斗和は痛む脇腹を押さえ、ゆっくり歩いていた。
かなり痛くて先程から脂汗が止まらない。
先を行く鴉の令和が戻って来るのが見えた。
(わざとゆっくり歩いているの、気付いたか…)
令和が案内する先にあるのは蝶屋敷だった。
斗和は柱への打診を受けてから、任務の内容が以前より格段に上がっていた。
前よりも血鬼術を受けたり、怪我をすることが増えた。
この先更に強い鬼やまた十二鬼月と対峙した場合、しかるべき手当てをせずにいるのはよくない。
それは斗和も分かっている。
藤の家でも医者を呼んだり、家の者が手当てはしてくれる。
だが血鬼術が絡んでいる場合は、やはり蝶屋敷へ行き処置して貰うのが一番いい。
以前一度だけ行ったことがあるそこは、この時代にすれば立派な病院なのだ。
だが斗和は、あれ以来足が遠のいている。
いずれ亡くなる胡蝶カナエに会いたくなかったのだ。
カナエを襲う上弦ノ弐・童磨を、今の時点で倒すことは不可能だった。
だからといって、回避できるよう四六時中張り付いているわけにもいかない。
そして張り付いている最中に遭遇しても、結局倒せはしない。
知っているのに助けられないのは、悔しくもどかしく非常につらい。
何も知らないカナエと対面するなど、斗和には耐えられないのだ。
(痛い、けど……行きたくない)
逃げてばかりではだめだと分かっているが、それでも斗和は嫌だった。
やっぱり…と踵を返し藤の家へ行こうとしたが、令和がそれを遮る。
「早ク蝶屋敷へ行ケ!」
目の前でバサバサと羽音を立て、まるで威嚇しているようだ。
令和にしては珍しいことだった。
普段は任務の伝令以外は喋らないのだから。
本当は歩くのもつらく感じていた斗和は、ため息が出た。
令和は、斗和が蝶屋敷に行くまでここを動かないと見た。
(観念するしかないか…)
「分かった。蝶屋敷へ行くから」
痛みのせいか吐き気までしていた斗和は、蝶屋敷まで辿り着くのもやっとだった。
重い体を引き摺り屋敷内に入ると、段差に足を引っかけ盛大に転ぶ。
斗和はまさか転ぶとは思わず、床に突っ伏した格好のまま呆然とした。
受け身も取らずにすっ転ぶ隊士は稀である。
ものすごい音がしたせいか、人が来て「大丈夫ですか?」と斗和に手を差し伸べる。
「大丈夫です」と慌てて起き上がると、斗和の目の前に胡蝶カナエがいた。
綺麗な顔を彩る美しく長い髪、蝶の髪飾りと花の香り。
この世にこんなに綺麗な人がいるのだと、斗和はしばし見惚れてしまう。
「あなた顔色が悪いわ!どこか怪我をしているのでは?」
「あ、あの脇腹が…」
「歩けますか?処置しますのでこちらへどうぞ」
そう言い支えるカナエを見て、斗和は不思議な気持ちになる。
(いい香りがするな…私、きっと汗臭いし土臭いよね。転んだところも見られちゃったし、恥ずかしい)
促されるまま診療台に仰向けになり、脇腹を見せると、カナエは押すようにし患部を確認する。
斗和は処置している間ぼんやりとしていると、起き上がり水を飲むよう言われた。
脱水症状もあるから別室で休んで行くよう言われ、渋々頷き移動する。
斗和は本当はすぐ帰りたかったが、まだ吐き気がするので無理せず横になることにした。
四つある寝台は全て空いており、その一つに横になる。
付き添っていたカナエが、布団を掛けながらあの…と口を開く。
「勘違いだったらごめんなさい。あなたは初めてお見かけするけど、ここに来たことは?」
「はい。以前、一度だけお世話になりました。あなたと同じ、蝶の髪飾りをした方に手当てをしていただきました」
斗和は前回、しのぶと自己紹介をしていなかった。
迂闊に名前を出すのはよくないと思ったが、果たしてこれでよかっただろうかと今更ながら気になる。
「ああ、それは私の妹のしのぶね。私は胡蝶カナエ。この蝶屋敷の主で、鬼殺隊では花柱をつとめています。よろしくお願いしますね」
「すみません!柱の方とはつゆ知らず、ご無礼を致しました。私は蓬萊斗和と申します。こちらこそよろしくお願いします」
(そうだ!カナエさんは柱なんだ。今何歳なんだろう?亡くなるのは確か十七歳か十八歳か。そのあたりがよく分からない)
斗和は聞くに聞けず黙り込む。
「ではゆっくり休んで下さいね」
カナエは女神のような微笑みで部屋を出て行った。
寝台に横になり様々考える。
斗和は、カナエに関して知っていることは少ない。
姉妹で岩柱の悲鳴嶼行冥に助けられ鬼殺隊に入る。
蝶屋敷の主となり、花柱になり上弦ノ弐・童磨に殺される。
他には何かなかったかと斗和は首を傾げた。
(そういえば不死川さんの手当てもしていたよね。そのあと粂野さんと不死川さんは下弦と……)
そこまで考えた斗和は、下唇を噛む。
匡近が死んだ後、実弥は柱になり耀哉に怒りをぶつける。
その時、カナエはいたし義勇もいた気がする。
大分後になり、杏寿郎が槇寿郎の代わりに参加した柱合会議にいたのはしのぶだ。
斗和は脳内を整理する。
まずカナエが生存中に義勇が水柱になる。
そのあと実弥が風柱になり、そしてカナエが亡くなる。
だがこれがいつのことなのか分からず、見当もつかないのだ。
(だめだ、考えれば考えるだけ落ち込む……とりあえず眠ろう)
斗和は何度も深呼吸をし、しばし眠りについた。
(まただ……)
斗和は何度目になるか、不思議な夢を見た。
独特の薄暗い灯り、人ごみ、皆が手に持つ冊子のようなもの。
頭痛がして切り替わる画面。
机の上の白い紙。
何が書いてあるのか、ぼやけてよく見えない。
男のため息と、斗和を見る冷たい目。
(嫌だ、あの目は嫌だ……)