「ただいま…」
誰もいない屋敷の玄関を開け、斗和は廊下の先を見つめる。
数ヶ月ぶりに自宅に戻ると、埃っぽさを感じた。
斗和は家中の襖を開け放つと、文机に座る。
「うっ、っく…」
筆を持つも、その手は震え字を書く事ができない。
涙は紙にいくつも落ち、染みを作り濡らしていく。
実弥に文を書くのは二度目だった。
一度目は、手合わせの文が間違って来たと勘違いし、それを教える為に書いた。
あれは謂わば、初めましての挨拶だった。
そして今度は、別れの挨拶だ。
【拝啓 不死川実弥様】
やっと書いた名前に、再び涙が溢れる。
斗和は、泣きながらもどうにか書いた文を折り畳む。
鴉の令和に頼み、隠の後藤に届けさせることにした。
「令和、最後の頼みを聞いてちょうだい。これを後藤さんに届けて、そしたら煉獄家に行って。…もう私の元には戻らないで」
令和は斗和の思いを汲み、頷く。
そして最後に寄り添った。
斗和は令和を撫で、涙を流す。
「鬼殺隊に入ってから十年近くになるね…?ずっと一緒にいてくれてありがとう。元気でね、令和!」
令和は何も言わず、ゆっくり飛び立って行った。
その目には涙が浮かんでいた。
斗和は、床の間に置いてある特殊日輪刀を手にする。
久しく握っていなかったそれは、ずしりと重く感じた。
鍬に似た形状から、鞘は無い。
刃を見て、一通りの手入れをすると庭に出た。
家の裏手にある畑へ向かうと、刀を構える。
─土の呼吸 壱ノ型
渾身の力で一振りすると、荒れ放題の畑は亀裂が入り大きく抉られた。
「ハァハァ…」
やはり、土の呼吸に適した特殊日輪刀の威力は凄まじい。
一般的な日輪刀では出せない広範囲の技。
岩の派生呼吸なだけあった。
斗和は、無限城で戦う術を考えた。
一般的な日輪刀は軽く、振るうのは楽だ。
だが、本来の技の威力が出せないという欠点がある。
実弥の屋敷での鍛錬中、どうしても手に馴染まなかった。
やはり使い慣れた特殊日輪刀でなければ、まともに戦えないと思った。
重くとも、長年使用した刀でなければだめだと痛感したのだ。
しかしそれも万全の状態でいて一撃か二撃が限度だった。
(刀が重い…威力はあっても技を素早く撃てない…)
両手でも重く感じた愛刀に、斗和は悔しくて下唇を噛む。
この適度な重さが手に馴染んでいたはずだった。
それを負担に感じるなど、絶対にあり得ないと思っていた。
既に限界を超えている斗和の心臓では、疲弊が激しく長時間の戦いもできない。
もつかどうか、ぎりぎりの状態だった。
斗和は奥歯を噛み締め、畑の真ん中に立ち尽くしていた。
(鬼狩り…)
草が生い茂る畑の隅、一つの目玉が斗和の姿を捉えていた。
───────
──────
夕暮れ。
炭治郎を殴り共同鍛錬場を後にした実弥は、近くの林の中で一人鍛錬していた。
苛立ってしょうがない。
おはぎの件、そして斗和の件を二人に知られてしまった。
隠していたわけではない。
だが、ここにきて追及されると思わなかったのだ。
思い出されるのは、笑顔で手を振り別れた斗和の姿。
苦しそうに胸を押さえる姿。
切なげに振り返り、列車に乗る姿。
死を暗示するものばかりだ。
実弥は地面を蹴り上げ、爆風を纏い辺りの木を斬り付ける。
バキバキッと音を立て落下する木々を見ても、苛立ちは収まらない。
帰る事への不安も込み上げ、その場から動けなかった。
どれくらいそうしていたのか。
月が見え星が見える頃、実弥はやっと帰路に着いた。
長い石段を下るうち、やはり義勇と手合わせしなければよかったと思った。
「チッ」
(くそがァ…一体何なんだアイツはァ。調子の狂ったガキだぜ本当に)
カサッ
すると、草むらで僅かに音がした。
実弥は瞬時に移動し、"それ"を捕まえる。
グシャッと気持ち悪い感触に手を開くと、中から"肆"と書いた気色の悪い目玉が出てきた。
「なんだァァこれはァ…」
石段を降りきり、屋敷へと向かおうとしてすぐだ。
しばらく姿の見えなかった鴉・爽籟が全速力で飛んで来て叫ぶ。
「緊急招集──ッ!!緊急招集──ッ!!産屋敷邸襲撃ッ…産屋敷邸襲撃ィ!!」
実弥は瞬時に駆け出した。