「わー!さすが温泉街だね」
「本当ですね。湯煙があちこちから…」
二人は降り立った駅から歩くと、あちこちから湯気が立ち昇るのが見える。
道の左右には旅館と土産屋の旗や看板が立ち並び、客で賑わいを見せている。
目的地の宿は、界隈で一番大きい旅館だった。
二人はすぐに宿へ入り、三日間滞在することを伝えると部屋へ案内される。
仲居が言うには、露天風呂の場所に合わせて各部屋を作ったとのことだ。
二人が案内されたのは、受付からかなり歩いた場所だった。
新婚がよく泊まるので、部屋は必ず離れと決まっているらしい。
艶めいた声が他の客に聞こえないようにとの配慮だ。
当たり前だが一部屋なので、着替えや睡眠は交代でとることにした。
斗和と佳成は、早速この宿を中心に温泉街を見廻る。
「二人で見廻ると効率が悪いよね?別々で聞き込みしたいな」
「そうしたいのは山々ですけど、新婚夫婦の設定なんだから怪しまれますよ。今日の夜に喧嘩したことにすれば、明日からは別々でも違和感は無いんじゃないですか?」
「なるほどね。じゃあ、今晩鬼が現れなければそうしよう」
斗和は頷き、二人は順番に土産屋に入って行く。
何軒目かの土産屋で、ちりめん細工の簪があり、その前で佳成がじっくりと見繕っていた。
斗和が小声で夏世への土産?と聞けば、照れくさそうに頷く。
ならば自分も何かと思い、斗和は色違いの揃いの手鏡を買うことした。
温泉饅頭は帰りにと決め、次々土産屋に入って行く。
店員から話しを聞いていると、有力な情報が得られた。
一週間と少し前も、斗和と佳成のような新婚夫婦が来て色々聞いてきたそうだ。
件(くだん)の隊士二人のことである。
「あら、あそこにお泊りで?ええ、あそこはね…」
泊まっている宿について聞けば、離れがいくつもある界隈で一番広い宿だと言う。
とにかく大小の露天風呂が数多くあり、それが名物で地方からも客がひっきりなしに来ると。
ここまでは、仲居が言っていたことと同じである。
「あそこは大きい宿だから、客も従業員も多いのよね。客はあなた達のように何日か滞在する人が多いわよ。きっと心置きなく熱い夜を過ごすのね…!」
中年の女性店員は、斗和と佳成を見てニヤニヤ笑う。
「ああ…でも半年くらい前から不思議なことが起きてるの」
店員は笑うのを止め、深刻そうに眉を顰める。
「不思議なこと、ですか?」
「うちの店、他と違って白あんの温泉饅頭でしょ?結構人気なのよ。あなたのように、帰りにまた買いに寄るって言う人がいるんだけどね…終ぞ寄らないままの客もいるのよ」
斗和と佳成は顔を見合わせ、目配せした。
「買うのを忘れて帰ったんじゃないですか?別のところで買ってしまったとか…」
佳成がそう言うと、店員は腑に落ちない表情だ。
「だけど、必ず寄るから取っておいてくれって予約までしたのによ?一度や二度なら忘れたのかって思うけど、五、六…いやもっとね。白あんのはうちでしか取り扱ってないの。珍しいから絶対土産にするって。なのに来ないんだもの」
おかしいわねとため息を吐いた店員は、二人は本当に買うのかと念押ししてきた。
「私達は必ず買いますから安心して下さい!」
斗和は店員の手を握り何度も頷く。
暗くなってきたので宿に戻り、二人は浴衣に着替え情報を纏める。
「やっぱり、白あん饅頭の店の話しが有力だね。いくら何でも、予約までしていて寄らないなんてあり得ない」
斗和は茶を一口飲み、おかきを食べた。
「そうですね。忘れたか寄るのをやめたにしても、半年で何度もなんて確実におかしいですからね。やはり鬼が潜んでいるのは決まりです」
同じく茶を啜る佳成は、室内を見回し思案した。
会話がなければ静寂が支配する空間だ。
「それにしてもここ…叫んでも気付かれないですよね?受付からかなり歩きましたから。他の部屋はどうなんでしょう?」
「確かにこれだけ離れてると、襲われても他の客や従業員には気付かれない。離れが多いらしいし、他の部屋も同じだと思う。朝にいなくなったことに気付いても、いつの間にか帰っていたってことで片付けられちゃうよね」
この宿は、露天風呂に合わせた部屋がいくつもある。
言わば離れが点在しているのだ。
それらを把握し、尚且自由に行き来できるのは従業員だ。
基本的に客は、宛てがわれた部屋以外に行こうとはまずしない。
「それができるのは従業員、つまり女将や仲居が鬼ってことで決まりですか?」
「おそらく…その可能性が高い。鬼はきっと自由に動ける仲居に化けているんだと思う。だけど一帯が硫黄の香りが充満してるから、鬼の匂いに気付き難くなってるんだよね」
斗和は、部屋にもほんのり漂う硫黄の香りに眉を潜めた。