「今日はここまでにしよう」
「はい!ありがとうございました!」
汗を手拭いで拭き取ると、斗和は井戸へ向かう。
夏世のいる畑に駆けて行く佳成の後ろ姿は、一回り大きく見えた。
発破をかけた上での荒療治が功を成した継子・佳成。
誰かを守るという強い気持ちがきっかけとなり、佳成は土の呼吸の感覚を掴んだ。
一度見せただけの壱ノ型を咄嗟に使ったのは、よくできたと斗和は贔屓目かもしれないがそう思った。
当然だが、お互い任務をこなしながらの稽古である。
今までよりやることも考えることも多く大変だったが、斗和は刺激を貰えていた。
背丈と筋力に恵まれた体で土の呼吸を使うと、威力が相当だったからだ。
それを間近で目にし、学ぶことも多い。
いずれ佳成に越されてしまうのだろうとも思った。
弟子の成長が楽しみであると同時に、嫉妬の感情も芽生える。
もしかしたらあの人を救うことができるのは、佳成かもしれない。
そう考えると、斗和は至極複雑な気持ちになるのだった。
◇
斗和は二度目の柱昇格を辞退した後、助っ人で呼ばれる任務が増えている。
これまでもちらほらあったが、その比でないぐらい多くなった。
町で単独任務が終われば、とたん次は山で戦闘中だから行け。
更に終われば、そのまま遠方任務にまで赴くこともあった。
そうなると警備区域の巡回も毎日はできず、実はこっそり佳成に頼んでいた。
あくまで斗和が見廻れない時だけだが、隊律違反ではなかろうかと内心怯えてもいる。
万が一発覚したら柱合裁判にかけられるのではと、あらぬ想像までしていた。
まず杏寿郎はあの大声で
「速やかに除隊しかない!」
次に天元は
「派手に除隊を推すぜ」
斗和は、いやいやさすがに!と首を横に振る。
柱ではないのに、こんなに忙しいのはどうなのかと斗和は唸る。
しかし柱はもっと忙しいはずだ。
(やっぱり引き受けなくて正解だった。これで音を上げてるんだから、柱には到底なれないよね)
そんなことを思っている斗和だったが、実は名前が柱でないだけで警備含めその任務内容はまさに柱と同じであった。
それを知るのはもう少し先のことである。
───────
──────
忙しくて畑をただ見ることしかできなくなった斗和は、そろそろ収穫できるさつまいも、大根、牛蒡、人参、葱の様子を観察して頷く。
今年は過去最多の種類を植えたので、たくさんの野菜を収穫できるのだ。
殆ど斗和自身では手をかけられなかったが、自宅の敷地で育てたというのはこの上なく嬉しいことだった。
これを煉獄家に持って行けば、喜んでくれるだろうか。
斗和は想像し、ふふっと笑う。
(だけど私からだというのは知らないんだよね。毎年、食べて下さいって簡素な文を添えているだけで名前も書いてないし。まあ名前を書いても誰か分からないもんな…)
斗和は、現・炎柱の煉獄槇寿郎に会ったのは三年前だ。
当時は名前を名乗る余裕もなかった。
息子の杏寿郎には一度蝶屋敷で会っている。
だがあまり驚きすぎて逃げてしまった。
そう考えると、煉獄家にとって毎年置かれているさつまいもは謎でしかない。
(煉獄さん、食べてくれてるよね…?あー何であの時逃げちゃったんだろ)
斗和は逃げたことを今更ながら後悔した。
ぷくっと頬を膨らませしゃがみ込む斗和に、草取りをしながら夏世が尋ねる。
「来週から掘るんだけんど、今年もまた持ってぐの?(来週から掘るんだけど、今年もまた持って行くの?)」
「んだ。さつまいもを多めに、他のも一通りな。今回は荷車で持ってぐがら時間かがるべな(うん。さつまいもを多めに、他のも一通りね。今回は荷車で持って行くから時間がかかるだろうな)」
朝一番に掘り、荷車で煉獄家まで運ぶ。
かなり仰々しい気もするが、一年に一度しかできないことだ。
煉獄杏寿郎の笑顔を思い浮かべ、一人ほっこりする斗和であった。
──────
─────
数日後。
任務も警備もいつもより早く終わらせ、斗和は畑にいた。
陽が昇る前から一人忙しなく動き、作物を掘り起こして行く。
それらを井戸で慌ただしく洗う。
気付けば荷車いっぱいにさつまいも、大根、牛蒡、人参、葱が乗った。
麻袋を何枚か上に被せると、荷車を引いて家を出る。
ガラガラ引いた荷車の音が響く。
振り返れば、鴉の令和が荷車の縁に留まり揺られている。
(めんけごど(かわいいな))
斗和は振動で揺られている令和が微笑ましく、くすりと笑う。
こうしていると平和そのものだが、夜になれば鬼が人を襲う世だ。
斗和の記憶にあるあの時代とは全く違う。
ここに生きているのは、未だ不思議でならない。
だが目の前で鬼が人を喰らうのを見れば、斗和は否が応でも現実だと思い知らされた。
(あーこれはよくない!これから煉獄家に行くのに、暗い気持ちじゃだめだよね)
斗和は前を見据え、荷車を引くのを速めた。
───────
──────
(着いた!)
何度目かの煉獄家の門の前で、斗和は荷車から野菜を降ろして脇に置く。
昨年までより種類も量も増えたそれらは、売るくらいある。
これだけあれば、隣近所にお裾分けもできるだろうとの目論見もあった。
杏寿郎がさつまいもを食べてくれますようにと願い、簡素な文を門に挟むと帰路に着いた。
しばらく行くと、斗和は見知った人物と遭遇した。
「どっかで見た農婦がいると思ったら芋娘じゃねえか!」
音も無く隣に現れ、荷車に手をかけたのは音柱・宇髄天元である。
「わあ!…音柱様!?びっくりしたじゃないですか!あ、引いていただきすみません」
「おー気にすんな、方向同じだからよ。それにしても久しいな!元気にしてたか?」
任務明けだろうか、天元の隊服は所々汚れており掠り傷がいくつかあった。
斗和は湯治場での共同任務以来久しぶりに会ったが、一段と派手になっているのは気のせいではない。
顔の横でぶら下がってる宝石みたいな物は、視界の邪魔になりそうだ。
この人は本当に派手なのが好きだな、と斗和は思った。
「はい、なんとかそれなりに生きています。音柱様も元気そうで何よりです。任務帰りですか?」
「ああ。その音柱様ってのやめねえ?名前で呼べよ」
「じゃあ宇髄様でいいですか?」
「地味に堅苦しいな」
もう、注文が多いんだから!と斗和は内心悪態をつく。
(ならこっちも芋娘と呼ぶのはやめて貰わなきゃ!確かに田舎育ちだけど、確かに芋を育てているけど!だからってその呼ばれ方は嫌だ)
「では宇髄さんと…なら私のことも芋娘ではなく、蓬萊と名前で呼んで下さい」
「そのうちなー。しかし相変わらず地味だな。どっから見ても農婦だぞ?それに荷車引いてどこ行くんだよ」
本当のことは言えないので、斗和は適当にあしらう。
「これは野暮用の帰りです」
「また地味な返答しやがって。あ、ところでお前、噂になってる隊士知らねえか?」
「噂になっている隊士ですか?」
そう言われるも、斗和は佳成と村田以外の隊士と話すことがないので分からない。
「下弦を倒したのに柱になっていない変な奴がいるって話し、知らねえ?」
(えっ…?まさかそれは私のこと?)
斗和はギクリと構える。
それに当て嵌まるのは、自分ではないかと思った。
しかし、なぜそれが噂になっているのか分からない。
知っているのは本部の耀哉と、任務が一緒だった佳成ともう一人の隊士だけだ。
いつの間に噂になっているのか、斗和は居心地が悪くなる。
ここで天元にばれるのは困るので、誤魔化すしかない。
「いえ。私は単独任務が多くて、他の隊士とあまり一緒にならないから分かりませんね」
斗和がそう言うと、天元は「お前知り合い少なそうだもんな」と同情の目を向けてきた。
図星なので斗和はぐうの音も出ない。
そうして別れ際まで荷車を引いてくれた天元は、「じゃあな芋娘!」と忍者さながらに消えた。
斗和は、さすが元忍だなと感心した。
そしてやはり芋娘と呼ぶので、これからは秘かに派手柱と呼ぶことにしたのだった。