いつものように買い出しに行き戻ると、鍛錬を終えた蓬萊様が台所に現れた。
彼女は事情があるようで、柱稽古には参加していないらしい。
水柱と蟲柱も不参加らしく、元・柱なのだから鍛える側で参加してもいいんじゃないかと思った。
思ったが俺は何も言わなかったし、あっちも言おうとしなかった。
だから何か言えない事情があるんだろうと察した。
購入した物を並べていると、焼きお握りを作っていた蓬萊様が「あっ!」と声を上げる。
「八百屋にりんごがあったんですね!美味しそう」
「はい。今日入ったばかりらしくて」
蓬萊様は五つあるりんごの一つを手に取り、昼餉に出すと言う。
「分かりました。では切って塩水に晒しておきますね」
りんごは剝いてしばらく置くと酸化して赤茶色くなってしまう。
見た目が悪くなるので、塩水に晒してから出すのが一般的だ。
りんごを掴んだ俺だが、蓬萊様は切るのも自分がやると言い出す。
「揚げ出し豆腐を作って貰えませんか?あと人参のうま煮も」
「揚げ出し豆腐は昨日も作りましたが、いいんですか?」
昨日作ったばかりだから、飽きるんじゃないかと思った。
だが蓬萊様は笑顔だ。
「はい。実弥さんが好きらしくて。餡がご飯によく合うって言ってたんです」
「そうですか。なら作りますね」
早速取り掛かるも、意外だなと思った。
不死川様は何年も一人で食事をしていたから、何が好きで何が嫌いか知り得なかった。
だが出した物は全て食べるので、好き嫌いはないんだなと思っていたんだ。
また一つ不死川様の内面を知った。
鬼の出没が極端に減り、不死川様は夜も殆ど屋敷にいる。
任務をしていないからか、不死川様は少し穏やかになった。
それまでは殺気立っていて、人を寄せ付けないし俺も何度か怒鳴られた。
毎晩生きるか死ぬかの戦いに赴いているんだから、当たり前だ。
蓬萊様が来てからは屋敷が明るくなった。
心境の変化もあったんだろう。
蓬萊様の存在は大きい。
焼きお握りの香ばしい匂いがすると、腹が小さく鳴った。
ほぼ出来上がる頃、蓬萊様は丼に水を入れ塩を投入する。
そしてりんごを一つ取り丁寧に洗い、四等分にした。
更に半分にして八等分にすると、何やら皮に二本の切り込みを入れた。
蓬萊様はかなり集中していて、真剣そのものだ。
そして皮を剥き始め、途中までで包丁を止める。
すると尖った二つの皮が出来上がる。
それを塩水の丼に入れ、残りも同じように切って行く。
全て終わると、丼には二股の皮が付いたりんごが出来上がった。
なぜ妙な形に皮を残すんだろうと、りんごを見てピンと来た。
何かに似ていると思ったらあれだ。
「これは豚の足跡ですね」
俺はそうに違いないと自信満々に言った。
だが蓬萊様は顔を顰め口を尖らせる。
ん?何だ、違うのか?
「違いますよ!よく見て下さい。この尖った二つの皮は耳です。実は体。うさぎですよ」
「うさぎ?」
蓬萊様は丼をずいっと近付け見せてくるが、よく分からない。
うさぎ…言われれば見えなくもないがしっくり来ない。
だが見えませんとは言えず、とりあえず頷いておいた。
「あ、あー確かに。耳が…」
「そうでしょう?上手くできて良かった」
蓬萊様は嬉しそうに丼のりんごを見つめる。
きっと不死川様の反応が楽しみなんだろう。
俺も気になる。
何度見ても豚の足跡にしか見えないが、果たして不死川様は何と言うのか。
そうこうしていると湯が沸き、茶を煎れて膳を運んだ。
「ではごゆっくり」
「あァ」
「はい。ありがとうございます」
俺はいつものように台所に下がると、洗い物を片付ける。
蓬萊様がいるので、俺は昼すぎで帰ることが増えた。
今日もそのつもりでいたが、りんごが気になって仕方ない。
りんごはおそらく、飯を食べ終わった頃に持って行くんだろう。
となれば…
俺は怪しまれないよう、夕餉の下拵えをして"その時"を待つことにした。
ちなみに今日は晴天なので、居間の襖を全開にしている。
廊下の曲がり角に居れば会話は聞こえる筈だ。
最近は蓬萊様が夕餉を作るので、俺は大分楽をしている。
蓬萊様は毎日何を作っているか分からないが、俺が適当に買ってきた食材で上手くやりくりしているようだ。
今ある食材をざっと見た俺は、ひじきと大豆の五目煮、鮭の南蛮漬け、小松菜のおひたしを作ることにした。
ある程度作っておけば蓬萊様も楽だろう。
彼女は味付けに不安があるようだが、基礎の分量を目安に入れるよう教えたらどうにかできているようだ。
よし。まずはひじきを戻して…
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あれこれやっていると、足音がし蓬萊様が現れた。
振り返ると彼女はあれ?と不思議そうな顔をする。
着物に化粧をした姿も見慣れてきたが、やっぱり美人だなと思う。
目をくりっと丸くしているので、俺は夕餉の下拵えをしていたと伝える。
「南蛮漬けですか!美味しそうですね。あ、でも味付けが難しそうだからお願いします。他のは大丈夫ですよ」
蓬萊様はそう言いながら皿を用意し、塩水の丼から箸でりんごを取り出していく。
皿に六つ綺麗に並べると、残りは俺に食べろと言ってきた。
「ありがとうございます。いただきますね」
俺はすぐに丼からりんごを掴み、齧る。
そして蓬萊様がいなくなると、すぐに台所を出て抜き足差し足忍び足で廊下の角まで行き止まる。
豚の足跡みたいな皮を付けたりんごを右手に持ち、耳をすませた。
「今日はりんごがあるの!ほら見てきれいでしょ?」
「おー珍しいなァ」
「ねえ見て。この形、何かに似ていない?」
きたきたきたー!
不死川様は絶対頭を悩ませてるぞ。
何て答えるかな…
俺は頭巾の下でニヤニヤしながら反応を待つ。
「桜の花びらかァ?」
えー!?
桜の花びら?
不死川様の口から、桜とか花びらって言葉が出るとは思いませんでしたよ。
俺は予想外すぎて顔が引き攣る。
「んー確かに桜の花びらに見えなくもないけど、違うよ。これはうさぎなの」
「うさぎィ?」
「そう。この皮の部分が耳で、実が白いからうさぎ。これはうさぎりんごだよ」
おそらく蓬萊様は、りんごを手に持ってうさぎに見えるように説明しているんだろう。
それにしても桜の花びらに豚の足跡に、男はうさぎとはかけ離れた返答しかできないんだな。
まあ豚の足跡より桜の花びらの方がマシだが。
なんて思っていると、蓬萊様の慌てた声が聞こえる。
「ちょっと!実弥さんてば…私が掴んでるのを食べないでお皿のを食べればいいのに」
「……こっちのが美味そうなんだよォ…」
ん?こっち?
何だと思えば、なんだか雰囲気が怪しくなる。
「やっ、あ…指、舐めちゃ…ん…」
何だ!?
怪しい声が聞こえたと思ったらやけに静かになっ…
「さ、実弥さん…くるし…」
「まだだァ。もっとお前ん中味わいてェ」
!?
なんだってえーっ!?
この会話は、まさかとは思うが二人は口吸いしてるのか!?
味わいたいってそうだよな!
おいまだ昼間だぞ…今からまぐわおうなんて…
俺は聞こえてくる艶めかしい会話に、このままここにいてはえらい事になると焦る。
「っ、りんご…まだあるのに…」
「りんごより斗和を喰いてェ」
「あっ、だめ…外から見えちゃう…」
もうだめだ────っ!!!
状況に耐えられなくなった俺は、踵を返し走りたいのを我慢し抜き足差し足忍び足で台所へ急いだ。
心臓はバクバクし、顔に熱が集中し頭巾の下は真っ赤だと分かる。
俺は一個だけ残ったうさぎりんごを口に詰めると、大急ぎで台所から外に飛び出した。
そして脇目も振らず門を抜け、ひたすら走った。
結局…興味本位で盗み聞きしたのを深く反省した俺は、二度と二人がいる場所には近付かないと誓った。
だが悲しいかな。
それから俺がどんなに避けても、二人が密着しているのを目撃してしまう。
特に不死川様が蓬萊様の腰を抱き寄せ、耳元で何やら囁くのだ。
すると蓬萊様は決まって赤面するというのが一連の流れ。
よく見てるって?
仕方ないだろ。
俺は風柱邸の専属隠なんだから。
だけど幸せそうに笑う二人を見たら、こっちまで嬉しくなった。
こんな幸せがいつまでも続きますようにと願いつつ、俺は今日も風柱邸へ向かう。