風と水の柱稽古
斗和が再び屋敷内へ戻り姿が見えなくなると、実弥は振り返った。
帰宅したら、斗和はいるだろうか。
おかえりなさいと言ってくれるだろうか。
実弥は昨夜、夢を見た。
今と同じく義勇との手合わせへ向かう実弥と、笑顔で送り出す斗和。
斗和は"いってらっしゃい"と満面の笑みで送り出した。
その後斗和は、いつもの野良着隊服に着替え屋敷を去った。
そして、駅から列車に乗り北へと向かったのだ。
列車に乗る前、一度だけ振り返った斗和と実弥は目が合った。
夢のはずなのにやけに鮮明で、実弥は斗和の名を呼び必死で手を伸ばした。
だが斗和は列車に乗り、行ってしまった。
実弥は消えゆく車両を見つめながら思った。
斗和は間もなくこの世からいなくなるのだと。
いずれそうなるのは分かっていた。
屋敷に来てから、日々悪化していく体を間近で見てきた。
避けられはしなかった。
実弥は、目覚めたら泣いていたのに気付いた。
隣で眠る斗和を腕に掻き抱いた。
"逝くな"
何度口に出したかったか分からない。
実弥は、間もなく訪れる永遠の別れをひしひしと感じていた。
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実弥は鴉の案内で、【千年竹林】と書いた石のある場所まで来た。
すると正面から義勇が歩いて来た。
相変わらず無表情で何を考えているか分からない男は、横を見た。
塀に囲まれ建物があるその場所は、隊士の共同鍛錬場である。
「…中に木刀がある」
義勇はそう言い、先立って入って行った。
建物内にずらりと並んだ木刀を二本手にした義勇は、一つを実弥に投げて寄越した。
「柱稽古…遅くなってすまない」
義勇はボソリとそう言うと、実弥を見た。
「どういう風の吹き回しだァ?あれだけ勝手な事を言いやがったお前が、途中でいきなり参加に切り替えるとはなァ」
実弥はケッと吐き捨てる。
義勇はそれには答えず、無表情で実弥を見つめる。
「不死川は蓬萊と恋仲なのか…?」
「!?」
ピキッと実弥の額に血管が浮く。
「寛三郎が言っていた。昨日不死川の屋敷に行ったら、蓬萊がいたと」
実弥の額には二本三本と青筋が立つが、義勇は気付いていないのか更に続けようとする。
だがそれを実弥が遮る。
「アァ!?テメェには関係ねェだろォ!」
向かい合う二人の間に、地鳴りのような空気を震わせる圧が漂う。
最もこれは実弥によるもので、義勇は平常である。
そこへ義勇の訓練に来た炭治郎が、二人に気付いて塀からこっそり様子を見る。
すると空気が変化した。
─風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ
実弥は地面を抉りながら突進する。
それは速く、一瞬で義勇の持つ木刀にひびを入れた。
炭治郎はあまりの速さに驚くも、以前は目で追えなかった動きが見えるようになったのに気付く。
実弥は風を纏い、義勇は水の流れを纏う。
柱二人の打ち合いは速い上に鋭い。
「オラオラァどうしたァ!!テメェは俺たちとは違うんじゃあねぇのかよォ!!」
容赦ない打ち込みを繰り出しながら、実弥は義勇を挑発した。
その目は血走り、怒りも含んでいる。
触れられたくなかった斗和の事を、飄々と口にした義勇に怒りが湧いた。
一方で盗み見中の炭治郎は、実弥の言葉に、やはり誤解していると焦る。
言葉足らずな義勇の本心は、炭治郎のように面と向かい深部まで聞き出さなければ分からない。
ここで違うんです!と叫びたいがそれもできず、炭治郎はハラハラしながら見守る。
すると義勇は流れるように、水の呼吸 肆ノ型 打ち潮を撃った。
実弥は即座に飛び上がり、義勇の背後を取り新たな技を撃とうとする。
「遅ェんだよォォ!!」
─風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪
─水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き
義勇も瞬時に振り返り、技を撃つ。
斜め上空からと下から、二つの技は見事にぶつかった。
渦巻く風と広がる無数の波紋は、物凄い威力だった。
バキッ!
バキッ!
ほぼ同時に二人の木刀は折れた。
実弥は木刀をポイッと手放し、両拳をボキボキと鳴らす。
「よォし…じゃあ次は素手で殺し合うかァ」
(殺し合うー!?)
殺し合うと言う言葉を聞いた炭治郎は、即座に塀から飛び出し声を張り上げる。
「待った待った待ったァ!!」
二人の間に入り、義勇を庇うように両手を広げた。
「ちょっと待って下さいよ!殺し合ったらいけませんよ!」
「うるせェんだよテメェはァ!そもそも接触禁止だろうがァ。さっきから盗み見しやがって、このカスがァ!」
炭治郎がずっと見ていた事に、実弥は気付いていた。
当然義勇もだ。
炭治郎は、実弥がどうしてこんなにもビリビリと気が立っているのか考える。
そしてまさかあの事かと、思い出した。
「おはぎの取り合いですか?もしそうなら、俺が腹一杯になるまで作りますから…」
炭治郎は、おはぎの件だと思った。
それに対し実弥は猛烈な怒りが込み上げる。
「ふざけてやがるなァァ…」
「えっ?いやいや真面目です!!不死川さん、おはぎ大好きですよね?」
義勇は、そうなのか?と僅かに目を見開く。
炭治郎がなぜこんな事を言い出したのか。
それは、風柱邸での稽古中に実弥から常におはぎの香りがしたからだ。
そしてそれに混じり、白粉の香りもしていた。
姿こそ見なかったが、実弥の屋敷に化粧をした女がいるのは確かだった。
おそらくその人が作ったおはぎを食べていたのだと、炭治郎はそう思ったのだ。
「不死川さんちで稽古つけてもらっていた時、ずっとほのかに餅米とあんこの匂いしてたし。いい匂いだなって」
実弥は衝撃に目を見開く。
「戻ってくるたび、抹茶とおはぎのいい香りがしたので…あと、白粉の香りもしました。不死川さんちには女中さんがいるんですよね?きっとその人が作ったんだなって…だからてっきり…」
「……」
実弥はどんどん俯きがちになり、言葉が出ない。
おはぎが好物であることを知られ、そして斗和の存在まで知られていた。
まさかあの竈門炭治郎が、常人より遥かに嗅覚が優れていようとは。
そこへ、黙っていた義勇がボソリと呟く。
「不死川は…おはぎが好きなのか…蓬萊は野菜だけでなくおはぎも作るのか…」
「えっ!?蓬萊って、白粉の香りは蓬萊さんだったんですか。俺も食べたかったな。おいしいですよね!おはぎ。こしあんですか?つぶあんですか?俺もお婆ちゃんのおはぎが大好きで…」
追い打ちをかける炭治郎に、実弥は我慢の限界がきた。
顔を真っ赤にし、目の前にいる炭治郎を盛大に殴りいなくなった。