを堪え、とにかく笑った。
先に風呂に入った斗和は、時間をかけ丹念に頭や体を洗った。
風呂上がりには薄く化粧を施した。
風柱邸に柱稽古に来た夜、実弥から着物と共に貰った化粧品だ。
それらは大分減っている。
化粧品と簪、数える程しか着たことのない着物。
遅れを取り戻すかのように身に纏ったそれらは、斗和の宝物だった。
斗和は、最期の思い出を精一杯作ることにした。
手鏡に写る顔は、何度見ても見慣れない姿だった。
実弥が綺麗だと言った斗和の姿だ。
「さよなら…」
斗和は鏡に向かい呟くと、文机に伏せた。
立ち上がり、部屋を出て縁側に向かう。
星を見たくなり、夜空を見上げた。
輝きを放つ星々は、今にも降り注がんばかりであった。
「斗和…?部屋にいねェから心配した。どうしたァ?」
斗和が横を向くと、実弥がいた。
黙って微笑むと、実弥からごくりと喉を鳴らす音がした。
実弥は斗和を抱き締め、その頭を何度も撫でる。
いつ心臓が止まってもおかしくないことは、互いに分かっている。
二人の間に言葉は無くとも、通じ合っていた。
斗和は実弥に感謝し、"部屋に戻りたい"と告げた。