隠は縁がある
俺は鬼殺隊の隠だ。
不死川様が風柱に就任後は、通いの専属隠として働いている。
それまでは決まった配置もなく、その都度言われるがまま動いてきた。
柱稽古が始まれば隊士の世話で忙しくなるが、風柱の稽古は最後の一つ手前なのでしばらくは誰も来ないと思っていた。
ところが、まさかの出来事が起きる。
いつものように居間の掃除から始めていると、廊下の奥から誰かが現れた。
「!?……」
白地に椿の上品な着物、結い上げられた黒髪、しっかりと化粧を施した美女だ。
誰だ?
俺を見た彼女は立ち止まり、丁寧に頭を下げる。
「おはようございます!いつもありがとうございます。あの、食材のことでお話しがあるんですが…」
突然現れ挨拶をした美女に、俺は驚き手が止まる。
いや本当に誰だ?
「はあ…。あの、失礼ですがあなたは?」
呆けた声しか出なかったが、俺は女性の顔を凝視した。
昨日までいなかったのに、いきなり現れたら誰だって驚くだろう。
割と背の高い人だし、どこかで見た記憶があるような気もする。
よく見ると女性の顔には真横にうっすら傷が見えた。
あの傷は…
すると彼女はハッとし、口に手を当て自己紹介してきた。
「驚かせてすみません。蓬萊斗和です。ご存知ないかもしれませんが、隊士なんです。ちょっと理由があって、しばらくここに滞在します」
「蓬萊…えー!?蓬萊様!?勿論知ってますよ!すみません、本当に気付かなくて…」
予想は当たっていた。
女性の正体は元土柱の蓬萊斗和だった。
「いいんですよ。普段の隊服ではないから分かりませんよね。お世話になります。そうだ、それで…」
苦笑いしあれこれ話す蓬萊様だが、俺はそれよりなぜ彼女がここにいるのか気になった。
滞在する理由とは何だ?
ここは鬼殺隊一恐れられている風柱の屋敷だぞ。
どうして彼女がいきなり?
疑問符ばかりが浮かぶが、聞くに聞けずとりあえず言われた事に頷いた。
どうやら家事は蓬萊様が全てやるらしい。
食材補充と鍛錬用具の交換だけでいいと言われた。
「かしこまりました。柱稽古中ですが、食事作りまで本当に大丈夫ですか?」
稽古で忙しいはずなので、本当に大丈夫なのか問う。
すると蓬萊様は何やら思案し、おかずを何品か教えて欲しいと言ってきた。
そこで俺はピンと来た。
きっと彼女は、風柱に手料理を振る舞いたいのだ。
俺は色々と察し、内心で頷く。
それと同時にある疑問が浮かんだが、それはひとまず置いておく。
再び奥へと消えた彼女の後ろ姿を見て、不思議な気分だった。
知る限りでは、風柱邸に女が居着いた事はない。
不死川様は自他共に厳しい男なので、知る限り女の影は皆無だった。
しばらくして、早速料理を教える事になった。
前掛けをした蓬萊様はまるで新妻のようで、俺は鼓動が早まる。
彼女の近くにいると仄かに白粉の香りがし、どうにも緊張してしまう。
それにしても彼女は、こんなに美人だったのか。
傷はあっても整った顔立ちをしているのは知っていたが、正直驚いている。
ある材料で何でも作りたいと言うので、鰯の梅煮と筑前煮を教えた。
俺が指示するとその通りに切ったり煮たり、蓬萊様は真剣に作っている。
だがここでまたもや疑問が浮かび上がる。
彼女は料理ができないのだろうか?
いやそんなはずはない。
なぜ俺が自問自答しているかと言うと、話しは彼女が柱になった数年前に遡る。
実は俺は、新しい屋敷を与えられた蓬萊様の引っ越しを手伝ったのだ。
荷車に大小の瓶、
休憩では絶品の糠漬けを振る舞われ、土産にも貰った。
かなり美味かった。
あれだけ美味い糠漬けを作る腕があるんだから、料理ができないはずがないだろう。
更に彼女は、焼きお握りが絶品である事でも有名だった。
隊士だけでなく隠にも振る舞っており、同僚の何人かは食べたと言っていた。
皆口を揃えて、"美味い、また食べたい"と言う。
そんな経緯があるので、俺の中で料理上手と思って疑わなかった。
なので今回、おかずを教えろと言われたのには驚くしかない。
そして教えて思ったが、料理上手に見えていたのはまやかしで、蓬萊様は料理下手の括りに入るようだ。