程なくして庭に来た実弥は、何も言わず斗和を見ている。
(言わなきゃ、ちゃんと目を見て。それが礼儀だ。頑張って言え!口に出せ、斗和!)
己を奮い立たせると、斗和は意を決して口を開く。
「この前任務で…佳成が…継子の館坂佳成が死にました。…十二鬼月の、上弦ノ壱と遭遇して…っ…」
握り締めた拳が震える。
見据えたはずの実弥の顔がぼやけていく。
「その少し前に…甲に昇格して、最後に手合わせをして継子を卒業したんです。家も出て、っ…一人で暮らすようになって…だからっ、それ以来会っていなくて…。不死川さんには稽古をつけていただき、本当に…本当にありがとうございました…!」
斗和はそのまま頭を下げた。
しばらくそのままだった。
「…っ、私、だめですね…弱くて。泣いたって…泣いたって佳成は生き返らないのに…!」
斗和は涙と嗚咽で声にならず、やっと言葉を絞り出す。
下げたままの頭は上げられず、地面が涙で濡れていく。
斗和は立っていることができずに、膝から崩れ落ちた。
「!」
その時、腕を引かれ抱き竦められる。
一瞬涙が止まり、斗和は何が起きているのか分からなかった。
「いいから泣けェ」
実弥の言葉に、斗和は堰を切り止めどなくなく涙が溢れ出る。
「うっ、うう…わぁぁぁ…!」
堪えてきたものが全て爆発するかのように、斗和は声を出し泣いた。
何も考えられず、ただひたすらに。
その間も、実弥はずっと斗和を抱き締めたまま、何も言わなかった。
◇
どのくらい経ったのか。
今までとは違う重みが体に掛かり、実弥はそっと斗和を自分から離す。
泣き疲れた斗和は眠っていた。
実弥はぐったりした斗和を背に担ぐと、玄関へと入って行った。
それは懐かしい温もりでいつかも同じだったと、斗和は夢の中でぼんやりと思う。
どうしようもなく寂しくて悲しくてつらい時、思い浮かぶのは誰なのか。
斗和は、以前の記憶を戻してから見る夢は、以前の記憶だけだった。
一度たりとも、今生きているこの世界の夢を見たことはない。
断片的でよく分からない。
だけど嫌な気持ちになる。
どうしていつも同じ場面なのか。
(なぜ今日はあの人の顔が浮かぶんだろう…)
◇
「………」
目を開ければ見慣れない天井があり、任務後に藤の家に来たんだったか?とぼんやり考える。
(昨日の任務は…警備?…いや違う!)
斗和は飛び起きると、辺りを見回す。
(どこ?ここは?…そうだ!柱の皆に野菜を届けていて、佳成が死んだことを報告して泣いて…)
斗和はそこではっきり思い出した。
実弥に抱き締められたことを。
そのまま大泣きし、そこから記憶がない。
(嘘!?私、不死川さんの肩で大泣きした?ここに運んでくれたのも不死川さんだよね!?)
斗和は脳内が混乱している。
抱き締められた感触は未だに残っており、なぜか胸が熱くなる。
いつもならば、情けない姿を見せると叱咤する実弥。
なぜ抱き締めたのか。
斗和は分からなかった。
しばしぼーっとしていると、はっと気付く。
これから行冥の屋敷まで行かなくてはならない。
急いで布団をたたむと、身だしなみを整え部屋を後にした。
(広い屋敷だな…不死川さんどこにいるんだろう?)
斗和は廊下をうろうろしていると、どこからか風を斬る音がする。
音の方に向かうと、庭で実弥が鍛錬していた。
「…………」
斗和はその姿に釘付けになった。
洗練された動作から繰り出される斬撃は鋭く、そして華麗に見えた。
(すごい…)
思わず口に出そうになった言葉を、斗和は寸出で飲み込んだ。
「…目ェ覚めたのかァ?」
視線に気付いた実弥が、手を止め縁側に来る。
「あっ、はい!すいません、寝てしまうなんて。あの、本当にご迷惑おかけしました!ありがとうございます」
斗和は正座し、頭を下げる。
「ちゃんと食って寝てんのかァ?…悲鳴嶼さんとこ行く前に飯食ってけェ」
「えっ!でも、そんな悪いです!もうお暇しますから…」
実弥からの思わぬ言葉に、斗和は慌てる。
とにかく申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
「いいから黙って従いやがれェ!」
実弥は、有無を言わさない恐ろしい顔でそう言うと、待ってろと告げ玄関へ行ってしまう。
「待って下さい、手伝います!」
斗和は慌てて縁側から台所に向かう。
果たして実弥が作るのだろうか。
作れるのだろうか。
斗和は疑問に思いながら走る。
台所では既に何やら作っており、斗和はどうしたものかと考える。
とりあえず味噌汁を作ります、と申し出た。
実弥から人参と大根を入れろと言われ、斗和は持参した麻袋から取り出す。
(大根も人参も銀杏切りでいいかな?…あ!)
そこで気付く。
斗和は、自分がまともに料理をできないことを思い出した。
申し出ておいてできないなど言えず、なんとか作り椀に盛る。
実弥は非常に手際が良く、斗和がもたついているうちに何品か作ってしまった。
白米、大根人参の味噌汁、目刺し、白ごまと人参の白和え、豆腐の揚げ浸し大根おろし添えが出来上がった。
膳を前に、向かい合って手を合わせる。
斗和は、目の前の料理に目を輝かせた。
どれも美味そうに見え、これをあの実弥が作ったとは思えなかった。
実弥は、まず斗和の作った味噌汁に口を付けた。
斗和は、味はどうか…と、緊張しながら見守る。
「…これ出汁とったのかァ?」
「あ!…忘れました、すいません」
斗和は、見事に出汁を取り忘れた。
そして他は美味だったが、やはり味噌汁だけが残念な味であった。
◇
片付けを申し出たが、いいから行けと言われ斗和は玄関を出る。
「昼餉から何から何まで、本当にありがとうございます」
「野菜、どうもなァ…。…握り飯、すげェ美味かった」
実弥はその後、少し言い難そうに小さな声で「また作れェ」と言った。
「っ…はい!」
斗和は、その時自分がどんな顔をしていたかは分からなかった。
だが、胸が高鳴ったのだけははっきり自覚した。