煉獄家へ来るのは何度目になるのか。
斗和は、幾度か来たことのある門をまじまじと見つめる。
今まで中に入ることは叶わなかったが、ついに足を踏み入れる瞬間が来たのだ。
震える手でそっと指の第一関節くらい扉を開け、様子を伺う。
(…見えないな)
「ごめんくださーい!煉獄さん、いらっしゃいますか?」
返事がないな、と思った時だ。
「はい、ただいま参ります!」
(ん?この声は…)
視線を下に向けると、隙間に見えた猛禽類の目と合った。
「!!」
思わず肩で押してしまった扉が開き、斗和は盛大に倒れながら中に入った。
荷物を持っていたので受け身も取れず、右肩と二の腕を地面にぶつけた。
「痛っ!」
「だ、大丈夫ですか!?兄上!兄上ー!」
斗和はすぐに立ち上がり、痛む腕を無視して目の前の人物を見る。
それはまさしく杏寿郎が小さくなったような、生き写しの少年だった。
凛々しい眉は下がり気味だが、とても似ている。
すると声を聞きつけた杏寿郎が来た。
「蓬萊殿!待っていたぞ!」
「兄上。この方は今転んで、腕を怪我されたのかもしれません」
「そうなのか?どれ見せて……む?この頰の傷もか?」
杏寿郎がずいっと顔を覗き込んでくる。
(わあっ近い!)
「大丈夫です!腕も顔も平気です。ちょっと任務で擦り剥いただけです」
杏寿郎はそうか、と僅かに眉を寄せる。
斗和は失敗したと思った。
ただでさえ傷のある顔に、更に傷を増やした。
最近浮き足立っているのではと、反省する。
「あの、こちら私が作った焼きお握りと糠漬けです。あと芋羊羹も作ったので、よかったら食べて下さい」
「ありがとう。芋羊羹!楽しみだ!」
重箱の包みを杏寿郎に渡すと、斗和は千寿郎に向き直る。
「初めまして、蓬萊斗和と申します。兄上様にはお世話になります。どうぞよろしくお願いします」
「初めまして、煉獄千寿郎です。こちらこそよろしくお願いします」
「蓬萊殿、千寿郎にも見取り稽古をさせてくれ!千寿郎、彼女は土の呼吸の使い手なんだ!」
挨拶を済ませ庭へ移動する。
杏寿郎から重箱を受け取った千寿郎は、玄関へ入って行く。
斗和の知っているあの時よりまだ小さい。
十歳かそこらだと思われる。
(私の顔の傷、驚いただろうな…重箱重くないかな?お握りはたくさん詰めたし、芋羊羹も重箱いっぱいに作ったんだよね)
斗和は、杏寿郎が列車で弁当を山程食べていたことを思い出す。
うまい、と連呼して食べてくれるだろうか。
そうしてくれたら嬉しいと思った。
千寿郎も縁側に来たので、手合わせ開始だ。
斗和は緊張するも、落ち着いて落ち着いてと内心で言い聞かせる。
仮にも柱なのだ。
杏寿郎に情けない姿は見せられない。
持参した木刀を持つ手に力を込める。
「あーっ!」
僅か数分後。
力みすぎた反動で木刀がすっぽ抜け、庭の木の枝を二本折った。
「…………」
「うむ、見事に折れたな!」
千寿郎は言葉が出ず、杏寿郎は盛大に折れた枝を見て頷く。
斗和は、穴があったら埋めて欲しいと心底思ったのだった。
その後は大分冷静になり、なんとか形になった手合わせを終わらせた。
人様の家の庭木を破壊するというあるまじき行為。
果たしてそれは許されるのか。
斗和は煉獄家の縁側で項垂れていた。
平謝りしてもし足りないくらいだった。
もう杏寿郎も千寿郎も、呆れて二度と手合わしてくれないのではないか。
折れた枝に目を向け、斗和はこれでもかと言う程に落ち込んでいた。
その枝の傍らでは、杏寿郎の鎹鴉・要と斗和の鎹鴉・令和が何やら会話をしているように見えた。
主の失敗を詫びている可能性がある。
「蓬萊殿、気に病まなくていい!故意にやったわけではないのだから!」
「そうですよ!さあお茶をどうぞ」
「いや…でも…本当にすみません…」
必死で励ます二人に気を遣わせ、斗和は更に申し訳ないと思った。
だがやってしまったものは致し方ない。
次から気を付けようと誓う。
「お茶、いただきますね」
斗和は気を取り直し、千寿郎が淹れた茶を啜る。
「うまい!わっしょい!」
「!?」
突然の大声に、斗和は飲んでいた茶を吹き出すところだった。
本当にあの「うまい!」と「わっしょい!」が聞けるとは思わず、驚く。
杏寿郎の手元を見れば、持参した芋羊羹がある。
(そうか、さつまいもを使っているから。びっくりした)
蓬萊さんもどうぞ、と千寿郎から皿を渡され口に入れる。
味見はしてきたので分かるが、美味しくできている。
因みに味の調整は夏世がした。
斗和がするとおかしくなるなるからだ。
「美味しくできてよかったです。私、甘味では芋羊羹が一番好きなんですよ」
斗和は言っていて顔に熱が集まる。
念願だった畑で作ったさつまいもを、杏寿郎に目の前で食べて貰えたのだ。
斗和は嬉しくて仕方がない。
芋羊羹を食べている杏寿郎も素敵だと、目を輝かせる。
先程木刀を振るう姿には、何度も見惚れ気もそぞろだった。
ぽーっと見つめていると、斗和はふいに視線を感じる。
「あの、蓬萊さんの日輪刀はその袋に入っているのですか?良ければ見せて貰ってもいいですか?」
千寿郎が、斗和の傍らにある麻袋を見ながら言う。
「はい、どうぞ」
麻袋から取り出し渡すと、千寿郎は両手で持ち驚いた顔をした。
「これ、普通の刀より重いんですね。形も不思議です」
借りてもいいかと杏寿郎が千寿郎から刀を受け取り、片手で持ち上げ振る。
杏寿郎の赤い刀に比べ、斗和の刀身は茶色でかなり地味である。
しかし、杏寿郎が持てば様になっているので不思議だ。
「ふむ、なかなかに重みがあるな。よくこれを女の細腕で振っている。不思議な形状だが何かに似ているな!」
「それは鍬ですね。土の呼吸は岩の呼吸の派生なのですが、その時畑を耕していたんです。鍬を使い耕していたつもりが斬撃のように土を抉っていて、そこが始まりです。なので実は鍛錬では木刀ではなく、鍬を使用しています」
杏寿郎は熱心に聞いているようだが、斗和は顔から火が出そうだった。
(女の細腕だなんて…私、筋肉がしっかり付いているのに)
斗和は大きな
甘露寺蜜璃のように特殊体質でもない、単なる男並に力のある女なのだ。
さて、手合わせは終わった。
斗和にとっては今からが本番である。
湯呑を置いた斗和は、姿勢を正しゆっくりと口を開いた。
杏寿郎の表情は、まさに悩んでいるといった風だった。
どうしても昔助けて貰った礼をしたいから、槇寿郎に会いたいと告げた。
以前もそう告げてはいた。
だが杏寿郎は、斗和の意思がそこまで強いものだとは思わなかった。
だからこそ悩んでいるのだ。
会わせていいものかどうか。
斗和とて覚悟を決めて来た。
酒壺が飛んで来るかもしれないし、殴られるかもしれない。
礼だけならそんなことにはならないが、いかんせん話しが九割説教の予定なのだ。
そこで斗和は考える。
いきなり来て、言いたいことを全て言うのは無理かもしれない。
出入り禁止になっては困るので、最初はお手柔らかにしようと思った。
杏寿郎は頷く気配がない。
斗和は、では襖を少し開けて廊下で挨拶してはどうかと提案した。
ならばと言うことで早速案内される。
杏寿郎が、人一人が辛うじて入れるくらい襖を開ける。
「父上!父上に礼をしたいという者がいらしております」
斗和が正座から頭を上げると、背を向けて裏庭を眺めている煉獄槇寿郎の姿があった。
五年前、炎柱の羽織を纏っていた背とは大分かけ離れている。
「ご挨拶させていただきます。鬼殺隊 土柱・蓬萊斗和と申します。私は五年前に、炎柱であったあなた様に命を助けられ生き長らえた者にございます。以来お姿を拝見せず、感謝を告げる機会がなく参りました。それがこの度やっと叶いました。その節は誠にありがとうございました」
「………」
斗和は内心でフッと笑う。
何も反応がないのは想定内だ。
「覚えていらっしゃらないかもしれませんが、繁華街で下弦ノ陸と対峙した時にございます。あなた様の羽織を掴み、稽古をつけて欲しいとお願いしました。それは叶いませんでしたが、先ほど御子息に手合わせをしていただきました。私は未熟者ですので、これからもこちらに通わせていただきたいのです。よろしいでしょうか?」
「…勝手にしろ」
何年ぶりになるのか、斗和は槇寿郎の声を聞いた。
(やっと喋ったなクソ親父)
斗和は苛立ちながらも、平常心を保つ。
「ありがとうございます。では今後もよろしくお願いします。それとお詫びがございまして、先ほど手合わせで庭木の枝を二本折ってしまいました。申し訳ございません」
そして恭しく頭を下げ立ち上がる。
変じゃなかかっただろうかと思いつつ、その場を後にした。
畏まった言葉遣いは難しく感じた。
全て方言で話せたら楽だろうなと、斗和は思った。
◇
「気を悪くしただろう…父があのような態度ですまなかった」
縁側に戻り草履を履いていると、杏寿郎が神妙な顔つきで謝ってきた。
十代の息子に気を遣わせたことに、斗和は胸が痛んだ。
「いいえ、直接お礼できてよかったです。今日は重ね重ねすみませんでした。ありがとうございます。是非また手合わせして下さいね」
「うむ。次は土の呼吸もこの目で見たいものだ。芋羊羹は美味かった。握り飯と糠漬けも後程いただこう。ありがとう!」
「重箱は次回お返ししますね。美味しかったです、ありがとうございます」
千寿郎からも頭を下げられる。
同じ顔の二人に礼を言われ、斗和は笑顔になる。
胸が温かくなるのを感じながら、煉獄家を後にした。