それは突然もたらされた訃報だった。
蓬萊の継子・館坂佳成が死んだ。
鬼殺隊に入れば、死とは隣り合わせで生きることになる。
隊士ならば百も承知で、昨日笑い合った者が翌日物言わぬ屍になるのも日常茶飯事だった。
蓬萊の鴉が、わざわざ俺に告げに来た理由は分からない。
たった一度稽古をつけただけの間柄だが、まだまだ強くなる素質があった。
男らしく、それでいて優しさも兼ね備えた奴だった。
気になるのは、その師である蓬萊だった。
初めての継子だ。
誠心誠意向き合い成長させたのは知っている。
かけた期待も大きいだろう。
それだけに衝撃も大きいはずだ。
ましてや遺体は戻らない。
それは鬼に喰われたことを示している。
鬼…醜い鬼共はこの俺が殲滅してやる…!
◇
それから二週間程経ったあたりだ。
いつものように屋敷の家事を担っている隠が帰ってすぐ、人の気配がした。
柱ともなれば、人や物の気配には敏感に反応する。
庭で鍛錬していると、玄関先の気配は瞬時に察知できる。
刀を持ったまま足を向ければ、そこにいたのは蓬萊だった。
久方ぶりに見たその姿は、酷く憔悴しきっていた。
おそらくあまり眠れていないのだろう。
顔色は悪く青白い。
こんな姿は初めてだ。
「…蓬萊…どうしたァ?」
何も知らないふりで近寄り声を掛けると、弾かれたように口を開く。
「あ、…いきなりすみません。あのこれ、うちで穫れた野菜です。柱の皆さんに配っていて、このあと岩柱様のところで最後です。よかったら食べて下さい」
抱えていた麻袋を受け取ると、ずしりと重い。
女が持つような重さではないのに、軽々持っていたように見えたので驚く。
「あの、それから…お話しがあります。少しだけいいですか…?」
察した俺は、蓬萊を庭へ促し麻袋を台所に運んだ。
少し距離を置き、向き合ったまま蓬萊は何も言わない。
声に出せないのを、何とか出そうとしているようだ。
「この前任務で…佳成が…継子の館坂佳成が死にました。…十二鬼月の、上弦ノ壱と遭遇して…っ…」
握りしめた拳が、体が震えている。
蓬萊は泣くのを必死で堪えていた。
「その少し前に…甲に昇格して、最後に手合わせをして継子を卒業したんです。家も出て、っ…一人で暮らすようになって…だからっ、それ以来会っていなくて…!不死川さんには稽古をつけていただき、本当に…本当にありがとうございました…!」
蓬萊は俺に頭を下げた。
「っ…私、だめですね…弱くて。泣いたって…泣いたって佳成は生き返らないのにっ…」
下げられたままの頭から、地面に雫がいくつも落ちる。
どんなに嘆いて泣いても戻らない命だ。
鬼殺隊にいれば必ず経験する。
慰めるつもりなどない。
ただ「そうか」とだけ答えるつもりだった。
だが、立っていられず泣き崩れる蓬萊を見たら、俺は体が勝手に動いた。
顔を覆う腕を取り引き寄せ、己の体に密着させる。
「いいから泣けェ」
「うっ、うう…わぁぁぁ…!」
泣いて泣いて吹っ切れ。
戻らない過去を悔やんでもどうにもならない。
死んだ者は戻らない。
これが現実だ。
残された者は先に進むしかない。
己の腕の中で子供のように泣きじゃくる蓬萊を、ただ抱き締めた。
どのくらい経ったのか静かになり、今までとは違う重みが掛かる。
そっと体を離すと、蓬萊は泣き疲れ眠っていた。
体勢を変え背に担ぎ、屋敷の中へ運ぶ。
以前より軽く感じられたのは、気のせいではないだろう。
◇
奥の客間に寝せると、蓬萊は静かに寝息を立てている。
「ん…」
手拭いで涙に濡れた顔を拭き取ってやれば、僅かに身じろいだ。
青白い顔を真横にはしる傷をなぞり、頰に手を添える。
なぜだか蓬萊が消えてしまいそうな気がした。
蓬萊が目覚めるまで、鍛錬の続きをしようと玄関を出た。
すると、門前の荷車が目に入る。
確かこの後、悲鳴嶼さんの所に行くと言っていたか…
岩柱邸は山の奥にある為、荷車では行けない。
そうなると、手で持ち運ぶしかない。
まさかさっきみたいに、大量に詰めて山を登る気なのだろうか。
蓬萊ならやりかねない。
それにしても、柱邸を周り歩き野菜を渡すというこの誠実さには感服する。
◇
鍛錬中、縁側から視線を感じ、振るっていた刀を止める。
「…目ェ覚めたのかァ?」
「あっ、はい!すいません。寝てしまうなんてあの、本当にご迷惑おかけしました!ありがとうございます」
正座し、頭を下げる蓬萊の姿は土下座である。
いつも思うが、なぜこいつはこんなにも腰が低いのか。
俺と蓬萊は同じ柱であり、歳も同じだ。
知り合って二年経つが、未だに敬語は抜けていない。
いやそんなことよりまずは飯だ。
「ちゃんと食って寝てんのかァ?…悲鳴嶼さんとこ行く前に飯食ってけェ」
「えっ!でも、そんな悪いです!もうお暇しますから…」
案の定断るが、このまま行かせるわけにはいかない。
「いいから黙って従いやがれェ!そこで待ってろォ!」
俺は蓬萊を一喝し、玄関へ向かう。
鍛錬前に、あらかじめ下拵えをしていた物に手を掛ける。
するとバタバタと蓬萊が姿を現し、味噌汁を作ると申し出る。
「なら人参と大根切れェ」
麻袋を指せば、蓬萊は野菜を切り始めた。
下拵えが功を奏し、さほど時間もかからず出来上がった。
味噌汁、目刺し、白ごまと人参の白和え、豆腐の揚げ浸し大根おろし添えだ。
居間に運び、膳を前に向かい合って手を合わせる。
まずは蓬萊の作った味噌汁からと思い、口を付けた。
…出汁とってねェなァ。
「これ出汁とったのかァ?」
「あ!…忘れました、すいません」
しまった、と口を開ける蓬萊は、自分でも味噌汁を飲み首を傾げた。
この反応からするに、焼いた握り飯と鰤大根しかまともに作れないと言うのは、本当かもしれない。
そこで、焼いた握り飯を作って貰ったことを思い出す。
一つはその場で食い、五つは任務に持参した。
共同任務だったので他二人にも分け与えた。
俺が握ったのかと驚いていたが、蓬萊だと教えれば更に驚いた。
『これ土柱が作ったんですか!めちゃくちゃ美味いですね』
『土柱ってやっぱり料理上手いんだなあ。噂じゃ糠漬けも美味いって。いつだったか隠が話してました』
口々に美味いと笑顔になる隊士らを見て、俺は気分が上がった。
蓬萊が作る過程まで全て見たのだ。
しばし優越感に浸ったのは確かだ。
◇
食べ終わり荷車に手を掛けた蓬萊は、来た時よりかなり顔色が良くなっていた。
俺は安堵した。
「昼餉から何から何まで、本当にありがとうございます」
「野菜、どうもなァ。…握り飯、すげェ美味かった。…また作れェ」
やっと言えた握り飯の礼。
その後に続けて言ってしまった俺の一言に、蓬萊は満面の笑みを向けた。