神社で鬼を倒した後、当初の共同任務へと向かった斗和だったが、一抹の不安があった。
「令和!待ってけろ!ちょっくら確認すっがら(令和!待ってちょうだい!ちょっと確認するから)」
斗和は走るのを止め、日輪刀に手を掛けた。
─土の呼吸 壱ノ型
ズバッという音がし、斬撃が木を斬り裂いたので呼吸は問題なく使える。
しかしこれが鬼に対してはどうなのか。
やはり対峙しないと分からない。
──────
─────
結局、共同任務では問題なく鬼を倒すことができた。
もう一人の隊士も、大きな怪我もなく任務を終えた。
斗和は心底安堵し、お互いに労い帰路に着く。
その後怪我をしていた左腕を治療するために、近くの藤の家を訪ねた。
毎度のことだが、左頰の大きな傷を見ると皆ギョッと目を見開く。
斗和は、醜いものを見せて申し訳ないと思っている。
世話になっている間は何でもやるからと、常に手伝いを申し出ていた。
そんなことはさせられないと言う家の者を押し切るのも、毎度のことだ。
今回も手当てをしてもらい薪割りをしていると、縁側で家の者と隊士の話し声が聞こえてきた。
素早く左右を見渡した斗和は、ついつい聞き耳を立ててしまう。
「何て言うかこう、静かな剣技で文字通り流れるようにあっという間に斬ってさ」
「へえ。それでその新しい水柱様はどんな方なんですか?」
「長髪ですごい美男子だけど、口数が少なくてなんか暗い人だよ」
そこまで聞いた斗和は、あの…と話しに割って入った。
驚いた隊士に、半ば強引に聞いたその名前は冨岡義勇。
義勇が水柱に就任したということは、次に柱になるのは実弥である。
実弥が柱になる、つまり兄弟子の粂野匡近が死ぬことを意味する。
二人は共同任務に当たり、下弦ノ壱と対峙する。
それがいつなのか、斗和には分からない。
もしこの任務を匡近でなく斗和が行けば、死は回避できる。
(お館様に文を出そうかな?)
斗和は文を出そうと考えるも、何と書いていいか悩む。
粂野匡近を共同任務に行かせないで欲しい。
不死川実弥と蓬萊斗和で共同任務を所望する。
そのどちらかしかないが、どちらもおかしい。
そのような文を出したならば、斗和はいよいよ鬼殺隊を辞めさせられてしまう。
どうするのが最善なのか、斗和はひたすら考える。
最も良い案は、匡近に直接会い、共同任務が舞い込んできたら代わって貰うしかないと思った。
それには共同任務と共同鍛錬場、この二つから匡近の情報を得る他ない。
あとは隠に聞くかだ。
(よし!早速今日から情報収集だ)
斗和は薪割りを終わらせ礼を言い、藤の家を出た。
この時少しだけ感じた違和感の正体には、終ぞ気付かないままだった。
──────
─────
斗和は翌朝から共同鍛錬場に行き、誰かいれば片っ端から話しかけた。
共同任務でも隊士を始め、隠にまで聞いて廻った。
ところが、匡近に関しての情報は全くなかったのである。
割と一緒にいることが多いだろうと実弥を引き合いに出しても、彼を知ってはいても匡近は知らないという人ばかりだった。
負傷した隊士が集まる蝶屋敷に行けばいいのか?と考えるうちに、二週間経つあたりで思いがけない事態になる。
斗和は夜通し任務をこなし、警備区域の巡回をしている。
その後、休まずに各所にある共同鍛錬場に行く。
このようなことを繰り返していれば、どんなに若く頑丈な体でも悲鳴をあげる。
それは火を見るより明らかだった。
自分の頑丈さを過信していた斗和は、だるさと熱と眩暈で任務後に気を失ってしまったのだ。
本来なら最大限力を出せる単独任務のはずが、精彩を欠いた動きで至るところに怪我もした。
辛くも鬼を倒したが、そこからの記憶はない。
───────
──────
額がひんやりするのに気付きうっすら目を開けると、見慣れない天井が見えた。
(ここはどこ…?いつ寝たんだっけ?)
斗和がぼんやりしていると、横にいた老婆が顔を覗き込み丸三日眠っていたことを告げる。
しまった!と慌てて飛び起きるが、強烈な眩暈がし再び布団に倒れてしまう。
無理をするなと老婆から窘められ、運んで来た人からだと文を渡される。
それは隠からの文で、鴉に呼ばれ事後処理に行くと倒れていたのでここに運んだ…という内容だった。
斗和は意識を失う前を思い出す。
鴉の令和が隠を呼んできてくれたことを知る。
(あーやってしまった)
斗和は額に手をかざす。
任務前から体がだるく、まずいとは思っていた。
鬼と対峙する頃には立っているのもやっとだった。
頸を斬ってそれからの記憶がない。
三日も経過しているならば、畑管理の夏世も心配していると思った。
早く帰らなければならない。
ひとまず腹ごしらえをしようと、斗和は隣にいた老婆に粥を頼んだ。
食べなければ力も出ないのて、無理矢理にでも口に入れた。
すぐに帰れるかと思ったが、まだ少し熱があるからと言われその日は諦めた。
翌日斗和は、世話になった藤の家を後にした。
───────
──────
「ただいまー!」
門を潜るとすぐに、斗和は声を張り上げた。
すると、夏世が屋敷の裏手にある畑から転がるように駆けて来る。
斗和が何も言わず四日も帰らない為、相当心配したようだ。
夏世は奉公先の藤の家から斗和の家に通っていた。
斗和はあらかじめ、家の中も好きに使っていいと伝えてある。
台所など自分以外使用した跡がなければ、斗和が帰宅していないのに気付くわけだ。
今回の経緯を夏世にざっと説明した斗和は、すぐに握り飯を持ち共同鍛錬場に行こうとした。
ところが門を出た矢先、令和が慌ただしく任務を知らせてきた。
数日休んだせいか、次は長期任務だった。
列車を乗り継ぎ行かねばならぬ場所で、すぐにでも出発しなければならない。
「ふーっ…長期任務か…」
斗和は深く息を吐いた。
ここにきて長期任務が舞い込むとは、本当にもどかしい。
助けようと思い動くと、空回りしているような気さえしてくる。
杞憂に終わればいいと、不安を抱えながらも願うしかなかった。
◇
鬼は東京にばかり集中していると思われがちだ。
ところが、意外に遠方にも出没する。
斗和のここ数年の任務状況をみると、東京以外の場所にもよく出現しているのが分かる。
東京からかなり離れた斗和の田舎にも出たくらいなので、鬼は神出鬼没なのである。
斗和は、長期任務は苦にならないと感じていた。
単独が多く、近距離の共同任務より気楽なのである。
だが、匡近と実弥が共同任務に向かう時期が分からない時だ。
そんな時に長期任務で街場にいないのは非常に焦る。
少しでも情報をとは思うも、関東の外れでは何の情報もなかった。
斗和は胸のざわつきに、嫌な予感がしていた。
──────
─────
斗和は三日間かけ、その地方では有名な宿場町の見廻りをした。
報告ではこの宿場を通り目的地へ行くはずの人々が、次々に消えているとのことだった。
どの方面から来てもここで途絶えているならば、鬼は必ずいる。
東西に細長い宿場町、漏れなく全て聞いた。
しかし有力な情報が得られなかった。
斗和は不思議でならない。
この道のどこかで足取りが消えているのは確かなのだ。
(おかしいな…)
考えられるのは、どこかの宿が嘘を吐いて鬼を匿い旅人を提供していることだ。
基本的にはまずあり得ない話しなのだが、蛇柱・伊黒小芭内の一族が似たような状態だった。
可能性は低いが考えられなくはない。
───────
──────
明朝。
斗和は宿場町を出て帰路に着いたが、気分は晴れず暗かった。
結局のところ、斗和の予想は当たっていた。
旅人が消える話しではなく、宿場の人間がいなくなっているのでは?と聞いたのだ。
すると、体の不自由な看板娘がいたが、その姿を全く見なくなったという宿を教えられる。
泊まってみれば、斗和は案の定鬼に襲われた。
応戦中に、両親である女将と亭主も現れ包丁で襲いかかってきた。
何とも言葉にならない話しである。
結論を言えば、鬼はかなり弱く瞬殺した。
生まれつき手も足も全く動かず、歩くこともできなかった娘がいた。
ある晩、一人部屋にいたところを鬼に襲われた。
そこで鬼にされたわけだ。
両親は、宿泊していた客を殺して食べていた娘に遭遇する。
普通ならばここで二人も殺される。
だが鬼になったと同時に、娘は手を動かし歩き健常になった。
それを見た両親は、人の道を踏み外した。
それから両親は泊まる客を襲い、娘の食糧にしていたのだ。
娘は血鬼術も使えない弱い鬼だったが、素速かった。
人間である時は歩けもしなかったのに、鬼になったとたん速く動ける。
それは両親にとっては、どれほど嬉しかったであろうか。
鬼は太陽光で消滅する。
よって日中は表に出られない。
それまで看板娘として出ていたのを、怪しまれないよう施設に入れたことにしたのだった。
止めてくれ殺すなと泣き叫ぶ両親の前で、斗和は娘の頸を斬った。
その時の両親と娘の顔は、斗和の目に焼き付いて離れない。
人間の記憶は消えるはずだが、娘には残っていたのだろうか。
人間は食糧でしかない。
飢えているのに、両親を食べなかった理由も分からない。
後味の悪い任務だった。
斗和はあることが頭をよぎった。
もしかしたら、娘を襲い鬼にしたのは上弦ノ参・猗窩座なのではないかと思った。
娘の顔は、猗窩座の人間だった頃の恋人・恋雪に似ていたのだ。
襲うつもりが、顔を見てためらった可能性がある。
更に手足が動かないのを見て、鬼にすれば動くと思ったのではないか。
そこまで考え、斗和は自嘲した。
猗窩座は女を襲うことができなかったはずだ。
そして、いくら女を食べないと言っても鬼に変えることをするだろうか。
斗和は瞼を伏せる。
(私は鬼に何を期待しているの…どんな経緯であろうが、鬼は鬼だ。そこに救いなんて…)
左目から一粒流れた雫には気付かないふりをした。
◇
体調管理もできず、四日間無駄に過ごした。
取るに足らない遠方の任務でも、時間をかけてしまった。
斗和はその結果、己の無力さを痛感した。
不死川実弥が風柱に就任した。
それはつまり、粂野匡近が死んだことを意味する。
そしてそれから一ヶ月も経たず、花柱・胡蝶カナエが上弦ノ弐・童磨に殺された。