「…ん……」
斗和は目を開け、視線を動かす。
今後を考え気持ちが沈んだ斗和だったが、深呼吸を繰り返しているうちいつの間にか眠っていた。
以前の記憶が戻ってから、幾度かみた不思議な夢だ。
斗和はこの時もその夢を見た。
あれは令和の時代を生きた時の出来事なのだろうか。
あまりに断片的でよく分からなかった。
だがいつも頭痛がしたり嫌な気分になるので、斗和は極力考えないようにしている。
既に時刻は昼間近で、数時間も眠っていたことに驚く。
カナエからは肋骨にひびが入っているかもしれないと言われており、固定している脇腹を触る。
まだ痛むが、寝て起きたら幾分か楽になっていた。
眩暈も吐き気もなく、寝台の脇にあった水を飲み日輪刀を持ち部屋を出る。
早く帰って風呂に入りたい、などと思いながら斗和は診察室を軽く指で叩く。
反応がないので少し扉を開け呼んでみると、奥の部屋からカナエが出てきた。
何やら集中していたらしく、聞こえなかったようだ。
寝起き後に見るカナエの美しさは眩しいくらいだ。
斗和は、曖昧な笑みを浮かべることしかできない。
目の前にいるカナエが、この先死んでしまうとは思えなかった。
カナエが死ななければ、しのぶの行動も変わるのだろうか。
ふと変わるかもしれない未来を想像し、斗和は思う。
(死ぬはずの人を全員救えたらどうなるの?)
だがそれは簡単にできることではない。
隊士は様々なきっかけがあり鬼殺隊に入った。
その殆どは、鬼に身内や恋人を殺されたことが理由だ。
鬼が存在する限り、誰かしら鬼殺隊に入る。
結局のところは無惨が、鬼の始祖がいる限り理不尽な人間の死は免れない。
それがこの物語なのだ。
全員を救うことはできない。
斗和は初めからそれを分かっていた。
だがせめて、どこかに救いが欲しいと思った。
(私ができることって本当にあるのかな…)
カナエの顔がまともに見られず、斗和は俯いてしまう。
やはり肋骨が痛むのかと心配されたが、大丈夫だと言い丁寧に礼をし診察室から出た。
最後までカナエの顔を見ることができなかった。
斗和は蝶屋敷の門を出て、しばらく中を見つめていた。
「すまないが避けてくれないか!」
ぼんやり見つめていると、背後から声がした。
よく通る大きな声だなと斗和が振り返ると、そこには……
「!」
斗和は足に力が入らず、膝から砕けるように尻餅をついた。
「よもや!大丈夫か?」
見開いた目を更に大きくし、手を差し伸べるその人物。
輝く金色の髪、毛先は炎のように赤く、吸い込まれそうな両眼は斗和を見ている。
真っ白な羽織を着た彼は、未来の炎柱・煉獄杏寿郎だ。
「っ……」
斗和は声にならず、言葉が出ない。
(煉獄さんが目の前にいる……本物?ど、どうしよう!この手をとるべき!?いや恐れ多い…けど取らないのは失礼だ!)
わずか三秒ほどで結論を出した斗和は、差し出された手に震える自らの手をのせる。
すかさず握られ、引き寄せ立たせて貰うと同時に深く頭を下げた。
「すみません!ありがとうございます!」
そしてその場から勢いよく走り去った。
土煙が立つ程の速さである。
どこまで走ったのか、斗和は立ち止まり振り返る。
既に蝶屋敷とはかなり離れているのに、胸の高鳴りが収まらない。
一瞬の出来事だが、夢をみているようで斗和は体がほわほわしていた。
(あれは煉獄さんだったよね!?お父さんじゃなくてあの煉獄さん本人だよね!?)
燃えるような髪、大きな目。
斗和は、よもやと言ったのを確かに聞いた。
大きな手だと思った。
分厚くたくさん鍛錬した証のたこがあり、温かかった。
煉獄杏寿郎が生きている。
生きて動いている。
斗和はそれが何より嬉しかった。
斗和はその触れた手のひらを見つめ、ギュッと握り締めた。
───────
──────
衝撃の出会いから一ヵ月後。
相変わらず任務と警備と鍛錬の日々を送っていた斗和は、この日嬉々としてある場所に向かっていた。
「おじさーん!遅くなりました!約束の荷車を引き取りに来ましたよ!」
「おう嬢ちゃん!やっとだな、ほら持って行きな」
桶屋の店先で店主に笑顔を向ける斗和は、置いてある荷車に手を掛けた。
以前購入した荷車を取り置きして貰っていたのだ。
今からこれを引いて向かうのは、以前暮らしていた長屋近くの畑である。
ついに収穫時期がきたので、掘り起こし荷車に詰め運ぼうとしているのだ。
斗和は長期任務上がりで疲労が蓄積されていたが、今日を逃せば次いつ来られるか分からない。
それを考えると、多少の無理も仕方がなかった。
今回の収穫は斗和にとって特別だ。
初めて会った十五歳の煉獄杏寿郎に、さつまいもをあげられるからだ。
斗和はこれまでも毎年煉獄家にこっそり置いてきているが、やはり実物に会った後は気持ちが全然違う。
(あの煉獄さんがこのさつまいもを食べてくれるんだよね…なんだか嬉しいな)
気分が高揚し、早く届けたい一心でいるので掘り起こすのはあっという間に終わった。
そして斗和は黙々と動き、荷車いっぱいにさつまいもが乗った。
額の汗を首にかけた手拭いで拭うと、斗和は嬉しそうに顔をほころばせる。
畑の貸主に今までの礼をした後、重くなった荷車を引き家へと帰った。
──────
─────
「ありゃまあたまげた!こんたにさつまいもばり。よぐこごまで引いて来たじゃ(あらまあ驚いた!こんなにさつまいもばかり。よくここまで荷車を引いて来たわねえ)」
斗和が家に着くと、畑を管理している夏世が感嘆の声を挙げた。
「早ぐ持って行ぎてえ人がいるはんでな。すまねえがこれ今がら洗って風呂敷さ詰めてけろ。夏世ちゃんとごの藤の家さも持ってってけで(早く持って行きたい人がいるから。悪いけどこれ、今から洗って風呂敷に詰めてちょうだい。夏世ちゃんの藤の家にも持っていってね)」
さつまいもを洗い場に運ぶ夏世を横目で見ながら、斗和は風呂場へと向かう。
(風呂に入って昼餉を食べたら、煉獄家にさつまいもを持って行こう!)
斗和は浮き足立っていた。