本部を出た直後、着いて来いと一言告げ、不死川さんは消えた。
正確に言うと瞬足で走り去ったのだが、あまりに速くて追いつけなかった。
見失いこそしなかったが、距離は全く縮まらなかった。
はっ?えっ?と唖然としてしまい反応が遅れたとはいえ、脚力はそれなりだと思っていた自分が恥ずかしい。
煉獄さんの言葉を借りるなら「穴があったら入りたい」である。
さすが風柱、風と一体化していると思いながら着いたそこは見事な屋敷だった。
風柱邸だろうか。
本では確か柱稽古の時に出てきたけれど、よく覚えていない。
大きいな、うちの何倍あるのかな?
遅くてすいませんと謝り、ぶしつけながらも見回す。
「あの、ここは風柱様のお屋敷ですか?」
「あァ…その風柱様ってのやめろォ。同じ柱だろうがァ」
門に手を掛け、中に入っていく不死川さんの後に続く。
「分かりました。お邪魔します不死川様」
「だからその様付けをやめろっつってるだろォ!ついでに敬語もだァ」
苛立ったのか、眉間に皺を寄せて振り返る。
思わずうわっと目を逸らす。
この目は苦手だ。
全身の傷もさることながら、とにかく目が恐ろしい。
なんでそんなに血走っているのか。
「でも私は柱と言っても仮ですし、いろいろと恐れ多くてですね…」
窺うように目線を不死川さんに向けたが、思わず息を呑んだ。
先程とは比べ物にならないつり上がった目だ。
まるで刀のようで、今にも突き刺すんじゃないかと思った。
完全に怒っているのは明らかだった。
「蓬萊、てめェはやけに自分を卑下してるようだが、そんなんで柱が務まんのかァ?謙遜のつもりか知らんが度が過ぎてうぜェ。実力があろうとこの先もそれじゃあ他の隊士に示しがつかねェ。…今から俺と手合わせしろォ。その根性たたき直してやらァ」
そう言って庭の方に歩いていく不死川さんに、何も言い返せなかった。
いつまでたっても自信が持てない。
私は、この先起きることを変えようとして鬼殺隊に入った。
それで変えられるのかが全く分からない。
本来いない存在がいることによる変化が怖い。
全然足りない自分の力に、ただ悔しさを募らせているだけ。
不安しかない心が、言葉と態度に出ているんだ。
不死川さんが怒るのも当然だった。
私はまだまだ覚悟も実力も足りない。
下唇を噛み締めて後を追う。
◇
投げて寄越した木刀を受け取ると、背中の日輪刀を離れた場所に置いた。
構えた瞬間に打撃が襲いかかる。
(怖い!)
ひたすらに打ち込まれ、あっという間に防戦一方になる。
「てめェ本気でやってんのかァ!?」
怒声が飛ぶ。
それだけで怯む自分が情けない。
不死川さんが怖い。
どうしてか力が出ない。
いつものようにできない。
どうしたらいいか分からない……
「柱がそんな腑抜けでどォすんだァ!!」
ああだめだ…!
力が全く入らない。
勢いを増した不死川さんの打撃に、完全に気圧されている。
「いちいち動揺してんじゃねェ!」
受け止めきれず肩口に痛みが走った瞬間、吹っ飛ばされる。
受け身を取るつもりが、不死川さんの腕で塀に叩きつけられていた。
「いい加減にしやがれェ!!テメェは偽モンかァ!?下弦を二匹も討った女はどこに消えやがったァ!…こんな奴と手合わせしようとした俺が馬鹿だった…もういい、とっとと失せろォ!!」
頭が真っ白になった。
遠ざかる【殺】の背中が滲んで見えた瞬間、右手に力が入り木刀を構え突進する。
─土の呼吸 参ノ型
勢いよく振り返った不死川さんへ打撃を繰り出し、間髪入れずに姿勢を低く構えた。
─土の呼吸 肆ノ型
飛び上がって技を避ける不死川さんの脇腹に、木刀を思いきり叩きつけた。
この技は跳び上がれば確実に避けられるので、そこを狙うのが本質だ。
つまり囮技である。
実際に喰らった場合は足が両方切断される。
脇を押さえ、彼はグギギギと効果音がつきそうなくらいゆっくり頭を持ち上げる。
最早睨んでいるのか、ただ見ているのか分からない。
参ノ型 土竜叩を打ち込んでからの、肆ノ型・
土竜叩は一打一打が重いので、長く繰り出すと疲弊するのだ。
不死川さんに一撃入れることができたのには、自分でも驚いた。
だが不意討ち同然だったのだから、本来は避けられただろう。
そもそもあちらは風の呼吸を一度も使っていない。
やっぱり不死川さんはかなり強い。
鍛錬不足と気持ちの弱さを、身に染みて痛感した。
今回の失態は恥ずかしいも通り越して、情けないにも程がある。
一刻も早くこの場を去りたい。
「今日は見苦しいところばかり見せてすみませんでした!稽古をつけていただき感謝しています。もっと精進します。だからま…」
またよろしくお願いします、うっかりそう口から出そうになるのを堪えた。
何を言おうとしてたんだ、私は。
稽古どころかもう関わりたくないのに。
俯いている不死川さんは何も言わない。
「あ、あの…木刀ありがとうございました。…ではこれで」
借りていた木刀を押しつけるように返すと、素早く日輪刀を回収し再度頭を下げて逃げるように去った。
彼がどんな表情をしていたかなんて、知るはずもない。