斗和は布団から起き上がり、隣に座っている隠に体を向けた。
「……あの時一瞬見えたのは子供鬼の顔と、あと鼻の鬼の大きな鼻だけです。後は何も見えませんでした。もう本当にがむしゃらで……気付いたらここにいたんです。あ、子供鬼って下弦ノ弐で、鼻の鬼は下弦ノ伍です。説明が下手ですみません」
「……いえ」
(この人、あの状況をそれで済ますの?)
隠の後藤は、斗和の報告に頭巾の下の口を引き攣らせた。
これでは報告できない。
順を追って説明して貰う必要があった。
後藤は一週間前、東京外れの集落での事後処理に駆り出された。
蝶屋敷に届け物をした帰りのことで、とにかく急げとのお達しで仲間四人と向かった。
列車で終点まで行き、そこからは足を使うしかなくひたすらに走った。
川を渡り山を越え、とんでもなく辺鄙な場所にあった集落。
そこで後藤が一番最初に目にしたのは、柱の姿だった。
白髪で体と顔に無数の傷がある風柱・不死川実弥だ。
柱がいるということは、相当に強い鬼だったのかと思った。
だが事はそう単純なことではなかった。
鎹鴉が呼び寄せる現場に行けば、事切れた隊士が四人いた。
一人を除き、耳と鼻からおびただしい出血の跡があった。
他の三人と埋葬の準備をと思ったが、風柱から一緒に来てくれと言われる。
風柱はその背に人を背負っており、これを持ちついて来いと妙な形の刀を渡してきた。
一般的な日本刀とは違う形状のそれは鍬に似ており、重い。
これは誰の日輪刀なのか。
風柱が背負ってる人は誰なのか。
後藤は聞こうとしたが、風柱は既に走り出していたので慌てて後を追う。
背負われている後ろ姿を見ると、髪は肩より長く明らかに女だった。
どう見ても野良着を着ている為、集落に暮らす農婦だろうと後藤は推測した。
鬼に襲われ気を失ったのだと、その時は思っていた。
山を越え町まで来ると、やっと藤の家へ到着する。
随分走ったので、後藤も風柱も汗だくだった。
二回程しか休憩していないのに、風柱はよくあの距離を人を背負って全速力で走れるものだ。
やはり柱だ、刀だけで精一杯の自分とは違う。
後藤は感心する。
風柱は背負っていた女を家の者に頼むと、宛がわれた部屋へと入る。
そして風柱は、あの農婦が目覚めるまでここに残ってくれと後藤に告げてきた。
後藤は率直に、なぜ?と思った。
なぜ農婦が目覚めるまで、ここで待機しなければならないのか。
理由を問う後藤に、風柱は驚くことを告げた。
「あの女は農婦じゃねェ。隊士だァ」
「隊士だったんですか!」
後藤は驚愕した。
農婦だと思っていた女は農婦ではなく、鬼殺隊の隊士だった。
後藤が抱えて走った日輪刀は、その隊士の刀であった。
そうなるとあの中で生き残った一人なのかと思ったが、風柱は更に驚くことを告げる。
女は任務で下弦の鬼を二体も倒した。
下弦が二体も同時に現れることは、今までなかったことである。
しかもそれを一人で倒すなど、後藤は到底信じられない。
「えっ、はあ!?ええっ!?」
言葉にならない反応をすれば、風柱は遠くを見ながら呟く。
「まァ信じられねェよなァ。俺もこの目で見てなけりゃ同じ反応する」
他人にも自分にも相当厳しい、あの風柱がそう言うのだ。
真実であるのは間違いない。
だが後藤には到底信じられなかった。
下弦一体だけでも苦戦を強いられるというのに、二体現れそれを同時に頸を斬るなど前代未聞である。
しかも女、更に柱ではない隊士だ。
後藤は脳内であれこれ考えていると、風柱は頼むぞと念押しする。
「俺はこれから一眠りしてから帰るが、女が目覚めたら詳細を聞いて文を寄こせェ。いいなァ?」
「はい…」
腑に落ちないながら後藤は返事をすると、風柱は風呂へと向かって行った。
それから後藤は、女が目覚めるまで藤の家で手伝いをした。
また、近くで事後処理があれば行くなどし過ごしていた。
女の世話は藤の家の者に頼んでいたので、何か変化があれば知らせてくれと言ってある。
だが翌日もその翌日も目覚める気配がなく、三日経っても一向に変わらないままだった。
後藤は焦る。
再度医者を呼び診て貰うも、心臓も呼吸も正常だと告げられる。
なぜ目覚めないのかが分からない。
後藤は医者に礼をし、横たわる女の顔をまじまじ見ると、左頰に横に走る大きな傷があった。
耳まで走るその傷は、かなり深く斬られたのか少し盛り上がり縫われた痕もある。
女なのに気の毒すぎると、後藤は顔を顰める。
傷を除けば女の寝顔は整っており、目を開ければ美人なのではと思うのだった。
それから後藤は、一日一日と祈るように待つが変化はない。
風柱は文が来ないのを不審に思っている可能性がある。
決して忘れているわけでも、無視したわけでもないことを分かってほしい。
後藤は願う。
(頼むから一刻も早く目覚めてくれ!)
後藤の願いは、斗和を運んでちょうど一週間後の朝方ついに叶うのだった。