目的地の温泉街までは列車で移動する。
既に着物に辟易していた斗和は、今までいかに楽な格好でいたかを思い知らされていた。
背筋を伸ばし、歩幅は小さく女らしく。
それらは斗和にとって、苦痛の材料でしかない。
(あー嫌!大股で歩きたい、むしろ走りたい!)
そして胸周りが苦しく、呼吸困難のように感じた。
佳成にそれを訴えると、大袈裟だすぐに慣れると一蹴された。
駅がある町に着くと、斗和は前方に見知った背中を見つける。
【殺】の字を背負った白銀髪のその男は、脇目も振らず歩いている。
前回斗和は、口元の米粒を取った時におかしくなり逃げ帰った。
以来会っていない。
斗和が勝手におかしくなったので、相手に非はない。
だがどうにもその男と会う時は、去り際が穏やかでなく嫌だった。
手合わせでは毎回負け、言われたことには逆らえない。
斗和はそこで閃く。
せっかくこの格好なのだ。
気付かれはしないと踏んだ。
(よーし!からかってやろう)
男は斗和にはそのような態度だが、一般女性にはどんな態度をとるのか。
斗和は非常に気になった。
それを佳成に伝え、先に切符を買って貰うことにし別れた。
◇
斗和は背後から足早に近付き、声を掛ける。
「あの、すみません。道をお尋ねしたいのですが…」
傷のある顔の左半分を襟巻きで覆い、斗和は努めて女性らしい声色と振る舞いを心掛けた。
振り返った実弥に小さく頭を下げた。
「突然失礼します。道をお尋ねしたいのですが、駅はどちらでしょう?」
車両は見えないが、殆ど目と鼻の先にある駅を聞く。
すると顔つきを和らげた不死川実弥は、駅を指差し答える。
「駅ならあそこの角を曲がればすぐだァ」
「あらまあ!そんなに近くでしたのね、嫌だわ私ったら…」
斗和は、フフッと口元に手を当て上品に笑う。
実弥は黙って斗和を見ている。
果たして実弥は、目の前の女を斗和だと気付いたのかどうか。
「呼び止めてしまいすみません。どうもありがとうございます。では…」
恭しく頭を下げれば「あァ気を付けて」と小さく言い、実弥はまた歩いて行った。
斗和はくるりと向きを変えると、しずしずと歩き出す。
笑みがこぼれる。
(やった…!気付かなかった!)
顔を半分隠していたのは不自然だった。
だが態度からするに、実弥は斗和だと疑いもしていない様子だった。
(あの毒気を抜かれた顔!あァ気を付けて…だって!)
演技もなかなか様になっていたようだし、これなら任務に問題はない。
面白いものが見られ大満足の斗和は、佳成の待つ駅へ向かった。