斗和は風柱邸を後にし、行冥の屋敷まで向かう。
山奥なので麓まで荷車を引き、野菜を麻袋に詰め背負った。
麻袋はかなり重いが、先ほど食事をしたからか思ったよりきつくはなかった。
◇
しばらく行くと、斗和の前に柱稽古で出てきた滝が見えて来た。
その周りには、大きな岩がごろごろとたくさんある。
隊士達が滝に打たれ、伊之助が死にかけていた場所だ。
そしてここで善逸が獪岳の鬼化を知った。
同時に育手の自害もだ。
その時の善逸の気持ちは計り知れない。
獪岳は、上弦ノ壱・黒死牟に命乞いをし鬼になった。
(黒死牟…佳成…)
斗和は、継子・佳成に思いを馳せる。
佳成は絶対に命乞いなどしないはずだと、最後まで戦って死んだのだと。
上弦ノ壱は絶対に許せなかった。
最終決戦で対峙する時が必ず来る。
斗和は、自分にどれだけのことができるのかと考えた。
まだ本格的に始まっていない物語に、どれだけ関われるのか不安もよぎる。
だが目的は必ず果たすと誓った。
岩柱邸に着くと、斗和はなぜか後ろから声を掛けられた。
行冥は鍛錬をしていたようだが、どこにいたのか。
持参した野菜を渡せば、行冥は涙を流し感謝の言葉を述べた。
「女の身でこれを背負い、よくここまで来た」
「これも鍛錬の一つですよ」
斗和は思わず顔がほころぶ。
鬼殺隊最強の行冥から褒められるのは嬉しかった。
中に促され茶を貰うと、本題に入る。
斗和にとって、やはり佳成の死を告げるのは相当につらい。
言葉にすればする程、紛れもない現実なのだと何度も思い知らされる。
先ほど実弥に告げてたくさん泣いたので、幾分か落ち着いて話せたのは幸いだった。
行冥は、とても残念なことだと涙した。
斗和は、佳成の為にも更に精進して強くなろうと誓う。
「ところで、私に稽古をつけては下さらないんですか?」
「…蓬萊は女である故、戸惑いがある。今まで私に稽古を申し出る女はいなかった」
行冥はゆっくりと諭すように喋る。
「それに、不死川とよく手合わせをしていると聞いている。武器から考えても、私でなくやはり不死川が適任だろう」
(そうか…悲鳴嶼さんは私相手ではやり難いのか)
行冥と斗和は体格差がかなりあり、加減などが難しいと思われる。
気を遣わせて申し訳ないと思い、斗和は諦めることにした。
「そうですか、残念ですが仕方ないですね。もし何かいい鍛錬方法があれば教えて下さい。私はもっと力を着けたいのです!」
斗和がそう言うと、行冥はいい心掛けだと頷いた。
それにしてもと、斗和は引っ掛かる。
なぜ行冥は実弥との手合わせを知っているのか。
斗和は誰にも言ったことがなく、実弥が言うとも思えない。
(隠や他の隊士に見られたのかな?)
まあいいかと、斗和は深く考えず行冥に頭を下げ山を降りた。
行く時とは違い、手ぶらなので非常に楽だった。
当然のように走り抜け、あっという間に荷車まで着いた。
着いたとたん、喉の奥がつかえてしまった。
一瞬のことですぐに元通りにはなったが、斗和は以前も何度か同じようになり、少し気になった。
それから鬼の出没が頻繁になり、警備区域の見廻りも強化され柱は更に忙しくなった。
まるで物語の始まりの予兆のようで、斗和は心がざわついていた。
──────
─────
月日は流れ冬も終わる頃、半年に一度の柱合会議が開かれた。
斗和は例によって義勇の隣、一番端で膝を立て耀哉を待つ。
ちらりと盗み見た義勇の横顔は、相変わらず無表情である。
表情から読み取ろうとは思っていない斗和だが、時系列的にあの任務には就いた後だろうと推測した。
義勇は竈門炭治郎に会っている。
斗和はそれを確かめねばならない。
「冨岡さん、会議後にお話しがあります」
「…大根なら貰い受けるが…」
義勇は正面を向いたまま、目線を斗和に向ける。
「生憎、大根の話しではないですよ。誰にも聞かれたくないので、終わったら冨岡さんの屋敷に行っていいですか?」
「承知した」
◇
そして会議後、二人はいち早く本部を後にし水柱邸へ向かう。
途中雪がちらついてきた。
田舎ではかなり積もるが、東京は大して積もりもせず寒さも序の口で過ごしやすい。
水柱邸に着くと、玄関前で義勇が振り向いた。
「冬になってから、雪山での任務はありましたか?」
「…幾度かあったが、なぜ聞く?」
「実は夢をみたんです。冨岡さんが雪山にいて、誰かと話しをしていました。相手は男女二人…恋人、いや兄妹かな?よく分かりません。驚いたのは、冨岡さんがすごく怒っていたんです。普段からは想像がつかなくて、気になって聞いてしまいました」
斗和がそう言うと、義勇の表情が僅かに曇った。
これはもう確実だと、斗和は思った。
「変なことを聞いてすみません。だからどうこうってわけではないんです。そうだ!せっかく来たので、私と手合わせして貰えませんか?」
その後、怪訝な表情を向けながらも、義勇は手合わせに応じた。
義勇は表情に変化がない男なので、淡々と打ち込んでくる。
相当に速く、そして静かな手合わせになっていた。
斗和は少し前から利き腕同様にする為に、左腕の力を強化している。
鍛錬も左腕中心で振っていた。
技を放たれればさすがに無理だが、打ち込みだけなら耐えられる自信があった。
斗和はそう思っていたが、さすが柱である。
「蓬萊…なぜ利き腕でない方で振る?」
義勇は利き腕ではないことをすぐ見破った。
「…しもやけなんです。強く握るのがちょっと…」
斗和が苦しい言い訳をすると、義勇は不審がる。
「赤くなっていないように見える」
「…………」
ついに斗和が何も言えなくなると、義勇は益々不審がり、怪訝な表情で斗和を見ている。
斗和は突然「もういいです!」と声を張り上げ、逃げるように水柱邸を後にした。
帰る道中、別に隠す必要はなかったなと思うのであった。