その後斗和は師に別れを告げ、一年間暮らした東根山を後にし東京へ向かった。
師からは体に気を付けるようにと言われた。
いつかまた東根山に来ることができるだろうか。
すべてが終わった時自分はどうなっているのか。
斗和の脳裏をふとそんなことが掠めた。
◇
東京に着いて始めにしたことは、住居探しだった。
隊士専用の借り上げた長屋もあるのだが、斗和は敢えてそこを借りず自らで探した長屋に居を構えた。
斗和は畑仕事が趣味である。
そのため、近所に畑がある長屋を選んだのだ。
東根山では自給自足生活をしていたせいもあり、作れる物は極力作ろうと思っている。
まずは畑を借り、さつまいもを育てようと目論む。
長屋の中は至って簡素だった。
入ってすぐに小さな炊事場がある、畳敷きの部屋だ。
掃除はしてあるとのことだが、一応一通り拭いておいた。
斗和は、少ない荷物をあらかじめ置いてあった箪笥などに入れていく。
そして布団を一式揃えるべく、外に出ようとした時だった。
隠の縫製係が、隊服を作成する為に訪ねてきたのだ。
実は斗和は、日輪刀、任務に続きまたもや我儘を通そうとしている。
鬼殺隊の隊服は、一般的なものは学生服のような黒い服だ。
そして腰に
だが斗和は、これを着て任務に行くつもりはなかった。
では何を着るのか?
斗和は今の格好を相当に好んでいる。
それは、出奔する前からの野良着姿である。
そして頭に手拭いをした、ほっかむりのいで立ちのことだ。
斗和はどんな時もこの格好だった。
野良仕事は元より鍛錬にも適している為、この先の任務でもこの姿でいたいと考えていた。
よしと意を決して、訪ねてきた縫製係と向き合う。
(あれ…?この人はあの人じゃない?)
丸い眼鏡をしたその人物を、斗和は知っている。
鬼殺隊服・縫製係の前田まさお氏だ。
しかし斗和は、隠の縫製係は前田まさおしか知らない。
決めつけるのはよくないだろう。
考えているうちにじろじろと見てしまったのか、あちらから挨拶してきた。
「改めまして、隠・縫製係の前田と申します。蓬萊さんにはこれから隊服作成にあたり、寸法を測らせていただきたいです」
斗和の顔はパアッと明るく変化する。
(やっぱり前田まさおさんだ!)
前田まさおといえば、恋柱・甘露寺蜜璃の胸元の開いた隊服を作った男だ。
蟲柱・胡蝶しのぶからはゲスメガネと呼ばれていた。
前田がそのような服を作るのは趣味なのだろう。
斗和にとっては、それはどうでもいいことだった。
それより、斗和が希望するものを作ってくれるかが問題なのだ。
採寸するからと言われ、腕を広げたり曲げたり足を開いたり様々な格好をさせられる。巻尺で素早く測っていく前田を見ながら、斗和は様々考えを巡らす。
(前田さんて謎だよね。どうして隠になったのかな?縫製技術があったから隠に志願したの?何年いるんだろう?何歳?)
ぼんやりと考えていると、終わりましたと声をかけられる。
斗和は、待ってましたとすぐさま口を開いた。
「あの!まず隊服は男性隊士が着ているような一般的なものがいいです。あとこれはお願いですが、私が今着ているこの野良着と同じような隊服を一着作って欲しいんです!ずーっと野良着で慣れていて落ち着くので、なんとかお願いできませんか!?前田さんの技術は素晴らしいとお館様から聞きました!どうか頼みます!」
斗和はどうしても引き受けて貰いが為、興奮して大声になってしまった。
ついでに、耀哉が前田の技術を褒めていたと嘘まで吐いた。
両手をあわせて目を瞑り、ひたすらに懇願する。
前田は些か面食らった様子だが、やってみますと引き受けた。
続けて羽織はどうするか聞かれたが、斗和は自分で用意することにした。
(羽織は今着ているもので充分だよね)
「野良着風の隊服は少し時間がかかると思いますが、正規隊服は一週間以内にお届け致します」
前田まさおは、頭を下げて帰って行った。
斗和は感心した。
小娘から我儘を押しつけられても、大人の対応をしてくれたいい人だと思った。
ともかく引き受けてくれてよかったと胸を撫で下ろし、布団を買いに行くため今度こそ長屋を出た。
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一週間後、斗和の元に正規の隊服が一着届いた。
届けてくれたのは前田ではない別の男で、前田は斗和の野良着隊服の作成に必死だということだ。
感謝の気持ちと、いつまでも待ちますからと伝言をお願いした。
ちなみに斗和と同期の宇髄天元は、隊服が地味だなんだと騒いだ。
結局、斗和同様に特注で作ってもらっていたのだった。
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ひたすら鍛錬をして過ごしていたある日。
斗和が待ちに待った野良着隊服が届いた。
前田まさお直々に持ってきて、着た姿を見せてほしいと言われる。
斗和は二つ返事で了承した。
着てみると、今までのより軽くて通気性のよい納得の出来だった。
斗和は素晴らしいとひたすらに褒め礼をすると、前田は眼鏡の奥の目を細めた。
「数年後、あなたにもっと似合ういいものを作ります」
そしてフフフとほくそ笑み帰った。
斗和は瞬時に理解した。
更に似合う、完璧な野良着隊服を作ってくれるということだろう。
極めようとするその姿勢は、まさしく縫製係の柱だと思った。
前田まさおは縫製柱なのだと、斗和は内心で大きくひと頷きしたのだった。