二回目の柱合会議から帰宅した師範に、風柱から稽古をつけてもらえと言われた。
風柱と言えば白銀の髪に大きな血走った目、その顔と体にたくさんの傷がある男だ。
鬼を殲滅することに異常な闘志を燃やす、隊内一恐れられている男でもある。
俺は噂でしか聞いたことがなく、実際会ったことは一度も無い。
そんな風柱と師範が、手合わせをするような仲だとは初耳だ。
だが仲は悪いときっぱり言うので、よく分からなかった。
仲が悪いなら手合わせなどしないと思う。
明日にでも行けと言われたが、気が重かった。
それでも尊敬する師範の指示だ。
考えがあってのことだろうと思った。
翌日昼過ぎ、夏世の作ったおはぎを持ち鴉の案内で風柱邸に赴く。
道中考えたのは稽古の内容だ。
師範が言うには、反吐をどれだけまき散らそうが終わらず、失神したら一区切りという壮絶な稽古。
生きて戻れるか不安になる。
このおはぎは土産兼稽古をつけて貰う礼なのだろうが、なぜおはぎなのか。
団子でも大福でも羊羹でもなく、おはぎなのはなぜだ?
まさか風柱の好物なのか?
夏世は甘味の方が得意なので、恥ずかしくない味だし食べてはくれるだろうけども。
それにしても師範は、泣いたり笑ったり忙しい人だ。
泣いた理由は分からないが、上機嫌なのは煉獄杏寿郎が炎柱に就任したからだろう。
想い人のようだし、一緒の柱になったのが嬉しいのだと思う。
世話になっている師範には幸せになって欲しい。
自分のように愛する人と。
それがあの頼もしい炎柱であれば、顔の傷など気にせず笑ってくれるだろう。
師範は自分を醜いと思っている。
隠すことはしない傷だが、一度たりとも年頃の娘のように着飾ろうとしない。
化粧もせず毎日野良着だ。
背も女にしてはあり、男並に力もある。
十二歳から修行をし、十三歳で鬼殺隊に入り柱にまでなった女性。
隊に入ったきっかけは知らないが、何か大きな目的があるような感じがした。
ただなんとなくだけど。
それでも女として幸せになって欲しい。
「カァッ!風屋敷ィ!」
鴉の声に、弾かれたように顔を上げた。
いつの間にか風柱邸に着いていた。
門を潜り玄関の前で声を張り上げると、庭の方から屋敷の主が登場した。
白髪、顔と体に走る何本かの傷、鋭く自分を見る目。
間違いない、風柱だ。
百八十八ある俺だが、この男も百八十近くあるだろう。
「誰だァ?」
「初めまして。土柱・蓬萊斗和の継子、館坂佳成です。稽古をつけて下さるとのことで来ました。忙しいところすみませんが、よろしくお願いします。これはうちの師範からです、どうぞ」
おはぎの包みを風柱に渡す。
風柱は訝しげに受け取ると、庭で待っていろと告げ玄関へ消えた。
自らの日輪刀、木刀と持参はしたがどちらを使うのか。
基本的に稽古は木刀が殆どだろうが…。
土の呼吸の技は、おそらく木刀など一般的な刀の形状で撃つのは不向きだ。
師範も俺も威力が大分落ちてしまうので、鍛錬では師範は鍬を、俺は自らの刀を使っている。
打ち合いになればさすがに木刀なので、今日もそうだろうと予想する。
すぐに戻ってきた風柱は、木刀を持っていた。
やはりとそれに倣う。
突進してきた風柱の打撃は相当に速く、強烈でやり返すことができなかった。
風の呼吸の使い手は何人も見てきたが、その比ではない。
技を出していなくてもこれ程の風圧では、打撃が何倍にも増す。
更に速いので反撃する暇がない。
一瞬でも気を抜くと、死ぬのではと思う。
無限打ち込み稽古とも呼べるそれは、文字通り無限に続いた。
口の中が切れ、何度目かになる血反吐が出て後方に下がった。
「てめェの力はこんなもんかァ?」
挑発するように言われ、せめて一撃をと思い構える。
─土の呼吸 漆ノ型
霜柱のように、縦に斬り刻むのと突き刺す力が混ざった技だ。
一般的な刀でも威力が落ちないので、木刀でもそれなりなのだ。
風柱の持つ木刀に、縦に大きくひびが入ったと思ったら、なんとそれを手放し眼前に拳が迫る。
(今度は素手か!)
こちらも応戦するが、これまた拳も足蹴りも速い。
だが体術ならば俺は師範にも勝る。
風柱の拳も足蹴りもすべて止め、一瞬できた隙から猛反撃した。
脇腹に大きく蹴りが入ったところで、風柱は終わりだと告げる。
井戸を使えと言われ、顔を洗い傷を洗う。
茶を用意したから縁側に来いと言われ向かうと、盆に湯気のたつ茶と水とおしぼりがあった。
礼をし腰掛けると、茶のいい香りが鼻孔をくすぐる。
いい茶葉を使っていそうだ。
粗暴にしか見えない風貌なのに、細やかな気遣いができる男である。
感心する。
自分の太刀筋や動きはどうだったか聞くと、太刀筋は悪くないが、動きに隙が多すぎるからもっと速くなれと。
体術はなかなかだと言われ、岩柱直伝で実は師範にも教えていることを言えば驚いていた。
「この前、あいつから方言使われてよォ。聞いたことねェから驚いたが、蓬萊はどこの生まれだァ?」
「東北です。夏世…あ、畑管理の娘も東北出身でよく方言で話してますよ。慣れないと聞き取れないですよね?」
師範は夏世にしか方言で話さない。
興奮したりすると出てしまうとは言っていたが、風柱に方言で話すとは珍しい。
何かあったのだろうか?
「いや…なんとなくは分かる。お前に恋人がいるってことと…そんくらいだァ」
何か言い淀んだが、それよりも最初の言葉に慌てた。
「何で師範は不死川さんにそんなことを!?」
「継子と暮らしてるっつうから…」
まさかあの日泣いて帰ってきたのは、この人からそれについて何か言われたからか?
「…俺は最初、通うって頑なに断ったんです。でも師範は、一刻でも無駄にしていたら強くなれないって言いました。起きたらすぐ刀を握れって。それでも本当はよくないんだろうけど、早く土の呼吸を会得したかった。師範のように強くなりたかった。…だから同じ家にいるんです。師範は俺のことを考えてくれた、ただそれだけです。あの人は自分そっちのけで他人を考える人ですから」
「………」
不死川さんは何も言わない。
「師範には本当に感謝しているんです。岩の呼吸を半端にしか使えなかった俺に、根気強く土の呼吸を伝授してくれた」
俺は最初に壱ノ型を出した時を思い出す。
あれは本当に驚いた。
「俺があまりに不甲斐ないから、師範は俺の大切な人を斬ろうとしました。そんな腑抜けなら、大切な人も到底守れないって。それをきっかけにここまでになれた。…これからもたまには稽古つけて下さい。師範と不死川さんの手合わせも見取り稽古したいし、よろしくお願いします!」
目を見てしっかり頭を下げれば、不死川さんは笑う。
「師弟揃って似たようなことしやがるなァ。俺でよけりゃァいつでも相手してやる、また来い。土産、ありがたく頂戴する。…礼、あいつにも伝えとけェ」
少しだけ表情の和らいだ不死川さんに、堅くなっていた緊張も解ける。
帰り仕度をしながら最後に聞いた。
「そういえば、おはぎ好きなんですか?」
「だったら何だァ」
和らいだはずの表情が元に戻る。
悪いなんて言ってないのに。
「いや…師範が自分の嫌いな物をわざわざ不死川さんにあげるってことは、好物なのかなと思ったんです」
そのあと俺は一目散に風柱邸を後にした。
帰り際の不死川さんの顔はまるで鬼、いや鬼以上になっていた。
殺されるんじゃないかと思った。
俺、なんかまずいこと言ったかな?