斗和は目の前の状況が理解できず、呆然と見つめるしかできない。
下弦ノ弐を仲間四人と弱体化させ、とどめを刺そうとした。
まさにその時だった。
女の隊士が喉仏をかっ斬られ、その血を突然現れた何者かが食らい吸っている。
(何!??何が起きたの?こいつは!?)
「皆下がって!」
斗和は、そう叫ぶのがやっとだった。
「嗚呼、やはり
喉仏から顔を離し、ゆっくり斗和を向いたそれは鬼だった。
一瞬で場が凍り付いた。
「嘘だろ……か、下弦……伍……!」
「何でだよ!?何でまた十二鬼月が現れるんだよ!」
「どうしたらいいんだよっ!」
「くそっ!くそおっ…!」
絶望に喚く残された隊士二人は、刀を構えるも後ずさって行く。
しわがれた声、剃り上げた頭、やけに大きな鼻。
寺の住職のような袈裟を纏うその鬼は、顔中血塗れにし、いやらしく笑う。
「儂は
住職のような鬼は、ニヤリと駒の鬼を見て笑った。
今こそとどめを刺す絶好の機会だった。
斗和は焦りに動悸がし始める。
(どうするどうするどうするどうするどうする…!?)
「鉢駒(はつこま)よ、そのザマは何だ?鬼狩りなんぞにやられるとは不甲斐ない。十二鬼月が聞いて呆れる」
下弦ノ伍は、錫杖を肩に担ぎ嘲笑する。
「よし!ここで儂がお前を討ち、下弦ノ弐に取り替わるのがいいだろう。無惨様には儂から伝えておこう」
「くそ坊主がやがまし!おめなど俺さ敵うわげねがべ!(くそ坊主がうるさい!お前など俺に敵うわけがない!)」
斗和は、鬼同士のやりとりが遠くに聞こえていた。
動悸が激しく、冷や汗も止まらない。
十二鬼月が二体も現れるなど、こんなことありえるのかと目の前が暗くなる。
(どうすればいいの!?どうしたらいい!?分からない…!)
戦う方法はあるのか。
しかし無謀だと斗和は分かっている。
隊士の体力は限界で、無闇に戦えば死ぬだけなのだ。
弱らせた下弦ノ弐も、このままでは回復してしまう。
そしてこの下弦の伍の能力も分からない状態だ。
斗和は、ここまで危機を感じる場面は初めてだった。
先程からずっと頭が、体が、皮膚が訴えている。
このままでは皆、死ぬと。
とにかく退避させるしかないと、脳内が警鐘を鳴らす。
下弦を二体同時になど、いくら人数がいても到底無理だ。
(私が奴らを引き留めている間に逃がす!)
「退避!全速力で逃げて!」
斗和の声に、隊士二人は一斉に駆け出す。
同時に斗和は技を撃とうとしたが、下弦ノ弐・
「おめ喰えば回復すんだ!したらくそ坊主ぶちのめしてやるじゃ!(お前を喰えば回復するんだ!そしたらくそ坊主ぶちのめしてやるんだ!)」
再生が追いついていないにも関わらず、下弦ノ弐は強気だ。
すぐに斬りつけ腕を斬り落とすが、その間に下弦ノ伍は素速く指を自らの鼻に入れ、血を出すと舌で舐める。
「逃さん!」
そして手を併せ経文を唱え始めた。
(まずい!!)
「あ─────っ!!」
斗和は咄嗟に耳を塞ぎ、ありったけ叫ぶ。
(間に合って、どうか!みんなが遠くに行くまで!)
願った。
願ったが、隊士達は耳と鼻から血を吹き出し倒れた。
斗和の目に映るのは絶望だけだった。
「…っ……!」
「よしよし、男は好かんからな。さあ後はお前だけだ。たっぷり味わってやるからな…」
またもやいやらしい笑みを浮かべた下弦ノ伍は、一歩ずつ斗和に近付く。
それをぼんやりと見ながら、斗和は涙が流れた。
己の無力さを、これだけ呪ったこともなかった。
四人いた隊士は皆もう動かない。
(あと少しだったのに……)
下弦ノ弐にとどめを刺す前に、まさかまた鬼が現れるなど誰もが思うわけもなかった。
しかも同じ下弦だ。
一体だけでも、四人がかりでやっと弱体化させたというのにだ。
斗和は後悔が押し寄せる。
もっと早くとどめを刺していればよかったのか。
そうすればまだどうにかできたのか。
誰も死なずにすんだのか。
そんな保障はどこにもないのだが、斗和はあの時、と悔やむ。
斗和を信じ、指示に従った隊士達は皆死んだ。
精一杯戦った。
(なのに私は何をしている?今まで何をしていた?)
斗和は無力さに打ちひしがれる。
鬼を何体斬ろうが、下弦を倒そうが、仲間の命を救えないなら意味がないと思った。
何の為に鬼殺をしているのか。
これから何をする為にここにいるのかと考えると、悔しくつらく堪らなかった。
(…許せない。人間を簡単に殺す鬼も、弱くて誰一人救えない自分も!!)
斗和は溢れ出る涙をそのままに、日輪刀を横向きに構えた。
─土の呼吸 拾ノ型奥義
激しい地響きと地鳴りが辺り一帯を包む。
僅か数十秒後。
物言わぬ細切れの肉塊となった下弦ノ弐と下弦ノ伍は、ボロボロと崩れ消えた。
斗和はそれを確認する前に意識を手放した。