斗和は、しばし杏寿郎に思いを馳せボーッとしていた。
「いけない、早く書かないと」
斗和は改めて文机に向かう。
杏寿郎には手合わせを頼んだが、本来の目的は槇寿郎に会い立ち直らせることである。
これは斗和が以前の記憶を戻し、初めてと言える行動だった。
記憶の中の出来事を変える行為だ。
斗和が鬼殺隊に入ったのは、無限列車で杏寿郎の命を助ける為だ。
実のところ、槇寿郎のことはどうでもよかった。
このままふて腐れていようが、肝臓を悪くして死のうが、どうでもいいと思っている。
どうでもいいと言う言葉は、それこそ槇寿郎の口癖だ。
皮肉ともとれる。
だが斗和は、杏寿郎の命と共に彼を取り巻く想いも救いたいと思った。
そうでなければ、本当の意味で杏寿郎を救うことにはならない。
それには、父親である槇寿郎を変える必要がある。
斗和は仮説を立てていく。
まず杏寿郎を救えたら、槇寿郎は変わるか?
答えは変わらない。
杏寿郎が生きていた場合、確実にこのままだ。
死んだからこそ変わったわけで、生きていればあのままである。
だが、槇寿郎は息子が死んですぐ変わったわけではない。
槇寿郎が後悔したきっかけは息子の死に加え、炭治郎が伝えた杏寿郎の言葉だ。
息子からの"体を大切に"というたった一言が変えた。
これは単純だが相当に難しい。
この言葉、生きている杏寿郎が同じことを告げたら変わるのだろうか?
答えは絶対に変わらない。
それ程に杏寿郎の死は重く、意味があった。
槇寿郎が、あのように酷く変わった理由は様々ある。
斗和は、歴代炎柱の書を見たのはきっかけに過ぎないと思っていた。
例え見なくとも、妻・瑠火の避けられない死と、きりがない長年の任務。
これらは、いずれ槇寿郎を追い込んだ。
だからこそ悩む。
どうすればいいのか、どうするのが最善なのか。
当初は、諭して変わるとは思えなかった。
槇寿郎本人より杏寿郎さえ生きればと、それだけだった。
だがそれはできない。
斗和はいくら考えても、いい案は浮かばなかった。
とにかく今の槇寿郎と話し、僅かでも変えていく。
変わらなくとも、最大限の努力をしようと思った。
会話しても、否定しかしないであろう槇寿郎に会うのは気が重い。
それでも斗和はやるしかなかった。
筆を動かしながら、思う。
どうか無意味と言わないで欲しい。
杏寿郎を助けたくてここにいる女の存在を否定しないで欲しい。
記憶がある意味を、生きる意味を否定しないで欲しい。
ドクン…!
その時、聞こえないはずの心臓の音が大きく聞こえた。