新・炎柱
前回の柱合会議から二週間後、斗和が佳成と稽古をしていた時だった。
鴉の令和から柱合会議に行けと告げられ、心臓が早鐘を打つ。
(来た…!ついにこの日が)
杏寿郎が下弦ノ弐を倒して炎柱になる。
会議の後に挨拶することを考え、斗和は既に緊張で動悸がし始める。
ついに杏寿郎と会うことを考えれば、やはり落ち着かない。
一度会ったが、杏寿郎は覚えていない可能性がある。
今日が初対面に等しいので、何と挨拶すればいいのか考える。
(どうしよう、汗臭くないかな?最初は初めまして、かな?)
斗和は、あれこれ考えながら野良着隊服から一般隊服に着替える。
そしていつになく緊張した面持ちで柱合会議に向かった。
◇
到着前、一足先に門の中に消えた人物を追う。
特徴的な半々の羽織の背に声を掛けた。
「冨岡さん!お疲れ様です。大根の味はどうでした?」
振り返った義勇は歩みを止める。
「…あれは美味かった」
鮭大根の味を思い出しているのか、僅かに表情に変化がある。
知っていたが、一応聞いてみた。
「どうやって食べたんですか?私は鰤大根なら得意でよく作りますよ」
斗和は得意げに言う。
実は、斗和の数少ない得意料理の一つは鰤大根である。
鮭大根でないのが惜しい。
「…鮭大根は作れないのか?」
「作れません」
「そうか…」
僅かに眉根を寄せた義勇は、再び歩き出したので斗和も横に並ぶ。
「鮭大根は胡蝶さんに作って貰ってはどうですか?」
「なぜ胡蝶に…?」
義勇としのぶは、マタギの任務で一緒だった。
更には那田蜘蛛山でも一緒だった。
柱の男女が二度同じ任務に就いたのだ。
勘ぐってしまうのも仕方がない。
「胡蝶さんは料理が上手なのではと…勝手に思っただけです。ところで今日の会議の内容は?」
「行けば分かる」
それはそうだが、斗和は相変わらず会話の弾まない人だなと思った。
◇
(あ!煉獄さんがいる!)
斗和は杏寿郎の姿を見つけ、胸が躍る。
前回同様、既に行冥、実弥、天元、しのぶと並んでいた。
斗和も同じように、義勇の横で膝を立て耀哉を待つ。
すぐに耀哉が、息女と輝利哉に付き添われ現れた。
斗和は、実弥が挨拶するのを聞きながら思う。
耀哉への挨拶は毎回実弥と決まっているのだろうか、と。
既に今日で三回も聞いている斗和は、些か飽きがきていた。
たまには違う人が言ってもよさそうである。
だがあの実弥が、至極丁寧なで難しい言葉をつらつら述べるのは貴重だった。
例えば義勇が述べたらどうだろうかと想像する。
それを不貞腐れて聞く実弥の姿まで浮かんだ。
耀哉は、杏寿郎が見事下弦ノ弐を討伐したと皆に報告した。
そして新たな炎柱就任を告げる。
「杏寿郎、君は本当に凄い子だ。これからは柱として鬼殺隊を支えてくれるかい?」
実弥は不貞腐れるが、杏寿郎の元気な声が響く。
「はい!」
ついにこの瞬間がきたのだと、斗和は感動して泣きそうになる。
杏寿郎が炎柱になった。
自動的に槇寿郎は引退だが、斗和はどうしようかと考える。
あの時のように後悔させたくないのだ。
同じことを繰り返させない為にと、それだけを思い斗和は鬼殺隊に身を置いた。
変えなくてはならない。
気付かせなければならない。
斗和は決意を新たに前を見据える。
続いて耀哉は、杏寿郎の警備区域と新たな鬼の情報などを伝えた。
柱達もそれぞれ任務や警備の報告をし、会議は終了となる。
「斗和、野菜はどれも味が濃くて美味しかった。あまねも子供たちも喜んでいたから、また何かできたら楽しみにしているよ」
「もったいないお言葉、こちらこそありがとうございます。またの機会に是非」
最後に野菜の礼を言われ、斗和は気分が高揚する。
そして解散となり、耀哉は屋敷内に戻って行った。
すると天元、行冥、しのぶは杏寿郎の傍に行き賑やかに挨拶をし始めた。
斗和はすぐさま義勇の後ろに隠れ、様子を伺う。
杏寿郎のはきはきとした声が一際大きく聞こえ、胸が高鳴る。
(どうしよう、あの中に入っていけるかな…皆の前で煉獄さんに挨拶できるかな?でも誰もいない時の方が緊張するよね)
どうしようかと悩んでいると、輪に入っていけない実弥に杏寿郎から声を掛けた。
あんなことをするから今更まともに挨拶できなくなるんだ、と斗和は白けた視線を送る。
それに比べ、杏寿郎の懐の広さは尊敬に値すると頷く。
「蓬萊、なぜ俺に隠れている?」
突然義勇が振り返った為、視界が広がる。
「ちょっ、振り返らないで下さい!まだ心の準備が出来ていないんです……か、ら…」
「君は水柱の!」
「…冨岡義勇だ」
「そうか!俺は煉獄杏寿郎だ。よろしく頼む、冨岡!」
斗和は目の前でされている二人のやりとりを茫然と見ていると、猛禽類のような目が向けられた。
思わず息を呑む。
「君は…!どこかで…」
「え、炎柱様!…あ、わ、私は蓬萊斗和と申します!岩から派生した土の呼吸を使っています。どうぞよろしくお願いします!」
斗和は勢いよく頭を下げた。
(会ってしまった!とうとう挨拶までしてしまったよー!)
心臓が忙しなく、顔に熱が集中する。
頭を上げられないと思うも、上げなくては失礼である。
斗和は深呼吸しつつ頭を上げると、杏寿郎がじっと見ていた。
それは射貫くようで、更に顔に熱が集中していく。
最早熱すぎて、火が出そうなくらいになっていた。
杏寿郎が何か言おうと、口を開きかけたその時だ。
「蓬萊、顔を赤らめると不死川が怒る」
義勇が爆弾を落とした。
その後───
実弥がその通り怒った。
義勇に対してだが。
そして義勇に掴みかかろうとし、それを杏寿郎が止める。
義勇は飄々と凪いで、しのぶに連れて行かれたのだった。
暴れていた実弥は、杏寿郎の腕を振り払いいなくなってしまった。
(何やってるのあの人たち…)
「相変わらずソリの合わねえ奴らだな。そーだ!野菜美味かったぜ、嫁たちも喜んでた。また頼むな」
天元はそう言って颯爽と消えた。
「手塩にかけて育てたのがよく分かる、いい出来栄えだった」
そう言い行冥も帰って行った。
この場に残されたのは斗和と杏寿郎だけだ。
先程の騒動で、早鐘を打っていた心臓は大分落ち着いていた。
だが二人きりになると、やはり緊張する。
斗和はおずおずと向き合う。
「俺は煉獄杏寿郎だ。改めてよろしく頼む。先日の会議で野菜を貰ったが、君が作ったそうだな!どれも美味かった!ありがとう!」
(あの煉獄さんが私にお礼を…!)
斗和はえらく感激し、素敵だと涙を滲ませる。
「ところで君に聞きたいことがある。何年か前から、毎年我が家にさつまいもが置かれていてな!誰が置いて行くのか気になっていた。あれはもしや君ではないか?」
どこを見ているのか分からないような大きな目が、斗和を見つめる。
「…はい、そうです。実は五年程前に当時の炎柱様…おそらくお父様だと思うのですが、任務で助けていただきました。それでお礼の文の他にさつまいもを。私は畑仕事が趣味なので、できたものを毎年お届けしていたんです。名乗っていなかったので名前も書けなくて、何年も失礼しました」
「よもや!そうだったのか。隊士の誰かではないかと思っていたのだが、見つからなくてな。先日貰った時は驚いた!毎年食べていたあのさつまいもだったからだ。俺はさつまいもが好物だから嬉しかった」
にこりと笑顔になる杏寿郎に、斗和もつられて微笑む。
「そうですか!それはよかったです。…あの、お父様のご様子は変わりないのですか?私のことは覚えていないと思いますが、命を助けていただきましたので一度お会いしてお礼をしたいのです」
「…それは、どうだろうな…。父にはこれから炎柱になった報告をするつもりだが、何と言ってくれるか…」
明朗快活な杏寿郎の顔に、僅かに影が落ちる。
斗和はいたたまれなくなった。
杏寿郎にこのような顔をさせ、何年もつらい思いをさせるのは許せなかった。
絶対に槇寿郎を立ち直らせなくてはならない。
煉獄家へ行くには、口実が必要だ。
稽古を申し込むしかないのだが、今は甘露寺蜜璃が継子のはずである。
とりあえず聞いてみることにした。
「炎柱様。もし少しでもお時間があれば、近いうちに私に稽古をつけて貰えませんか?」
「稽古をつける?面白いことを言う。君は同じ柱だろう、手合わせならするぞ!ちょうど継子が巣立ったばかりでな。先日の任務で新しい呼吸を派生させたんだ。だから任務の合間にでも手合わせしよう」
「はい!よろしくお願いします」
(そうか、あの任務で甘露寺さんは恋の呼吸を派生させたんだ。柱になるのはいつかな?)
「ところで君はいくつなんだ?女性に歳を聞くのは失礼だが、そんなに丁寧にされるとこそばゆい」
「先日十九歳になりました。炎柱様は?」
「よもや!俺より上ではないか!俺は十八歳だ。同じ柱なのだからその呼び方も敬語も不要だ」
「敬語は私の癖のようなものです。じゃあ煉獄さんと呼びますね!」
「ああ!ではまたな、蓬萊殿」
杏寿郎は颯爽と帰って行く。
それをいつまでも夢見心地で見つめていると、隠に早く帰れと言われたのだった。