運ばれた茶を一口飲み、隣の不死川さんを見た。
何を考えてるのか分からない横顔だ。
「この前は佳成のこと、ありがとうございました。あの子はどうでしたか?」
「あァ…あいつは太刀筋と威力は悪くねェが、動きに隙が多すぎる。型は全部使えんのかァ?」
「はい。玖ノ型までは全部。やっぱり不死川さんに稽古をつけて貰えてよかったです。めちゃくちゃ厳しいけれど、すごく強いから説得力ありますしね」
すると驚いた表情を向けてくる。
不死川さんは驚くと幼い顔になる。
丸顔だからかな?
顔が小さいからかな?
「…そーかよォ。そういやおめェ、自分の嫌いな物を俺に寄こしたらしいじゃねェかァ。あのおはぎは嫌がらせかァ?」
ああっ、ついにきたこの話題。
あのおはぎは渡し方を失敗した。
佳成にちゃんと言っておけばよかった。
なんとか言い訳をしなければならない。
「違いますよ!不死川さんおはぎ好きなんじゃないかと…夢!そう夢でみたんです。不死川さんがおはぎを美味しそうに食べるところを!」
「てめェ!おかしな夢みてんじゃねェ!」
不死川さんは、目をカッ開いて睨んでくる。
怖い!
怒らないで睨まないで。
いいじゃない好きなんだから。
「き、嫌いでした?」
「…いや、食うけどよォ。あれはおめェが作ったのかァ?」
「いえ。私は握り飯と鰤大根くらいしかまともに作れなくてですね…佳成の恋人に頼みました」
残念なことに、私は何年経とうと料理は上達しない。
野良着姿のせいかよく料理上手に見られるので、正直困っていた。
「…なら見廻りに持ってくから握り飯作れェ」
突然そう言われ、驚く。
何でそうなるの!?
結局のところ、不死川さんは自分で握り飯を作るのが面倒くさいという理由だった。
まあ気持ちは分かる。
任務前も任務明けも台所に立ちたくない。
誰かが作ったものを、上げ膳据え膳で食べたいのは私もだ。
今回で手合わせは三度目。
佳成も稽古で一度世話になっているので、作ってあげることにした。
というより、不死川さんに言われたことに拒否できないのが本当のところだ。
玄関から入り案内された台所は、我が家とあまり変わらなかった。
餅米と小豆を常備していそうだなと一通り見廻す。
朝に隠が炊いてくれたという飯を見る。
結構あるな…握り飯五個は作れる。
まずは七輪に炭を入れ火を起こすと、釜の飯を握っていく。
中には種を取った梅干しを半分入れる。
握り飯は全部で六つできた。
それを七輪に網を乗せ、その上に並べ焼く。
焦げないよう、絶妙な焼き加減が必要だ。
焼いたあとは醤油、みりん、すりごま少々を軽く火にかけ、焼いた握り飯をまんべんなく転がす。
できたら冷まし、竹皮に三個ずつ包む。
焼きお握りの作り方は、人それぞれだと思う。
私の場合、昔住んでいた長屋の奥さんに聞いた作り方だ。
最初に食べた時は、すごく美味しくて感動した。
作り方を聞いて以来、任務には基本的にこの焼きお握りを持参している。
不死川さんは、作る行程を廊下の段差に腰掛け見ている。
何か変な物を入れられるかと思ってるのだろうか。
かなり視線を感じ、やり難い。
この人に見られていると、緊張して手元が狂いそうだ。
会話も無いと微妙だなと思っていた時、以前藤の家まで運んでくれた礼をしていないことを思い出す。
ずっと引っ掛かってはいたが、なかなかその話しができなかった。
今更言ったところで、礼儀知らずだと思われるだろう。
既に思っているかもしれないが、どんなに時間は経ってもちゃんとお礼をするべきだ。
「…あ、あの、不死川さん。その…今更ですが、いつぞやは藤の家まで運んでくれてありがとうございました」
頭を下げると、不死川さんは呆けたように私を見ている。
まさか忘れたわけではないと思うが、大分前のことなので今更言われて驚いたのだろう。
「…当然のことをしたまでだァ。お前は意識なかったし、礼言われるまでもねェ」
なんとなく照れているように見えたが、気の所為だな。
「だけど重かったでしょう?お礼が遅くなりましたが、感謝しています」
なんとなく気恥ずかしくて声が小さくなったが、これでやっとあの時のお礼を言えた。
幾分かすっきりした。
不死川さんを窺うと、何とも言えない表情で視線を彷徨わせている。
恐いとばかり思っていた不死川さんだが、別の一面を垣間見た気がした。
こそばゆい微妙な雰囲気が漂う中、私は竹皮をいじる。
「…野菜美味かった」
ポツリと言われる。
「え?あ、はあ、それはよかったです」
すっかり忘れていたけれど、野菜をあげたんだった。
脳裏に麻袋に大根ばかり詰める冨岡さんの姿が蘇り、口角が上がる。
「不死川さんも自分で詰めればよかったのに。冨岡さんなんて大根ばかり詰めていたんですよ。後で聞いたら鮭大根を作ったみたいで、余程好きなんですね」
「奴の話は聞きたくねェ。それより一つ寄こせェ、食う」
もう食べるの?
仕方のない人だな。
今包んだばかりの竹皮の紐を外し、不死川さんの前に差し出した。
すると彼は左手でひょいと掴み、そのまま口に入れ咀嚼した。
お握りだけでは喉に詰まるだろうと茶を渡そうとしたら、口元にご飯粒が付いているではないか。
そのまま気付かないで任務に行けば面白いのに。そう思ったのに…
「じっとしていて下さいよ」
食べかけのお握りを持って呆ける不死川さんに近寄り、中腰で口の横に付いた飯粒を取る。
「ほらここ、付いてまし…」
やけに長い四本の睫毛が縁取る、大きな瞳と目が合う。
通った鼻筋、薄い唇、男にしては少し丸い輪郭。
額や頰に走る大きな傷。
それらがあっても、彼は大層整った顔をしているんだなと初めて気付く。
『おやおや、この顔の醜いこと…』
『醜女(しこめ)の鬼狩りめ!』
『まあ…あなたその傷、どうされたの?』
『隠した方がいいわ』
『見てあれ、野良着よ。汚らしいわ。田舎から出てきたのよ』
「っ…!」
とたん、脳裏に様々な誹謗中傷が蘇る。
鬼に醜い顔と言われたこと、醜女(しこめ)と言われたこと。
遊郭で傷への驚愕の視線。
傷一つない若い娘から笑われた野良着姿。
醜い顔を近付けてしまった…
じわりと涙が滲んだ。
「……、ごめんなさい!」
慌てて不死川さんから離れ、背中を向ける。
「何詫びてんだァ。…おい」
右腕を掴まれ振り向かされるが、不死川さんの顔を見られない。
「お、お握り忘れずに持って行って下さいね!じゃあ私はこれで、ではまた!」
掴まれた腕を振り解き、足早に勝手口から出て行った。
縁側に置いたままの刀を引っ掴み、門を潜る。
目尻に溜まる涙を拭い走った。
何でこんなことで涙が出るんだろう。
私は綺麗でも可愛くもない。
斬り裂かれた傷も相まって、人前に出せる顔でないことは分かっている。
人の目など、とうに気にしなくなったはずなのに。
不死川さんにこんな顔を近付けてしまった。
こんな、こんな醜い顔を…
あの人からどう思われるかを気にするなんて、おかしい。
私は……おかしい。