奇遇─斗和─
煉獄家で手合わせをしてから、既に一週間経った。
私は東京に帰る列車に乗っていた。
遠方で五日間の単独任務に就いた帰りだ。
関東近郊の遊郭で、遊女や遊女になる前の
行って調査して欲しいとのことだった。
遊郭と思い、野良着隊服でなく一般隊服で向かった。
だが問題は隊服でなく、自分の顔だった。
斬り裂かれた顔に向けられる憐れみと同情に、居心地の悪さを感じた。
まあ!と口元を覆う女将達に、少なからず落ち込む。
何年も経ち、人の視線など気にならなくなったはずだった。
だが結い上げられた髪と化粧、美しい着物の娘達の前では、私はあまりにも醜く感じられた。
傷一つない玉のような肌、美しい顔。
彼女たちは自分と同じ女なのかと、不思議に思えて仕方ない。
四日間滞在して見廻りしたものの、結局失踪した遊女達の行方も分からずじまいだった。
鬼も現れず、仕方なく帰路に着いたのだった。
実は文を貰った時、鬼の仕業なら上弦ノ弐・童磨が現れるのではと思ってしまった。
あの鬼は女ばかり襲っていそうだしと、かなり警戒していたが実際は現れなかった。
安堵の気持ちが大きいが、やるせなさもある。
少しだけため息が出たところで背筋を伸ばすと、ズキッと背中に痛みが走る。
情報を聞き出す為に、路銀が無いから下働きをさせて欲しいと何日か働いた。
その時酔っぱらった客が階段から落ちそうになり、庇って下敷きになったのだ。
鬼は出ないし背中は痛めるしで、何をしに行ったのかと呆れてしまう。
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駅に降り立ち家に向かう。
朝も過ぎ昼には早い微妙な時間、朝餉を食べていないので鼻腔をいい香りが掠める。
蕎麦だ!
湯気のたつ屋台【蕎麦】と書いたのぼり旗に、思わず足が向きするりと暖簾を潜る。
「一つ下さい!」
注文してすぐ左端に人影を感じた。
目を向けると、思いもよらぬ人物がいた。
「!?」
「!」
あちらも箸を止め、こちらを見ている。
「お疲れ様です…」
それだけ言って店主の手元に視線を移した。
あちらは何も言わず、再び蕎麦をすする。
程なくして出てきた蕎麦を、音を立てず静かに口に運んだ。
…美味しいはずなのに味がしない。
なぜいるの、不死川さん…
ああもう気まずい!
自信はないし節操はないと言われてから、会いたくなかった。
不死川さんと顔を合わせると、いつも穏やかじゃない。
怒鳴られたり呆れられたり、私が情けないからだろうけど…とにかく嫌だ。
あっちだって、もう私なんかの顔は見たくないだろう。
食べ終わったら、この前佳成が稽古でお世話になったお礼をしてさっさと帰ろう。
そう思っていれば、左から"ごちそうさん"という声がし、代金を置いて不死川さんは席を立った。
あ、帰っちゃった…
なんとなく隣を見られず、残りの蕎麦をもそもそ食べ、"ごちそうさまでした"と店主に代金を渡し蕎麦屋を後にした。
列車で寝てきたので、帰ったらまずは鍛錬して佳成と稽古をしよう。
煉獄さんにもまた文を出そうかな。
でもあんまり頻繁だと迷惑かな…だけどあのおっさんを…
「おい待てェ」
えっ?
ふいに左腕を掴まれ足が止まる。
そこにいたのは不死川さんだった。
「顔貸せェ」
腕を掴んだまま、ずんずん先を行く彼に訳も分からずついて行く。
不死川さんの右腕の包帯に、血が滲んでいるのが見えた。
人気がまばらになった道端で、やっと腕を解放される。
何かを言いにくそうに視線を動かしているが、どうしたんだろう。
てっきり帰ったとばかり思っていたのに。
「…この前は…怒鳴って悪かったなァ」
えっ?
この人今何と?
悪かった?
え、私に謝った?
やだ信じられない!
驚愕していると、言い難そうに口を開く。
「てめェの継子が気にしてたからよォ…」
ばつが悪そうにそっぽを向く不死川さんは初めてだ。
「あ、いやえっと…私も馬鹿って言ってすいません」
「方言丸出しで馬鹿たれっつってたもんなァ」
売り言葉に買い言葉だったけれど、よく不死川さんに馬鹿たれなんて言えたものだ。
「興奮すると出るんですよ。不死川さんは殆ど理解できないでしょう?…おめはんだまんつ怪我こしぇでばりでわがね。すんぺになるべじゃ」
目を見開いてる不死川さんの姿に、ほくそ笑む。
ほうら分からない。
これから不死川さんの前では方言にしようかな。
そしたらいつもこんな顔になるんだ。
少しだけ優位に立てる。
「いいですか。おめはんだまんつ怪我こしぇでばりでわがねは、あなたはいつも怪我を作ってばかりでいけませんねという意味です。すんぺになるべじゃは…心配、になるじゃない、という…」
今気付いたけれど、私、心配になるなんて言っちゃったの!?
「あっ怪我!不死川さん右腕怪我してますよね!?血が滲んでいますよ!ちゃんと手当てしないと!」
大いに焦り捲し立てた後、不死川さんが歩き出したのでついて行く。
何も喋らないのでどうしていいか分からず、ただ歩いた。
そして三度目の風柱邸に到着したのだった。