蓬萊から文が送り返された翌日。
本部に行くと、隠から東屋に茶を用意していると誘導された。
まだ時間より早く、蓬萊の姿も無いので大人しく茶を啜り待つことにする。
暇さえあれば鍛錬するが、お館様の屋敷内でそれは憚られる。
辺りは静寂に包まれ、長閑だなと柄にもないことを思っていると背後が少し騒がしい。
なんだァ?
振り向くと門のすぐ傍で、隠二人に身振り手振りで何かを訴えている女がいた。
うなじの上で団子に纏めた髪、一般隊服姿、左頰の傷が見え、それが蓬萊斗和だと気付く。
来たな。
歩み寄る音に気付いた二人の隠が、自分に向かって膝を着いた。
「「不死川様!」」
その声に下を向いていた蓬萊は、弾かれたように頭を上げた。
俺を見て驚いたんだろう。
目を見開き、口も半分開いたまま動かない。
「…っ…し、…かっ、風柱様!」
どもり声は裏返るも、呼ばれた名前に眉を顰める。
し、と言いかけた。
不死川と言おうとしたのか?
「お前が蓬萊斗和だなァ?」
確認の為に聞くと、即座に膝を着いて頭を下げる。
「は、はい。蓬萊斗和と申します。その節は…おたす、お、お助けいただきありがとうございます」
またもやどもる。
緊張しているのだろうか。
「あァ、意識が戻ってよかったなァ。…それより手合わせの件だが、何で文を送り返してくんだァ?お前宛だぞォ」
そう言うと瞬時に頭を上げ、こちらを凝視する蓬萊。
この反応だと、自分宛だとは微塵も思わなかったのか。
それにしてもいつまで跪いているのか。
一般隊士でさえ柱に跪くなどしないのに。
「…いつまで跪く気だァ?畏まりすぎるんじゃねェ。俺らは…」
「失礼致します。不死川様、蓬萊様、間もなくお館様のお成りにございます。どうぞあちらへ」
“俺らは同等だ”と言おうとしたら背後から隠が来たので、言われるがまま踵を返す。
背中に視線を感じるのは、気のせいではないだろう。
柱合会議同様に、俺はお館様への挨拶を述べる。
蓬萊はと言うと、俺との間にゆうに七、八人並べるくらい離れ、正座し頭を下げている。
おい離れすぎだろォ、と思ったが口に出せるわけもない。
お館様を入れて、見事な正三角形になっている。
「二人とも顔を上げて。変わらず元気そうで何より。さてまずは…先日斗和が倒した、下弦ノ弐と伍について実弥から話しを聞こうかな」
「はい。俺が駆けつけた時、まさに蓬萊により鬼二体が倒される瞬間でした。鴉から巻き添えを喰らわぬよう言われ、木の上で待機したのち殲滅まで確認済みです。先に現れた下弦ノ弐は弱体化していたとのことです。しかし、後に現れた下弦ノ伍と共に二体同時に倒すことは、熟練の柱でさえ困難です」
「そうだね、十二鬼月を一人で二体同時には前代未聞だろう。そもそも鬼同士は対抗意識が強いから、同時に現れたのはかなり稀なことだ。その点からしても斗和はとてもよく頑張ったよ。だから…言わんとすることは分かるね?」
穏やかに、だがその声色には静かな圧が含まれている。
柱になれと告げているのだ。
これで三度目のようだし、十二鬼月を二体も倒してさすがにもう断るなどしないはずだ。
万が一断るなどしたら誰も納得しない。
勿論俺もだ。
蓬萊が口を開くのを、今か今かと待ち構える。
「大変恐縮でございます。元より共に戦った仲間の力が大きく、私はとどめを刺しただけです。他の隊士は皆亡くなりましたし、私はまだ未熟であり、柱には相応しくないと思っております」
こいつまたかァ!
思わず左に首を振って蓬萊を凝視した。
柱に相応しいから、こうしてわざわざお館様が直々に……!
「そう言って何年経つのかな?君は今度こそ柱になるべきだよ。殉職した子たちの為にもね。実弥もそう思うだろう?」
先程より圧を増した声色に、即座に返答した。
「はい、是非とも」
すると左から視線を感じる。
逃れられないと悟ったのか、蓬萊は渋々ながら口を開いた。
「…それでは恐れ多いことではございますが、謹んでお受けします」
それを聞いて、周囲が安堵の雰囲気に変わる。
全く、さっさと二つ返事で受ければいいものを。
「ただし!……仮としてです。九人揃い次第退かせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
いきなり声を張り上げ、額を玉砂利に擦りつけた女。
その声に、離れた場所にいた隠までもが驚愕した。
今なんと言った?
仮?
九人揃ったら辞めるだと?
「斗和は相変わらず一筋縄じゃいかないね。仮と言っても、柱に変わりないからよろしく頼むよ。皆への就任披露は……必要無いようだね。それでは今より蓬萊斗和を土柱に任ずる。二人とも同い年だから、仲良く切磋琢磨してね」
就任披露と言いかけたお館様に、首を思いきり左右に振る蓬萊。
その後お館様は、御息女二人に付き添われ屋敷内に戻って行った。
「御意。精進致します」
頭を下げたままの蓬萊に近付くと、正座から片膝を着き挨拶される。
「仮ではありますが、これからどうぞよろしくお願いします」
「仮ってェのはどういうつもりだァ?前々から断って、やっと受けたら九人揃うまでときたかァ…おかしな奴だぜェ」
本当におかしな奴だ。
何を考えいるのかさっぱり分からない。
柱の何がそんなに嫌なのか。
普通なら、強い柱となり鬼を殲滅したいと思うはずだ。
この女の実力はこの目で見ている、間違いない。
実力はあるが、上に立つのを嫌っているのか?
「…事情があるんです。では私はこれで失礼します」
「待てェ、失礼するんじゃねェ。一緒に来てもらうぞォ」
俺は帰ろうとする蓬萊を引き止めた。