本部を出ると、実弥は先立って荷車を引いた。
斗和はいたたまれず、自分が引くと行ったのだが、"女に引かせてその横を手ぶらで歩けるか!"と一蹴された。
斗和は全く気にしないのだが、実弥は周囲の目が気になるのだ。
仕方なくそのまま頼むことにした。
実弥の分の麻袋だけが乗っている荷車は、行く時とは大分違って淋しそうに見えた。
「…………」
「…………」
道中何の会話もない二人。
隣にいるのが村田ならば楽しいのに、と斗和は口を尖らせる。
同い年でも、実弥だとどうしても萎縮してしまう。
やはり最初の出会いがよくなかったからだと思った。
運んでくれた礼も未だにしていない。
今ここにおはぎがあれば渡せるのにと考えるが、生憎無い。
斗和はそっと隣を窺うと、実弥はまっすぐ前を見ている。
端正な横顔は何を思うのか。
実弥は父親が死んだ時、荷車を引きながら弟の玄弥に"家族は俺たちで守ろう"と言った。
だがそれから、母親が鬼となり子供達を襲った。
その母親を殺したのは実弥だ。
玄弥に"人殺し"と言われた。
実弥はどんな気持ちだったのか。
斗和には想像もつかなかった。
到底耐えられないと分かる。
それを実弥は乗り越え自力で鬼退治をして、鬼殺隊に入った。
過去があるから今がある。
だがそれらはあまりにもつらく、悲しい。
家族は生きており、たまたま以前の記憶を戻した斗和とは、覚悟も想いも何もかも違っている。
斗和は、それが不安と迷いとなっているのも分かっていた。
いつまでたとうと生温いと自嘲するしかなかった。
実弥は、斗和のような女をどう思っているのか。
一番嫌いなのではと思った。
だからこそ疑問だ。
なぜ稽古をつけようとするのか。
根性を叩き直すとは言っていたが、直ったと思うまでずっと続くのか。
(それは嫌だ!)
「何睨んでやがる」
ふいに実弥が斗和を見た。
「睨んでません。あの家の塀を見ていたんです」
斗和は、実弥を通り越した先の塀を指差し答える。
苦しい言い訳だ。
実弥は面白くなさそうにまた正面を向いた。
───────
──────
風柱邸に到着すると、門の両側を開けて荷車を中に入れる。
野菜の入った麻袋を抱えた実弥は、庭で待っていろと告げ玄関へ向かう。
荷車もついに空になり、斗和は満足そうに頷いた。
(これ、持ち上げられるかな?)
会議が始まる前に、行冥は野菜を詰んだまま車輪を持ち上げた。
空であれば斗和にもできると思った。
「っ、と!」
荷台に手を掛け踏ん張る。
すると、ぐーっと持ち上がるではないか。
(お!いけるいける)
最近では甕(かめ)を運んだりする力仕事は、全て継子の佳成がやっていた。
斗和はここしばらく、重い物を運んでいない。
前は何でも一人でやっていたのに、今は大分楽をしていると反省中だ。
とにかく鈍ってたらどうしようかと思うも、持ち上がり安堵した。
(次は片手で…)
「何してんだァ?早く庭に来い」
玄関から出てきた実弥に不審な目を向けられ、慌てて庭へ行く。
◇
斗和は渡された木刀を構える。
二度も醜態は晒せない。
本気で立ち向かわなければ、前回と同じになってしまう。
(相手は不死川さんじゃない、無惨だ。無惨だと思え!!)
────────
───────
数刻後、斗和の木刀が割れたのを機に今日の手合わせは終わりとなった。
茶を持ってくるから休んで行けと言われ、斗和は縁側に腰を降ろす。
今日はなんとかまともに打ち合いができた。
普段は佳成とばかり稽古をしており、斗和はそれに慣れて単調になっている。
実弥は遥かに速く、鋭い打撃と風圧で身のこなしも軽い。
ついていくのが精一杯だった。
柱稽古で炭治郎たちがボコボコになっていたのは、大袈裟ではない。
本当にそうなる。
さすがに失神したら一区切りではないが、休み無く打ち込まれそこかしこが腫れた。
最後は風の呼吸により木刀が割れたが、もし木刀でなく真剣だったらどうなっていたのか。
斗和は苦笑いするしかない。
(…やっぱりしっくりこないな…)
木刀を握っていた手のひらを見つめる。
斗和は木刀が好きではなかった。
軽すぎて手に馴染まず、技を出しても威力が弱い。
やはり適度な重みのある鍬や、特注日輪刀が一番合っている。
斗和は、今度は鍬を持参しようかと考えた。
実弥ならば全部避けるだろうし、大丈夫だろうと安易な考えである。
汗を手拭いで拭いていると、実弥が茶を持ってきて隣に置いた。
水とおしぼりも一緒にあり、気が利く男だと感心する。
この屋敷に隠は常駐しているのだろうか。
斗和のような小さい家には不要だが、こんなに広いならば管理も大変だ。
「ありがとうございます。いただきます」
おしぼりで手を拭くと、斗和はまず水を飲み干し、茶を啜る。
(ああ美味しい。体に染み渡る)
隣に座る実弥も茶に手を掛けている。
「ここには一人で住んでいるんですか?弟子や継子はいないんですか?」
「隠が出入りして家の管理はしているが、弟子も継子もいねェ」
実弥の返答に、斗和はやっぱりいないのかと思った。
柱の中で継子がいるのは、しのぶと杏寿郎だけである。
行冥は、佳成と師弟関係を解消してからはいないのだと思われる。
義勇も当然おらず、天元は謎だ。
実弥に教えを請えば強くなるだろう。
だがいかんせん恐ろしい。
恐怖しかない。
善逸のように逃げ出すに決まっている。
斗和は、"ギャアアアアアンヌ"と叫ぶ善逸の姿が脳裏に蘇り、吹き出しそうになる。
「お前もいねェだろォ?」
尋ねてくる実弥に対し、斗和は顔が引き攣ってしまう。
(まあいるように見えないよね。あんなに打ち込まれて情けない女に。でも…)
「実は…一年と少し前に志願者が来ました。悲鳴嶼さんの継子だったこともあり、いろいろ考えた結果受け入れました」
実弥が驚いた表情になるのも当然である。
斗和本人も相当驚いたのだから。
「悲鳴嶼さんの元継子ってことは男だよなァ。どんな稽古つけてんだか見てェが…。どうなんだよ、そいつは?」
「最初はかなり苦労してましたけど、きっかけを掴んだらすぐに土の呼吸を会得しましたよ。成長著しいので、よかったら今度稽古をつけてくれませんか?師弟揃ってはちょっと恥ずかしいですけれど」
「俺らのは手合わせだろォが!まァつけてやってもいいけどよォ」
「ありがとうございます!じゃあ今度連れて来ますね。あ、うちの近くを通ったら寄って貰っても。私も佳成も、任務以外は常に家にいるので」
斗和は茶を啜り、よかったと思った。
これで佳成も変化があり刺激になる。
更に斗和への恐ろしい打ち込みも減るだろうと、その期待を含んでいる。
(さて茶も飲んだしそろそろ帰ろう。帰って任務の仕度をしなきゃ)
斗和は立ち上がり実弥に挨拶しようとした。
すると、もの凄い目で斗和を見ている。
思わず息を呑んだ。
(何で睨んでるの!?今まで平和に会話をしていたでしょう!)
どうしようと声を掛け、れずにいると、実弥は縁側に立ち斗和を見下ろす。
「てめェは男と一つ屋根の下で暮らしてんのかァ!?」
「!」
実弥はいきり立つ。
どうしてそんなに怒っているのか、斗和は訳が分からない。
「そんなの…継子なんだから当たり前じゃないですか!任務の合間に稽古をつけるんですよ。無駄にする時間なんてありません!」
負けじと言い返すと、実弥は斗和に近付いて胸倉を掴んだ。
「!?」
「自分は女じゃないとでも思ってんのかァ?…自信もなけりゃ節操もねェときた。冨岡の野郎見て顔赤らめたり、てめェも忙しい女だなァ!」
斗和を射貫く両眼には、ほとばしる程の怒りが籠もっていた。
眼前に迫る実弥の顔に、斗和は胸が締め付けられる。
怖いのに目が放せず、なぜだか酷く苦しい。
すると実弥は胸倉を掴んでいた手を放し、斗和を一度も見ることなく廊下の奥に消えて行った。
「佳成さは恋人がいるんだじゃ!おらみてえな醜い女が、どうこうなるわけねえでねが!節操なんぞおらさはいらね!不死川さんの馬鹿たれ!(佳成には恋人がいるんです!私みたいな醜い女が、どうこうなるわけないじゃないですか!節操なんて私には不要です!不死川さんの馬鹿!)」
斗和は悔しくて叫ぶ。
胸が詰まり苦しくて涙がこぼれた。
すぐに刀を掴み荷車を引いて風柱邸を出ると、勢いよく涙が溢れてきた。