毎年ながら暑かった夏も過ぎ、秋が訪れていた。
警備区域が広がり更に多忙を極めていた斗和は、共同鍛錬場に顔を出すことがなくなっていた。
忙しくなったのに加え、繰り出す技の範囲が広くなった。
その為、他人を巻き込まないよう一人で鍛錬しているのだった。
斗和は独自で拾ノ型まで編み出し、更に応用できる技を極めている最中だ。
土の呼吸は岩の呼吸から派生させたもので、岩同様に使用者の持つ力に左右される。
地力が男並にある斗和の技は、威力も範囲も相当だった。
それでも柱の男性陣には敵わないんだろうなと、斗和は思う。
斗和は昔から強さに固執している。
最終目標は悲鳴嶼行冥だ。
行冥は柱最強、だから最初に岩の呼吸を会得したかったのだ。
結果的にそれは叶わなかったが、柱と渡り合えなければこの先やろうとしていることは到底できない。
実のところ、斗和は自らの力がどれだけなのか分からなかった。
単独任務は思いきり戦えている。
だが共同任務になると、どうも周囲が気になり本来の力が出せていないと感じていた。
いつまでもこんなことでは先は無い。
その甘さが、いずれ命取りになることも危惧していた。
そんな折、斗和に共同任務が入った。
漁師町で、何人もの漁師が行方知れずになっているとのことだ。
夜も明けぬ前から漁に出るので、その時を狙われているらしい。
実は先立って既に二人の隊士を送り込んでいるが、生還者はいない。
そのため甲である斗和と、丙と辛のあわせて三人が送り込まれたのだ。
その中に、斗和が見知った顔があった。
いつぞやの神社で、斗和の腕を手当てした男だ。
上背のある隊士で、体つきも逞しい。
「その節はありがとうございました。蓬萊斗和です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、蓬萊さんが来てくれて助かりました。
「二人は知り合いなんですか?」と、丙の隊士が加わる。
夜も更けた漁港を三人で見廻ると、砂浜独特の感触と潮風が斗和の体を撫でる。
すると、すぐ先で何やら小舟を出そうとしている人影があった。
危ないですよ、と声を掛けようとした瞬間だ。
指の間から、幾重にも網目が形成され飛んで来る。
「!!」
咄嗟に刀で斬って行くが、きりがない。
落ちた残骸が砂浜をジュワッと溶かすのを見て、斗和は焦った。
物体を溶かす血鬼術だ。
迂闊に近付けない上、触れるのは絶対に回避しなければならない。
僅かでも触れれば、骨まで溶かす可能性がある。
風の呼吸を使う丙の隊士が、飛んで来る網目をなぎ払い、同時に館坂が碇の形をした巨大な刀を鬼に投げた。
─岩の呼吸 壱ノ型
「!!」
斗和はえっ!?と思わず凝視する。
(岩の呼吸だ!あれは壱ノ型…師匠と悲鳴嶼さんが使っていたあの技!)
館坂の放った刀は勢いよく鬼に当たり、上下に体が折れる。
だが次の瞬間、起き上がり様に腹から大きな網目が四方八方に飛んで来る。
「くっ!」
一番近くにいた館坂はのけ反るも、このままでは当たる。
─土の呼吸 㭭ノ型
斗和は間一髪、網目と館坂の間に入り技を撃った。
結び目が解けた髪の一部が、網目に当たり溶ける。
「蓬萊さん!」
「大丈夫!髪の先が溶けただけです」
(危なかった、本当に!)
土嚢城壁は唯一の防御技で、普段あまり使うことはない。
共同任務では役立つ技だ。
網目は威力を失い、砂に落ち溶かしていく。
鬼の体を斬れば網目が飛んで来るならば、このままここから頸を狙うしかない。
斗和は再び刀を構える。
「すぐに後方へ!」
館坂に声を掛けると、斗和はすぐさま次の技を放つ。
─土の呼吸 玖ノ型
長足・蚯蚓破裂は、間合いより離れた場所からでも威力を殺さず攻撃できる。
だが軸にした左足が砂に取られ、斗和は体がグラリと傾いてしまう。
そのせいでずれた斬撃は、鬼の頸を掠めただけだった。
その時見えた鬼の目には【下陸】と書いてあった。
下弦ノ陸である。
「へへへ危なかったなあ。俺は
(えっ!?)
斗和はニタニタと笑う鬼から離れ、二人に声を掛ける。
先程放たれた網により、丙の隊士の右小指が溶けてしまっていた。
斗和はギリッと奥歯を噛んだ。
亡くした小指は戻らない。
この先、彼は刀を握れるのかという不安が押し寄せる。
先に戦った二人の隊士も、溶かされ喰われたのだと推察した。
言い知れぬ感情が斗和の体を包む。
(私はいつだって誰も守れていない。鬼にベラベラと喋られるまで何をしていた?…さっさと頸を斬れ!)
鬼に突進する斗和だが、例によって指の間から網目がビュンビュン飛んで来る。
鬼は両手を素速く振り回すと、更に細かな網目が無数に飛び広がった。
体に当たれば即座に貫通し、穴が開く。
─土の呼吸 陸ノ型
砂浜で放つそれは、普段より何倍も威力を増す。
噴煙に砂が混ざり、まるで砂嵐そのものだった。
離れた場所にいた二人の隊士は、斗和の戦いを固唾を呑んで見守っている。
網目を全て弾き飛ばし、鬼の目に斗和の影が映った。
同時に日輪刀がその体を斬り裂き、勢いよく頸を跳ね飛ばした。
崩れる頸を冷ややかに見下ろした後、斗和は二人の隊士に駆け寄る。
溶けた指に手拭いを巻いてやり、詫びる。
斗和は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
状況を見極めた戦いが未だにできないでいる。
自分を酷く責めた斗和だが、二人は懸命に違うと否定する。
それもまた辛かった。
その後斗和は、指の溶けた隊士を館坂に頼み、蝶屋敷に送り届けるよう指示した。
斗和は警備区域を見廻らなくてはならず、付き添うことができない。
花柱・胡蝶カナエの死により警備区域が広がった為、時間がかかる。
任務と平行して警備をするのは激務だったが、今はとにかくできることをするのみであった。
──────
─────
斗和は朝方に帰宅すると、鴉の令和が文を持って来た。
途中からいなくなったと思っていたが、本部に行っていたようだ。
文を貰うのは本部からと決まっているので、すぐに分かった。
また任務だろうかと縁側に腰掛けながら開くと、思っていた通り耀哉からだった。
昼までに本部へ来いとのお達しである。
一体何の用件だ?と、斗和は首を傾げる。
そこで、昨夜倒した鬼は下弦ノ陸だったことを思い出す。
(まさかまた…?)
昼までにと書いてあり、斗和はまずは寝ることにした。
◇
(…またあの夢だ…)
斗和は何度目になるのか、不思議な夢を見ていた。
机の上の白い紙に落ちる雫と、誰かの後ろ姿。
振り返ったその目は、冷徹に斗和を見下ろしている。
ドクンと心臓が鳴り、酷く嫌な気持ちになる。
(嫌だ、あの目は…なぜだか分からないけど嫌だ…)
斗和は夢の中にも関わらず頭が痛くなり、そこから深く寝入った。