運んだ茶を一口飲んだ後、蓬萊はこちらを窺う。
「この前は佳成のこと、ありがとうございました。あの子はどうでしたか?」
「あァ…あいつは太刀筋と威力は悪くねェが、動きに隙が多すぎる。型は全部使えんのかァ?」
蓬萊の継子・館坂は、その恵まれた体躯と鍛錬の賜物なのだろう。
太刀筋も良く威力も申し分ない。
だが全体的な動きが遅く、そこかしこに隙ができている。
当然それは師であるこいつは百も承知のはずだ。
「はい。玖ノ型までは全部。やっぱり不死川さんに稽古をつけて貰えてよかったです。めちゃくちゃ厳しいけれど、すごく強いから説得力ありますしね」
微笑んだ蓬萊の顔に、思わず息を呑む。
きっとこいつは気付いていない。
無意識なのか?
「…そーかよォ。そういやおめェ、自分の嫌いな物を俺に寄こしたらしいじゃねェかァ。あのおはぎは嫌がらせかァ?」
忘れもしない。
館坂から土産だか礼だか渡されたあのおはぎを…!
自分の嫌いな物を寄こすなど、どういう了見だ。
「違いますよ!不死川さんおはぎ好きなんじゃないかと…夢!そう夢でみたんです。不死川さんがおはぎを美味しそうに食べるところを!」
「てめェ!おかしな夢みてんじゃねェ!」
よりによってこいつの夢で、俺がおはぎを美味そうに食ってるだと!?
なんて夢みやがる!
「き、嫌いでした?」
控えめに聞いてくるあたりが何とも言えなくなる。
実は好物だと、口が裂けても言えない。
こいつの嫌いな物が好物など…絶対に言えるか。
「…いや、食うけどよォ。あれはおめェが作ったのかァ?」
「いえ。私は握り飯と鰤大根くらいしかまともに作れなくてですね……佳成の恋人に頼みました」
僅かばかり期待したが、やはり嫌いな物を作るわけがなかった。
「…なら見廻りに持ってくから握り飯作れェ」
言ってから後悔する。
蓬萊に炊事をさせようなど、微塵も思っていない。
仮にも同じ柱だ。
手合わせをして充分のはず。
なぜ握り飯を作れなどと言ってしまったのか。
これが仮に胡蝶しのぶならば、笑顔で一蹴される。
蓬萊はきっと断らないと、まるで決め付けている。
まずいと思い出た言葉は、更にまずかった。
「…飯作んのは面倒くさくならねェかァ?」
だから何だ、なぜ私が?
そう返されれば終わりだった。
拒否されると思ったが、蓬萊は大きく頷く。
「それは分かります。任務前と任務明けは特にご飯作りはしたくないですよね。私も上げ膳据え膳で食べたいって思いますよ。分かりました、作ります」
こちらが拍子抜けする程しみじみ言われ、悪いことをしているように感じられた。
◇
釜の飯を覗き込む蓬萊の姿を、廊下の段差に腰掛け眺める。
蓬萊はまず、七輪に炭を入れ火を起こした。
その後は、釜の飯を慣れた手つきで握っていく。
中にはおそらく梅干しを半分だろうか、ちぎって入れている。
できた握り飯は全部で六つあり、それを七輪に網を乗せその上に並べ焼いていく。
くるくると器用に返し皿に取る。
焼いた後は醤油やら何やよく分からないが、火にかけ即おろし握り飯を転がす。
ある程度冷ましたあと、竹皮に三個ずつ包んだ。
焼いた握り飯ってのはこうやって作るのか。
握り飯と鰤大根しかまともに作れないらしいが、手際がいいのでこれは本当にかなりの頻度で作っているのだろう。
俺は生まれてこの方、焼いた握り飯は食べたことがない。
ひたすらに握り飯を作るのを見ていると、蓬萊は手を止め顔をこちらに向けた。
「…あ、あの、不死川さん。その…今更ですが、いつぞやは藤の家まで運んでくれてありがとうございました」
蓬萊はそう言い頭を下げる。
藤の家に運んだというのは、まさかあの初めて会った時のことか。
懐かしく感じた。
蓬萊と出会ってから一年近くになるのか。
今更礼を言われるなど思わなかった。
随分と義理堅い奴だ。
「…当然のことをしたまでだァ。お前は意識なかったし、礼を言われるまでもねェ」
「だけど重かったでしょう?お礼が遅くなりましたが、感謝しています」
口端を持ち上げて俺を見つめる蓬萊の目は、揺らいでいた。
面と向かって感謝されると、柄にもなく照れてしまう。
蓬萊を直視できず、視線を彷徨わせる。
そこで俺も、野菜の礼をしていなかったことを思い出した。
「…野菜美味かった」
「え?あ、はあ、それはよかったです」
蓬萊は、なぜ今?と思ったのか反応がどもる。
「不死川さんも自分で詰めればよかったのに。冨岡さんなんて大根ばかり詰めていたんですよ。後で聞いたら鮭大根を作ったみたいで、余程好きなんですね」
いけ好かない冨岡の好物の話しなど、心底どうでもいい。
しかも少しばかり楽しそうな口調なのに苛立つ。
「奴の話は聞きたくねェ。それより一つ寄こせェ、食う」
先程から漂う香ばしさに負けた。
包んだばかりの竹皮の紐を外し"はいどうぞ"と差し出され、左手で掴み口に入れ咀嚼する。
…うまい。
かなり美味い。
醤油の香ばしさは元より、握り飯すべてに染み込んでおらず、中の梅干しがまたいい。
白飯部分と染み込んだ部分と梅干しが調和し、何とも言えぬ食欲を増進させる味になっていた。
美味すぎて夢中で食べてしまう。
「じっとしていて下さいよ」
その声に、咀嚼していた握り飯を飲み込む。
気付けば目の前に蓬萊の顔があった。
そっと手が近付き、口の横に付いていたらしい飯粒を取った。
「ほらここ、付いてまし…」
至近距離で目が合う。
見開かれたくっきりとした瞳。
それを縁取る睫毛、左頰を真横にはしる大きな傷跡。
筋の通った鼻、柔らかそうな幾分か小さな形のいい唇。
しばし互いに動きが止まっていたが、蓬萊の瞳が揺れじわりと涙が滲んだ。
「……、ごめんなさい!」
蓬萊は慌てて離れると、俺に背中を向けた。
どうした…?
「何詫びてんだァ。…おい」
右腕を掴みこちらを向かせる。
「お、お握り忘れずに持っていって下さいね!じゃあ私はこれで、ではまた!」
そう言い掴んだ腕を振り解き、蓬萊は足早に勝手口から出て行ってしまう。
まだ握り飯の礼もしていない。
美味いと伝えていないのに、なぜ逃げるようにいなくなる?
なぜ泣く?
『蓬萊の作った握り飯が食いたい』
そう素直に言えない自分を棚に上げ、答えのない問を投げかけた。