「わあっ!」
朝日を浴びた雨上がりの畑に、斗和の驚いた声が響く。
任務上がりに緑一面の畑で草を取っていると、蛇がとぐろを巻き居座っていた。
その声に蛇はどこかへ行ってしまったが、虫には慣れている斗和もさすがに驚く。
朝から心臓に悪いなと思いながら、ひたすらに草取りを続ける。
草は抜いても抜いても生えてくるので、追いつかない。
斗和はこの数ヶ月、任務が一晩でいくつもありかなり忙しかった。
以前は、一晩のうちに立て続けに入ることはなかった。
まだまだ余裕があったのだ。
近頃は鬼も強いのばかりで血鬼術にかかることもあれば、単純な怪我も多々あり正直かなり体がきつかった。
とにかく体調管理だけは怠らないよう、斗和はしっかり食べしっかり眠り鍛錬をこなした。
そうすると、一日はあっという間に終わる。
とてもじゃないが畑にまで手がまわらなかった。
「すごいな、これ…」
斗和は畑を見回した。
どこが草で、どこがさつまいもなのか分からないくらいだ。
任務をこなしながら畑で作物を育てるという考えは、甘かったのだろうか。
斗和はため息が漏れる。
だが、煉獄家にさつまいもを届けたいという思いは変わらない。
どうにかこうにか時間を見つけ、斗和は畑作業をしていたのだった。
ふと、短時間で一気に草を抜く方法はないものかと考える。
(抜くよりも何か……)
そこまで考えて何かを閃いた斗和は、鍬を引っ掴みどこかへ走って行った。
草取りをしていたはずの斗和だったが、この日新たな土の呼吸の型を編み出したのだった。
息つく間もない連続任務の最中、元・下弦ノ肆だという鬼を倒し斗和は長屋に戻った。
疲れて、いつもより長く眠ってしまう。
しばらくして目覚めると、鴉の令和が文を携えていた。
その隣には隠が一人いる。
お迎えに上がりましたと頭を下げてくるので、斗和もつられて頭を下げる。
(お迎えって…?)
疑問に思いつつ文を開けてみると、そこに書かれていた内容に驚愕し、しばらく微動だにできなかった。
その文は産屋敷耀哉からで、目覚め次第本部に来るようにと書かれていた。
斗和はついにこの日が来たと思った。
(単独任務を願い出た罰を受ける日が来た…!もしかしたら、炭治郎君みたいに裁判にかけられるのかも…)
手に持った文を握り締める。
なんといっても、斗和は様々やりすぎていた。
隊服を特注する。
日輪刀を特注する。
任務について我儘を言う。
特に任務の我儘は、自分でもそれはどうかと思っていた。
(どうしよう、柱合裁判となったら打首!?いやさすがにそれはないかな…なら島流し?)
斗和は島流しなどと、昔の刑罰を想像した。
それから心ここにあらずで正規隊服に着替える。
手拭いも頭から取り、髪を団子結びにし日輪刀を背負う。
その後は隠に背負われ、本部・産屋敷邸へと向かった。
───────
──────
目隠しを外され辿り着いたそこは、広大な敷地の立派な屋敷だった。
ここが産屋敷邸か!と、斗和は足が震えながらも一歩ずつ中に進み、隠の後に続く。
この辺りで待つようにと言われた場所は、斗和が物語で見た柱合会議が開かれたところだった。
九人の柱が並んで膝をついている姿が、斗和の脳内に蘇る。
跪き頭を下げて耀哉を待つ間、緊張で動悸がし吐きそうになる。
すると「お館様のお成りにございます」と女の声がした。
斗和はいよいよ動悸も激しくなると、正座に切り替え地面に額を擦りつけた。
玉砂利が額にぴたりとくっついた直後、頭上から穏やかな声が聞こえた。
「それだと話し難いから、頭を上げてくれるかな?」
冷や汗をだらだらかきながら恐る恐る頭を上げると、そこには三年前に最終選別で見た産屋敷耀哉がいた。
あ、とあからさまに自分の表情が曇るのが分かり、斗和は慌てて下を向いた。
数年前よりも額に病が濃く出ているのだ。
(そんな……)
耀哉は斗和の曇った表情は意に介さず、至極穏やかな声色でゆっくり話し始めた。
「突然呼び出してすまなかったね。日々の任務お疲れ様。大分慣れたようだけど、斗和はやっぱり単独任務がいいのかな?」
(やっぱりそれですか!)
「その節は大変なご無礼を致しまして、申し訳ございません。図々しくも単独任務の要望、隊士としてあるまじき行為でした。お詫びのしようがございません。これまでお館様のご厚意により任務をこなせて参りました。心より感謝申し上げます。ありがとうございます。これからはどのような任務でも、しっかりと務め上げる所存です」
斗和は再び手をついて頭を下げる。
連れて来られる間、ずっと考えていた謝罪と感謝の言葉だ。
これまで単独任務を希望し、これからもそうしたいのは山々だ。
だが、さすがにこの状況では無理だ。
「そうだね。斗和はこれから上に立ち指示をすることも増えるだろうから、そう言ってくれて助かるよ」
(上に立って指示…?)
斗和は引っ掛かるも、耀哉の言葉は続く。
「さて呼び出した件だけど、斗和はこれまで鬼を五十体以上倒している。だから今回、柱への昇格をと思ってね」
(え…柱?柱への昇格?何でいきなりそんな話しに?)
斗和は疑問符ばかりが浮かぶ。
(柱の条件は確か階級が一番上で、鬼を五十体以上倒すか、十二鬼月を倒すことだったはず…)
斗和は、いつの間に鬼を五十体以上倒していたのか。
本人は全く分かっていない。
(でも、私はまだ上から三番目の階級なのに、おかしいな?)
斗和は、甲乙丙の階級の読み方を未だ分かっていない。
なので一番上や三番目といった表現をしている。
「あの、ですが私の階級はまだ一番上ではなく、三番目ではないでしょうか?」
「じゃあ拳を出してみて」
斗和は、はあ…と言われるがまま右拳に力を入れる。
その手の甲を見れば、【甲】の文字が浮かび上がった。
「!?」
「これでわかったかな?斗和の階級は
穏やかだが有無を言わさない耀哉の言葉に、斗和はまたもや動悸がし始める。
正直逃げ出したいと思った。
いつの間にか
それをいきなり柱になれというのは、到底無理な話しであった。
斗和は心構えも全くできていない。
何より斗和は、自分は柱になるべき人間ではないと以前から思っていた。
「大変恐縮ではございますが、私はまだ未熟者です。どうかご容赦願います」
斗和は
「どうしても引き受ける気はないの?困ったね…」
耀哉を困らせていると分かっても、譲れなかった。
斗和はまだ実力不足だと思っている上、今後どうなるか分からない状況で柱にはなれないと思った。
しかし、真っ向から断ったことに罪悪感が湧き上がる。
(どうしよう、柱にはならないけど何か…そうだ!柱の仕事を一部引き受けたらどうかな?)
「あ、あの…少しでもお役に立てるのであれば、柱の担う警備などを引き受けます。上に立つようなことはまだできませんが、柱の方々の負担を軽減できるのであれば協力します」
斗和の提案に、耀哉は少し考えたあと「じゃあ警備区域を宛がうからお願いするよ」と微笑んだ。
これで柱は免れたと安堵した矢先だ。
「それと、新しい住まいは他の柱同様の道場付きの屋敷でいいかな?」
(新しい住まい!?)
斗和は思わず耀哉を凝視する。
(私なんぞに屋敷を与えるなんて、とんでもない!それじゃ柱と変わりないよ!)
「いえ、私は今の住まいで十分です」
「斗和は本当に欲がないね。せっかくだから一軒家をあげたいんだけど、何か要望はないの?」
優しすぎる…と、斗和は感激するもどうしたらよいのか。
その言葉だけで十分なのだが、せっかくの厚意である。
あまり断るのも気が引けたので、ならばと斗和は口を開いた。
「では…敷地内に畑のある、小さめの一軒家をお願いできますか?」
「心得たよ。準備が整い次第連絡するから、引っ越してね。そういえば斗和は畑を作っているらしいね。出来はどうなの?」
「え、はい。そうですね…あまり手はかけられませんが、まずまずの出来です」
「そう。じゃあ今度お裾分けしてね。楽しみにしているよ」
耀哉はそう言うと立ち上がり、屋敷内に戻って行った。
(あのお館様が私の作ったさつまいもを楽しみにしているなんて…!どこまでも尊敬できる方!)
斗和はしばらく感激し、今のやりとりを噛み締めていた。
◇
産屋敷邸を後にし長屋に戻った斗和は、炊事場に立て掛けていた鍬が目に入ったとたん青ざめる。
(あーそうだ!新しい家を貰うことになって、畑付きをお願いしたんだった!)
斗和はすっかり頭から抜けていたことがある。
畑のことだ。
今でも手入れができていないのに、畑を所望して両立できるわけがなかった。
しかも、これから柱の担当する警備区域も受け持ち、更に忙しくなるというのにどう考えても無理である。
斗和は頭を抱えた。
畑付きを所望し、手付かずなどあってはならない。
今後は畑を管理する人間が必要だ。
(誰かに頼まなきゃ。どうしよう…)