夕餉を済ませ夜も更けた頃、二手に別れ宿の内部を探る。
不在時に鬼が来てはまずいので、二人が持参した日輪刀は押入れに隠している。
「私はこっちから見て行くから、佳成はそっち側からお願い。一通り見たらまた部屋に戻ってね」
「了解です。万が一仲居とすれ違ったら、道に迷ったことにすればいいですか?」
斗和は頷き、早速別れた。
二人は、鬼は部屋以外の場所では襲わないだろうと予想した。
確実に目撃されないのは、各部屋しかないからだ。
斗和は既に化粧を落としたので、傷が丸見えである。
来る時同様に、引き続き顔を隠し徘徊する。
離れの部屋は他にも数ヶ所存在するが、それぞれがかなり離れた場所にあった。
斗和は偵察の為に歩いているが、やはり他の客とすれ違うことがない。
部屋の前で立ち止まると、喘ぎ声が聞こえてきた。
(わー…さすが新婚…)
斗和は恥ずかしいと思いながら、あらゆる場所を探り部屋へ戻った。
佳成はまだ戻っていない。
すぐに押入れの日輪刀を確認すると、しっかりあった。
探られてはいないようだ。
斗和が調べた結果、離れの中で本館から一番遠くにあるのはこの部屋だった。
必然的に、襲われる可能性が高いのはここである。
◇
そわそわしつつ茶を飲んでいると、夜更けにも関わらず仲居が入ってきた。
「失礼致します…」
来た時に案内した仲居である。
茶葉と手拭いの交換と言うが、時間的にどう考えても怪しい。
「奥様はなぜお一人なのです?旦那様はどちらに?」
仲居は、狙いを定めるかのようにじっと見つめてきた。
斗和はすかさず演技に入る。
「うっ、ううっ…それが…聞いていただけます!?あの人ったら酷いんですのよ!私の顔に痣があるのを知って結婚したのに…初夜になったら風呂に行くといなくなってしまったんです!いくら待っても戻らない!酷いわ酷いわあ!一人残されてどうしろと!?」
斗和は、佳成、早く戻ってきてよと願いながら、顔を覆い泣き真似をする。
すると仲居は、旦那を呼んでくるから露天風呂に入り待っていればいいと言ってきた。
「共に風呂に入れば元通りになります。さあ奥様は先に入ってお待ち下さい。私が旦那様を必ず連れて参ります」
「はい、どうかお願いします…一人なんて耐えられないわっ!」
斗和はひとまず頷き、仲居が出て行ったのを見て野良着隊服に着替えた。
予備の浴衣と二人の刀を持ち、露天風呂へと足を踏み入れる。
鬼は佳成を部屋に帰らせ風呂に促し、そこで二人同時に襲うつもりなのだ。
風呂場ならば血も洗い流せて、後始末にも困らない。
◇
斗和は扉の横に立ち、開けたらすぐ対応できるようにしていた。
「斗和ー?そこにいるのか?すまない、仲居さんに言われ反省しているんだ。入ってもいいか?」
「勿論よー!待っていたわ!」
(なにこの会話…)
言っていて白けるも、斗和は構える。
扉が開いたとたん佳成に浴衣を渡し着させ、刀を渡すと扉の左右で息を潜めて待つ。
間もなく入ってきた仲居は、既に鬼に変化しており襲いかかってきた。
斗和がすかさずその腕を斬ると、待ってましたと言わんばかりに鬼はその血を露天風呂に垂らす。
「どうもおかしいと思ったら鬼狩りだったのねえ?殺しても殺しても湧いてくる忌忌しい鬼狩り…」
着物を振り乱した鬼は、生えてきた腕を動かす。
すると風呂の湯が、いくつもの大きな水の玉となり二人に迫る。
「斬れば分裂する!私が防御するから頸を斬って!」
水の玉はおそらく頭を覆えば逃れられず、窒息死してしまう。
沼や川など、水を使う血鬼術は窒息させるものが殆どだ。
斗和はこれまでの経験からそう判断した。
─土の呼吸 㭭ノ型
斗和は土の壁を作り、襲いかかる水の玉を防ぐ。
すぐさま佳成が刀を振り下ろす。
─土の呼吸 玖ノ型
亀裂のような斬撃が鬼に襲いかかる。
鬼は水の玉を引き寄せると、自らは素速く避けたので頸ではなく肩を斬るに留まる。
水の玉に佳成の刀が当たり、更に分裂してしまう。
「土嚢城壁ごと突き破って!」
─土の呼吸 㭭ノ型
斗和は、今度は土の壁を佳成を覆うように作り出す。
とたん水の玉は斗和に襲いかかり、まるで沼の中に引き摺り込まれたかのようになる。
「うっ!(息ができない!)」
「師範!くっ!」
─土の呼吸 弐ノ型 土石流
佳成の刀は、斗和の土嚢城壁を突き破る。
そのまま鬼の頸に真っ直ぐ向かい、勢いよく斬り上げた。
舞い上がる頸が転げ落ち、ボロボロと崩れ消えていく。
同時に血鬼術である水の玉も消え、斗和は呼吸ができるようになった。
(ああ苦しかった…!)
「師範!大丈夫ですか!?」
「ハァハァハァ…なん、とかね…助かった、ありがとう…!」
佳成の浴衣ははだけており、斗和は全身ずぶ濡れという酷い格好だった。
とにかく無事に鬼は倒すことができた。
そのあと二人は浴衣に着替え、お互い大浴場に入る。
仲居に化けていた鬼は、離れに泊めた新婚夫婦が露天風呂に入っている時に襲い食っていたのだ。
血で汚れても、湯で洗い流せるので都合がよかったのだ。
あの血鬼術は、斬れば斬るだけ分裂し増え、逃れられなくなる。
一気に打ち消す技か、今回のように防御技を使い二人で倒すかしかない鬼だった。
先に潜入していた二人では対処できなかったのだ。
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斗和が部屋に戻ると、佳成が浴衣姿で外を眺めていた。
立派になったな…と、斗和は襖に手を掛けたままその後ろ姿を見つめる。
今回の任務は佳成だったからこそ、二人とも無傷で成し遂げたのだ。
いつの間にか頼もしい存在になっていたのだと、斗和は胸が熱くなる。
ふいに振り向いた佳成は、人懐こい笑顔で斗和に何かを差し出してきた。
それは、ちりめん細工の香り袋だった。
「わあ、かわいい…え、これは…?」
「師範に、俺からです。いつも世話になってるお礼ですから、受け取って下さい」
「ありがとう…!香り袋なんて初めてだけど、藤の花を入れたらいいかなあ?」
斗和は嬉しさが込み上げ、何度も香り袋を眺めては笑みが溢れる。
すると佳成は神妙な顔つきになった。
「師範、
「え?」
「炎柱が好きなんですよね?手合わせも積極的に行っているし、気持ちは伝えないんですか?」
佳成の目は真剣であった。
「…気持ちって…私は煉獄さんのことは…」
戸惑い俯く斗和に、佳成は以前から思っていたことを告げる。
「炎柱と一度共同任務をして分かりました。その時はまだ柱じゃなかったけど、皆を導く力のある人だと思いました。明るくて優しくて、気遣いのできる男です。きっと師範の想いに応えてくれます」
「…佳成…」
斗和は言葉が続かない。
「俺、師範には幸せになって欲しい。夏世と出会えたのは師範のおかげだ。だから、師範も想う人と幸せになって貰いたいんです…!」
佳成は心からそう思っていた。
殺伐とした中でも、幸せを見い出して欲しい。
それは尊敬する師で仲間だからこそ思うのだ。
斗和は継子の思い遣りに感謝し、そっと微笑んだ。
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翌日。
二人は喧嘩したことにし、三日泊まるはずの宿を一泊で去った。
斗和は、約束通り白あんの温泉饅頭を買い、帰路に着いたのだった。