思いもよらぬことを聞かれ、斗和はしばし黙り込む。
「恐怖は当然ありました。ですがそれ以上の想いがあったんです。…私は本を読んだ時、どうしても生き抜いて欲しい人がいました。その人を助けたくて、その一心だけでここまで来たんです。呼吸を使えるかさえ分からなかったけれど、黙っていることはできませんでした」
斗和は前世の自分を殆ど憶えていなくとも、この世界のことはすぐに分かった。
それ程までに強い想いがあったのだと思っている。
「私はこれまで、先を知っている身なのに何もできませんでした。ですが、この先に起こる事をどうしても変えたいのです。あの人でなく私が代わりに死んで、それでもいいと思っています。お館様が今後どのような行動に出られるかは、お心次第でございます。本人しか知り得ないこと、知られたくないことを私は知っているのです。どんな理由があるにせよ、それは大罪に値します。どのような沙汰も謹んでお受けします。お館様、あまね様、皆様には大変申し訳なく思っております。またこれまでの数々のご無礼含め、心よりお詫び申し上げます。…長々と聞いていただき、誠にありがとうございました。私からは以上です」
斗和は丁寧に手を付き、額が畳に触れるほど頭を深く下げた。
全て話した。
どのような沙汰が下るのか、斗和は呼吸を整え待つ。
斗和が無限列車に乗ることができなくとも、他の柱に乗って貰えばいいことではある。
(確実に救いたい。柱を総動員すれば煉獄さんは助かる。だけど…)
斗和には、同時に気になることがあった。
今後の行動次第で、"それら"がどうなるか。
実のところ、一番不安視していることがある。
耀哉にはそれも伝えるべきなのか。
(以上です、って言ったけどまだ伝えなきゃならない…あーでもそれより、私はこれから斬首か切腹か…)
「…斗和、斗和。いい加減頭を上げて欲しい。話しができないだろう?」
「はいっ!…あ、すみません。…あの、斬首の場合は同期の音柱にお願いしていいですか?」
斗和は呼ばれていたことに気付き、慌てて頭を上げる。
そして斬首だと思い、要望を伝えた。
すると耀哉は呆れたのか僅かに怒っているのか、初めて見せる表情をした。
(まずい…!お館様から圧が感じられる。絶対に怒らない人だと思っていたけど、静かに怒るのが一番怖いよね)
斗和はゴクリと唾を呑み込む。
「勝手に決めないでくれるかな。斗和を斬首にするつもりはないよ。勿論追放もしない。この話しは誰にも教えはしない。私と斗和だけの秘密だ、いいね?」
「え、あの…よろしいのですか?私は得体の知れない人間ですし…」
「斗和にはこれまで通り柱を続けて欲しい。当初の約束通り九人揃って退いても、柱同様に動いて欲しい。柱の定員は九人だけど、本来は斗和にそのまま柱でいて貰いたいんだよ。だけどそこに、斗和の危惧していることがあるんじゃない…?」
「お館様!それはっ…」
斗和は思わず目を見開いた。
今まさに考えていることを、耀哉は言い当てたのだ。
そう──
斗和の不安視している点。
それは"事実を変えることにより、裏で起こるかもしれない反動"だった。
「斗和のこれまでの言動を思い起こせば、納得できるんだ。斗和は頑なに柱を引き受けなかった。三度目で渋々引き受けたけれど、九人揃い次第退くと宣言した。斗和、君は"知っている内容を変えた場合に、起こるかもしれない反動"…それを心配しているんだろう?」
見透かされていたのかと、斗和は言葉が出ない。
やはり耀哉は常人とは違うと改めて思った。
斗和は、観念したように口を開いた。
「…そうです。私には見て見ぬ振りをしてきた過去があります。変えることができなかったのではなく、しなかったのです…」
過去に起きた事柄が、斗和の脳内に再生されていく。
「私は起こることが分かっていても、何もしませんでした。花柱・胡蝶カナエは上弦ノ弐と対峙しましたが、そこへ柱を総動員したとして…勝つかどうかは分かりません。そして本来別の任務に行くはずの柱は、そちらへ行かなかった。結果、犠牲者は増えたでしょう。変えることの裏で別のことも変わります」
何でもそうだが、その時違う行動をすれば未来は変化する。
例えば、音柱・宇髄天元が里抜けをしなかった場合、鬼殺隊に音柱はいない。
遊郭の任務は別の柱が就くこととなり、その場合は上弦ノ陸を討伐できるのか分からない。
また、水柱・冨岡義勇が姉と共に鬼に襲われなかった場合。
鬼殺隊とは縁のない生活を送る。
物語開始時に炭治郎が会うのは、風柱・不死川実弥だったかもしれない。
そうなれば、禰豆子は頸を斬られる可能性が高い。
「言い訳になりますが、その時点でどう対処しても何らかの犠牲は出ると思ったからです。竈門炭治郎の一家を襲撃したのは無惨です。阻止しようとしても、犠牲が増えるだけだと分かりきっています。無惨を倒すには毒で弱体化させ、更に陽光を浴びせるしかありません。これらの条件が揃うのは、今後たった一度しかないのです…!」
斗和は途中から涙を流していた。
これまで分かっていても何もできず、何もしてこなかったのは事実だ。
はっきりと口に出すと、言い訳としか思えなかった。
上弦の鬼には、柱全員で対抗しようとも確実に勝てる見込みはない。
悪くすると全滅するか誰かが死ぬか、何人もが重傷を負うかだ。
簡単に軽傷で勝てる相手ではない。
あまりに危険だった。
それが理由だ。
だが斗和の本音は、誰かを救うことで別の誰かを失うことが怖かったのだ。
もっとはっきり言えば、特定の人物を失いたくなかった。
斗和は、己の醜い心情を改めて実感した。
耀哉は斗和の不安を理解し、頷く。
「斗和、今後君がどんな行動に出ようと何も言わないし、協力できることは何でもしよう。だから、私がどんな判断をしても見届けて欲しい」
「お館様…私は…」
「斗和は前世の記憶があるというだけで、私たちと何の違いもないよ。こうして生きて、柱としてよく頑張っている。それに、知りたくても知り得ないことを教えてくれた。無惨は必ず倒される。その事実が何より嬉しいんだ」
耀哉は慈しみの心で斗和を見つめる。
「目的のために思うがままにしてくれて構わないよ。こうして話すまでにとても悩み苦しんだだろう?…斗和、本当にありがとう」
斗和は涙が止まらない。
「お館様、お礼を言うのは私です。本当にありがとうございます。私からもう一つだけ…ご子息の輝利哉様は、少なくとも百十八歳まで元気に生きられますよ」
初めてみる耀哉の表情と涙に、斗和は心が洗われていくようだった。