誰が死のうと、任務はこなさなくてはならない。
いつまでも泣いているわけにいかず、斗和は最低限の食事をし刀を振るった。
誰もいなくなった家はやけに広く感じ、手の掛けられなくなった畑には草が生い茂る。
収穫時期も近くこのままにはしておけず、斗和は任務上がりに草を取る日々だった。
あまり眠れていないにも関わらず、疲れはしなかった。
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そんな時、杏寿郎から文が届いた。
長期任務から帰ったので、手合わせをしようと書いてあった。
杏寿郎に会えば気持ちが軽くなるだろうか。
慰めてもらおうなどとは思わないが、あの笑顔に会いたい。
斗和は無性に寂しくなり、何かに縋りたかった。
敢えて返事を書かず、日輪刀と木刀を携え煉獄家へ向かった。
◇
出迎えた千寿郎から、杏寿郎はたった今本部へ任務報告に行ったと告げられる。
返事をせずに来てしまったので、仕方のないことだ。
「私がいけないんですよ。煉獄さんからの文に返事をしないまま来てしまいましたから。千寿郎君、もしよければ私と手合わせしませんか?」
「えええ!?ですが俺はまだまだで…。蓬萊さんの相手になどなりません」
千寿郎は驚いて目を丸くする。
「私だってまだまだです。だからこうして、柱であるとても強い煉獄さんに手合わせをお願いしているんですよ」
「蓬萊さんも柱ではありませんか!」
「いえ私は柱と言っても仮なので、一般隊士と同じです。さあ手合わせしましょう!」
よく分からない、と疑問符だらけで首を傾げる千寿郎を促し、斗和は木刀を構えた。
斗和は打ち合いをしながら思う。
千寿郎は杏寿郎に瓜二つだ。
杏寿郎も懸命に木刀を振るう時期があったのだろう。
槇寿郎がやる気を無くしても、一人で頑張ってきた。
炎の呼吸の書物を読み込み、鍛錬して柱に昇り詰めた。
母親に甘えたい時期もまだまだあっただろう。
何度も挫けそうになったに違いない。
いつか槇寿郎がやる気を取り戻すと信じ、堪えて踏ん張り頑張ったのだ。
千寿郎は小さい頃に母親が亡くなり、ほぼ覚えていないと思われる。
まだ子供で、しかも男子だが家事も全般こなしている。
斗和は煉獄兄弟を心から尊敬していた。
考えごとをしながらでも一応は柱である。
全くぶれずに打ち込みを受ける。
千寿郎の息が上がってきたなと思い、斗和は終わりにしようと声を掛け木刀を引いた。
すると、一歩踏み込んだ千寿郎がよろける。
「わあっ!」
斗和は咄嗟に腰を落とし、抱き留めた。
「す、すみません!稽古中によろけるなど…」
慌てて離れようとする千寿郎を、そのまま抱き締めた。
「!」
「寂しいこともありますよね…。千寿郎君は本当によく頑張っていると思います。鍛錬を積み兄上様を支え家を守っている……尊敬します。私なんか炊事もまともに出来ず、鼻をほじっているような小娘でしたよ」
しばらく黙っていた千寿郎だったが、くすくすと笑いながら斗和からそっと離れる。
「蓬萊さんが鼻をほじっている姿を想像してしまいました。すみません、だけどおかしくて…」
「あっ!昔ですからね、本当に小さい子供の時です!今はそんなことはしていませんから、煉獄さんには内緒にして下さいよ!」
(鼻をほじっていたなんて、うっかり変なことを言っちゃった…恥ずかしい)
「蓬萊さん、いろいろとありがとうございます。まだ兄上も帰りませんし、あの焼きお握りの作り方を教えていただけませんか?」
千寿郎の目尻には、少しだけ涙が滲んでいた。
煉獄家の台所。
昼餉に炊いたまだ温かい飯を茶碗に取り、二人で握っていく。
「厚さはこのくらいですか?」
「そうそう。あまり薄いと醤油が全て染み込むので、適度に厚みを。梅干しは一つだと多いので半分がいいですよ」
慣れた手つきで握っていく千寿郎を微笑ましく見ながら、斗和も握る。
たまには違う形にしてみようかと思い、四角や丸、俵型も作った。
斗和の、数少ないまともに作れるもの一つが焼きお握りだ。
作るのは実弥と三度目の手合わせをした日以来で、しばらくぶりである。
斗和は、当時のことをぼんやりと思い出す。
口端に付いた米粒を取ってやったが、なぜあのようなことをしたのか。
考えても分からなかった。
慌てて逃げ帰ったので、実弥も変に思ったに違いない。
(こんな顔近付けられて嫌だったろうな…)
気落ちする斗和は、手が止まってしまう。
すると横にいた千寿郎が目を輝かせる。
「わあ!蓬萊さんのは丸と四角と俵型と、形が三種類なんですね」
「見た目も楽しいかなってちょっと遊んでしまいました。千寿郎君は三角で均等な大きさで上手いですね」
斗和も普段は三角一辺倒だが、杏寿郎の反応が楽しみになり、ついつい様々握ってしまった。
それらを七輪で焦げないように絶妙に焼く。
そして醤油、みりん、少量の水をひと煮立ちさせお握りに満遍なく絡める。
染み込ませすぎないように、素早くやるのが肝心だ。
冷ませば出来上がりである。
千寿郎と手合わせをし、焼きお握りも作った。
それなりに時間は経ったが、まだ杏寿郎は戻らない。
斗和は槇寿郎の元へ行くことにした。
稽古を頼む為である。
断られるのは分かっていても、しつこく声を掛けなければ進まない。
心配そうにやめたほうが、と言う千寿郎を諭し、
「失礼致します、蓬萊です」
襖を開けると、槇寿郎は振り返り斗和を睨む。
(安心して下さい、今日は中に入りませんから)
斗和はそう内心で言いながら、口を開いた。
「杏寿郎様がまだ本部から戻られないので、稽古をつけていただきたいです」
「断る!何度もしつこいぞ!」
やや被せ気味にきっぱり断られた。
引き受ける日は来ないと思うも、斗和は諦めない。
「いいお返事をいただけるまでは諦めません。…それから、大切な人を失う悲しみと苦しみは、言葉にできないものなんですね…。実際その立場になって理解できました。それについては謝罪致します。申し訳ございませんでした。…ではこれで失礼します」
斗和は前回、瑠火を亡くしたことを安易に口にしてしまった。
すぐに割り切り前を向くなどできるわけがないと、身を持って実感した。
斗和は自分を考え無しの小娘だなと、自嘲し部屋を後にする。
曲がり角でそわそわ伺っていた千寿郎に、苦笑いするしかなかった。
今日はもう帰ろうと外に出た時、杏寿郎が帰って来た。
「蓬萊殿!来ていたのか!文を出してからお館様に任務の報告に行ったんだ。すまない、待たせただろう?」
特徴的な眉が少し下がると、千寿郎が大きくなったようだ。
「いいえ、返事を出さずにいきなり訪ねた私が悪いのです」
「兄上!蓬萊さんに稽古をつけていただきました。何度打ち込んでも全く木刀がぶれないんです!片手だけなのに、柱の方はやはりすごいのですね!」
千寿郎は隣で身を乗り出し、目をきらきら輝かせる。
「そうか!よかったな千寿郎。蓬萊殿、礼を言う。…ところで以前より痩せたように見えるし、顔色も悪いがどうかしたのか?」
杏寿郎は以前の様子と違う斗和を見て、心配になる。
やつれたのか、元気も無く見えた。
斗和は心配してくれる杏寿郎に感激した。
その笑顔と明るい声に救われていると思った。
(だから今度は私が助ける番。必ず、何としても…!)
「…大丈夫です!煉獄さんに会ったら元気になりました。私、煉獄さんといると元気が出ます!頑張ろうって踏ん張れます。長居したので今日は帰りますね。また近いうちに手合わせして下さい!」
二人に頭を下げ、斗和は煉獄家を後にした。