二人は再び駅に降り立つと、藤の家で待機させていた夏世に連絡する。
佳成の鎹鴉は、主と似て真面目で従順である。
一言二言で理解し、飛び立った。
それを見た斗和は、己の鴉・令和と比べてしまう。
「佳成の鴉ってすごくいい子だよね。ちゃんと返事するし、話し掛けてもすぐ答えるし…」
不満気に口を尖らせる斗和に、佳成は苦笑いするしかない。
鴉・令和は、全くと言っていい程喋らないのだ。
基本的に返事もせず、斗和は張り合いのなさを感じていた。
今更仕方がないなと思うものの、本音は寂しさも感じている。
何日かかるか分からないと言ってあった任務だが、僅か一晩で終わった。
あまり日数が経てば夏世も不安でならないだろう。
一刻も早く任務を終わらせたかった。
なので僅か一日で帰宅できたことに、斗和は安堵したのだった。
先に屋敷に着いていた夏世に、土産の揃いの手鏡と温泉饅頭を渡す。
佳成と二人で町に遊びに行った後、泊まって行けと告げる。
驚き、嬉しそうに顔をほころばせる夏世と佳成を眺め、斗和は自らも笑顔になるのだった。
幸せを全面に出しお互いを想い合う二人を見て、斗和は佳成に言われたことを思い出す。
炎柱が好きなら、気持ちを伝えないのかと問われた。
(煉獄さんに気持ちを…?)
斗和には目的があり、杏寿郎を助ける為にやらなくてはならないことがある。
杏寿郎はとても強く、尊敬できる素晴らしい人だと思っている。
斗和は、杏寿郎に生きて欲しい一心だった。
ずっと笑っていてくれれば、それだけで充分である。
──────
─────
それから数日後。
鴉の令和が告げた言葉に、斗和は天を仰ぎ見る。
佳成は乙から甲に昇格した。
ついに来たるべき日が来たのだ。
斗和は複雑な想いを抱え、任務上がりの佳成に声を掛ける。
「仮眠を取ったら道場に来て。手合わせするから」
「はい!」
数刻後。
激しい打ち合いをしながら、斗和は二年前を思い出していた。
佳成は行冥の継子にも関わらず、岩の呼吸が壱ノ型しか使えず藻掻いていた。
岩の呼吸の派生である土の呼吸を伝授して貰う為、斗和を訪ねて来た。
悩み藻掻き抜け出し、あっという間に甲まで上がってきた。
技の威力も越し、本当に強くなった。
(次で終わりだ…!)
─土の呼吸 参ノ型
─土の呼吸 参ノ型 土竜叩
同じ技がぶつかり合う。
佳成の放った土竜叩の威力は木刀を破壊し、斗和の腕を叩き後方に吹っ飛ばした。
斗和は一回転し受け身を取ると、折れた木刀を見つめその場に正座する。
「どうもありがとうございました」
手を着き頭を下げた後、斗和は戸惑っている佳成を見据えた。
「師範…」
歩み寄り同じく正座した佳成は、背筋をまっすぐ伸ばした。
「佳成。あなたはこの前の任務で、私の撃った
斗和は普段遣わない敬語で、噛み締めるように言葉を発した。
「師範!俺はまだまだ足りません!もっと師範から学びたいです!」
突然のことに、佳成は嫌だと訴える。
「甘えるな!もう教えることはない。自分を信じて先に進みなさい」
「!」
斗和の強い口調は、何よりも真剣であることを示している。
佳成とて、いつかはこうなると分かっていた。
岩の派生であるが故、土の技は使用者の持つ力に左右される。
いくら斗和が男並に力があると言っても、それはあくまで一般人の男性と比べてだ。
鍛え上げられた鬼殺隊の男には敵わない。
ましてや元岩の呼吸の使い手である筋骨隆々の佳成は、大分前から斗和の威力を上回っていた。
技同士の真っ向勝負では、最早負けていたのだ。
それを、俊敏さと攻撃の繋ぎで斗和は躱していた。
それも甲に上がり、同等にまでなっていた。
間もなく斗和を完全に越し、次の土柱になることは確実である。
師を越えた弟子に教えることはもうない。
「鬼殺隊 甲 館坂佳成。あなたは今を持って土柱・蓬萊斗和の継子を卒業です。今後もご武運をお祈りします」
斗和は再び頭を下げると、佳成から視線を逸らし立ち上がる。
「…それから、今後について話しがあるから私の部屋に来て」
道場を後にした斗和は、下唇を噛み締め自室に向かった。
残された佳成は、木刀を見つめ奥歯を噛んだ。
これまでの様々な鍛錬が、走馬灯のように駆け巡る
岩柱の継子になったにも関わらず、岩の呼吸を壱ノ型しか撃てずに悩んでいた。
その時初めて見た土の呼吸。
噴煙と共に、広範囲の技が豪快に鬼の頸を見事に斬る。
率直に羨ましかった。
特殊形状の日輪刀を振り回す、野良着の女隊士。
控え目でありながら、目の当たりにした強さ。
岩の派生と聞き、閉ざされていた道が拓けたように思えた。
運命的な二度の共同任務。
蓬萊斗和の元で、新たな呼吸を会得しようと決心した。
叱咤激励し、根気強く指導した斗和。
感謝してもしきれない。
ずっと共に鍛錬し続けたい。
階級が上がれば終わることが分かっていても、佳成は今の状態でいたかった。
だがそれはできない。
巣立つ時が来た。
◇
「師範、失礼します」
襖を開け入って来た佳成に、斗和は用意していた茶を差し出す。
何を言われるのかと、佳成の瞳が不安気に揺れている。
「今後の住まいは、この近くに家を借りて暮らせばいいと思う。夏世ちゃんに鴉を付けるから、今後は鴉で連絡を取って会えばいいよ。夏世ちゃんには佳成から伝えてね…」
斗和は迷っていた。
本当はこんなことが言いたいのではない。
真に言いたいことは他にあるが、答えは分かりきっていた。
それでも言わずにはいられなかった。
「…佳成、鬼殺隊を辞めて遠くへ行ってちょうだい。夏世と所帯を持って幸せに暮らして。お願い…どうかお願い!」
それは斗和の切願だった。
佳成が夏世と恋仲になってから、ずっと思っていたことだ。
階級が上がれば上がる程、強い鬼と対峙する。
柱でさえ簡単に
そんな中にいさせたくなかった。
守るべき大切な人がいるなら尚更、隊を辞めて欲しかった。
斗和にとって、初めてできた継子である。
優しく思いやりがある佳成には、幸せになって貰いたかったのだ。
「大切なの、佳成も夏世も!二人を守りたい、幸せになって欲しい。頼むからここを離れて、二度と戻って来ないで…!お願いっ…」
泣かずに言わなければと思うも、斗和は次から次へと涙が流れる。
「…師範の気持ちは分かりました。…夏世は俺が初めて好きになった人で、初めて守りたいと思った人です。夏世を心から愛しています。あの笑顔を守りたいから、俺は刀を振るっているんです」
そうはっきりと告げた佳成の顔は、二年前継子にしてくれと訪ねて来た時と全く同じだった。
斗和を見据える眼差しは更に強く、迷いは一切ない。
「明日にでも住む家を見つけて来ますね。二年間大変お世話になりました!これからも同じ鬼殺隊としてよろしくお願いします、蓬萊さん!」
「佳成…」
斗和は、差し出された大きな手を握ることができずにいた。
だが佳成が寂しそうな顔をした為、戸惑いながらもそっと握り返した。