宿場町を後にし、村に戻る足取りは来た時とは違って重かった。
蘇る記憶が頭を埋め尽くす。
熊に襲われたという一家、先程の藤の花の家。
そしてそこの女が口にした、鬼殺隊という言葉。
(この世界は本物?本当に鬼滅の刃の世界?私は死んで生まれ変わった?分からない…)
脳内に蘇ってきたのは、平成生まれの大人だったこと。
鬼滅の刃という大人気の本を読んでいたこと。
かたや今の斗和はどう見ても子供だ。
野良着で農作業をして生きる、明治生まれの少女である。
そもそも生まれ変わるなら、死んだ時より後の世じゃないのか────
斗和は顔を顰めた。
なぜそれより遥か前、いやなぜ本の世界なのか。
「あー!!」
顔を覆い蹲る。
記憶が戻ったのは、あの惨殺された一家を見てからだ。
あれは熊でなく人を喰らう鬼の仕業で、その鬼を滅するための組織が鬼殺隊で。
確かに藤の花の家も存在したとなれば、信じるしかない。
(だけどこれからどうすればいいの?)
記憶が邪魔をするかもしれないが、暮らしていくのに問題はないだろう。
斗和は漠然とそう思った。
(それにしても、鬼はこんな田舎まで現れるのか…)
本の中では、東京を中心に近郊に鬼が出ていた。
記憶にある漫画を思い起こすも、隊士がどこまで鬼退治をしに出向いていたかは明確に分からなかった。
(隊士も東京からここまで来て退治するのは大変だな…わざわざ汽車で来て…)
そこでフッと、斗和の頭に嫌なことがよぎる。
(ちょっと待って…?川向かいの家が襲われたってことは…いつまた村に鬼が来るか分からないんじゃない!?あれっ?というか、襲った鬼は退治できたの!?)
だらだらと冷や汗が流れ、地面に滴り落ちる。
汗をかきっぱなしで汗臭い、ベタベタするなど思う余裕はなかった。
ここで退治できようができまいが、鬼舞辻無惨が存在する限り鬼は各地に出没するということだ。
(ああっ!そうだ!確か伊黒さんは八丈島で蛇鬼に…陸続きじゃない場所に鬼がいたんだから、つまり…)
斗和は顔面蒼白になり震えた。
日本にいる限り、安全な場所などどこにもないという結論が出た。
あの物語の世界にいて、これから起こることを知っている斗和。
そうなると、やるべきことは一つしかないのではないか。
肝心の呼吸が使えるかも分からない。
隊に入れるかも分からないが、やるしかない。
(黙ってのうのうと暮らすなんてできない!)
斗和は、意を決し立ち上がり駆けた。
(村に帰って荷物をまとめて家を出よう!家族はきっと理解しないから、書き置きだけ残して明日の朝に家を出るんだ!)
決意したその足取りは、行く時よりも更に速かった。
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斗和が村に戻った時は、既に昼近くになっていた。
突然いなくなったことを両親に責められた。
惨殺された家を見に行き、具合が悪くなり林の中で休んでいたと告げる。
子供がそんなもの見にいくなとこっぴどく叱られるも、その後はまた稲刈りに精を出すと元通りだった。
熊(実際は鬼だが)に襲われたんじゃないかと心配してくれたのか。
嬉しいな。
斗和はそう思った。
だがどうやら斗和の両親は、娘を心配するというより、労働力がいなくなったことを心配したようだった。
蓬萊斗和は、十二歳にしては相当よく働く。
この時代の子供にしては体格にも恵まれており、重い桶樽も担いで運べる。
だから一日中、鎌で稲刈りをした後に薪割りができるのだ。
今日も昨日の続きで薪割りをしているが、父親はとっくに家に入っている。
普通このような作業は男がやるのではないか。
斗和は手を止め、ふと持った斧を見ると所々に血が付いていた。
手のひらをまじまじと見ると血豆が潰れた痕がたくさんあり、硬い。
あの時代では考えられない少女の手をしている。
(……まあいいけど。今日でこの家とはお別れだし、薪割りくらいいくらでもしてあげよう)
斗和は、手元が闇で見えなくなるまで薪割りを続けた。
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皆が寝静まった頃、斗和はこっそり家を抜け出した。
さり気なくまとめた僅かばかりの荷物を背負い、夜道を駆ける。
目指す場所はこの国の首都だが、その前にあの藤の花の家に行くことにした。
鬼殺隊に入るには、最終選別を受けなければならない。
その為に鬼を狩る実力をつける。
まずは"育手"の元で修行しなくてはならない。
その育手の情報が全くないので、あの藤の家で誰か隊士に会い紹介して貰う他なかった。
斗和の思惑は、果たして上手くいくだろうか。