斬首になる覚悟で耀哉に全てを話した翌日。
斗和は共同鍛錬場に向かった。
昼前だったので握り飯を持ち行くと、村田がいた。
ちょうど水の呼吸の技を出していたので、斗和は声を掛けずそっと見る。
村田の呼吸は義勇と同じ水だ。
だが、技を放った時に見える水が薄いのである。
斗和は当然それも知っており、本当なのかどうか確認もしていた。
(うーん…確かに薄いかな?でも鍛錬器具はすんなり斬れてるし、村田さんは何だかんだ強運だから…)
すると気付かれてしまい、来たなら声掛けてよ!と言われる。
「村田さん、いつぞやはお腹は大丈夫だった?今日はね、昼だからと思ってお握りを持ってきたんだけど、一緒にどうかな?」
「うん!食べる食べる!手を洗って来るよ」
斗和は握り飯をいつも多めに作るので、この日もたくさん作ってきていた。
村田は焼きお握りだと知ると、顔をほころばせて井戸に向かう。
鍛錬場の隅に二人並んで地べたに座る。
握り飯の包みを村田へ渡すと、直ぐさま紐を解き口へ入れた。
「いやーあの時は大変だったけどね。あのネチネチ説教した人、柱になったんだよな。蓬萊さんは会った?」
「うん、会った。そうだ私ね、事前に蛇柱の名前を聞いていたんだけれど、間違って呼んでしまったの。伊黒小芭内さんて言うんだけれど、伊黒生保内(おぼない)さんって。それだけならまだいいんだけれど、蛇柱様って呼ぼうとしたら今度は噛んじゃって。へべばしら様って…」
「へべばしら様!あははははは!やっぱり蓬萊さん面白いね!」
胡座をかいた膝を叩いてゲラゲラ笑う村田を見て、斗和は顔を顰める。
「もー村田さんてば他人事だと思って。笑えるかもしれないけど、そのあとずーっとネチネチ説教されたんだよ。途中で聞いているのか!?って言われて、聞いてなかったら更にネチネチと…。ちょっと村田さん、笑いすぎ!」
村田は話しの途中からずっと笑っている。
「あははは!今の"聞いているのか!?"の真似、似てる!あのネチネチを聞いてなかったなんて、それがバレて更にネチネチだろ?あはは、うっ!ゲホッグへッ!」
「ちょっと、大丈夫!?ほら水を飲んで。もうっ、笑いすぎるから咽せるんだよ!ていうか真似したわけじゃないんだけど…」
握り飯を食べながら笑う村田は、見事に咽せた。
斗和は水を渡し背中を擦ってやる。
(そういえば村田さんて、前にうちにご飯を食べにきた時も咽せたよね。あれは確か辛子が多すぎたんだっけ)
「うわっ、鼻にご飯粒が入ったかも!」
「何で鼻に入るの?もう、じゃあこれで鼻かんで…」
斗和と村田は、鍛錬場の隅でギャーギャー騒がしい。
そんな騒がしい二人の様子を、遠くから見ている人物がいた。
それまで道場にいた杏寿郎は、斗和の姿に気付き声を掛けようとした。
だが一人ではなく、やけに楽し気であった。
素を曝け出しているように見え、自分以外の男といる時はそんな顔もするのかと思った。
少なくとも、杏寿郎の前で斗和はあのような笑い方はしない。
杏寿郎の前では常に緊張しているような、遠慮がちに見えた。
(背中まで擦ってやるとは…随分距離が近いんだな)
杏寿郎は腹の底が蠢き、黒い淀んだ感情が込み上げる。
無表情のまま二人に近付いて行く。
「蓬萊殿!こんなところで奇遇だな!」
斗和が声の方を見ると、そこには杏寿郎がいた。
「煉獄さん…!お久しぶりですね、お元気そうで何よりです!」
立ち上がり挨拶をする。
斗和が杏寿郎に会うのは久しぶりだ。
相変わらず明朗快活で美丈夫で輝いている…そう思い見つめ、胸が高鳴る。
村田も柱の登場に、咽せるのもそこそこに慌てて立ち上がり頭を下げた。
斗和も柱ではあるが、村田にとっては同い年で気さくに話せる存在だ。
他の柱の前では、さすがに気さくになどできない。
緊張の面持ちでいる。
「珍しいですね。ここには柱の方は来ないのに」
斗和はそう言うが、それは自らにも当て嵌まっていることに気付いていない。
柱はそれぞれの屋敷に道場と広い庭がある。
わざわざ共同鍛錬場に足を運ぶ必要はない。
よって今日のように、柱が二人揃うことは滅多にないのだ。
「任務で一緒になった隊士から、稽古をつけてくれと言われてな。家より鍛錬場の方が近かったのでこちらに来たんだ。もう帰るところだ!」
杏寿郎は斗和に視線を注ぎながらも、隣にいる村田を視界の端で見定める。
「じゃあ任務あけすぐにここで稽古ですか!さすが柱ですね、体力が違います。お疲れ様でした」
斗和は尊敬の眼差しで杏寿郎を見つめる。
村田は先程から、斗和の言動に驚いてばかりだ。
(蓬萊さんてやっぱり変わってるなあ…)
「うむ!…ところで君たちも稽古か?」
杏寿郎は斗和から視線を移し、村田へと向ける。
端々から杏寿郎の圧を感じ取っていた村田は、気が気でない。
「いえ、さっき偶然会ったんですよ。ちょうど昼だから二人でお握りを食べてました。こちらは水の呼吸を使う村田さんです。同い年なので仲良くさせてもらってるんです」
「む、村田です…!」
居心地悪そうに挨拶する村田に、斗和は変だなと思った。
先程までの大笑いはどこへ消えたのか、完全に萎縮している。
杏寿郎は、斗和が手に持つ空の包みを見て、またもや腹の底が蠢く。
「…そうか。お握りといえば、この前の焼きお握りは様々な形で愉快だった。千寿郎が握ったのかと思いきや、蓬萊殿だとはな。うまかった、是非また作ってくれ!」
「はい!ではまた手合わせの時に連絡しますね」
杏寿郎は手を挙げ羽織をなびかせ、爽やかに帰って行った。
一瞬だけ村田に鋭い視線を送るも、気付いたのは村田本人だけだった。
斗和は杏寿郎を絶対に救うとその背に誓い、いつまでも後ろ姿を見つめていた。
「ちょっと…ちょっと蓬萊さん!何だよ今の!?」
村田が斗和に詰め寄る。
なぜ自分は敵対視されなければならなかったのか。
もしかしてと村田は問いただそうとする。
「何って、挨拶したでしょ?炎柱の煉獄さんだよ」
「それは知ってるよ!そうじゃなくて、今の分かったよね?俺に向ける目、見たでしょ!?」
「うん。煉獄さんの目ってすごく大きいよね。こう、キリッとしてて。私、羨ましい…」
「ちがーう!そうじゃなくてさ…」
村田は、全く気付かない鈍感な斗和に呆れるしかない。
斗和は訳が分からず首を傾げる。
「あ、あれじゃない?煉獄さんは、私に話しをする友人がいるんだなーって思ったんだよ。私、音柱に友人いないんじゃないかって思われてたんだ」
だから驚いたんだよと、斗和は笑う。
村田は、斗和の鈍感具合に更に呆れた。
どう見てもあれは杏寿郎の嫉妬である。
「てゆーかさ、炎柱の家に行ってお握り作る仲なの!?家族ぐるみで仲良しなの!?」
ねえ!ねえ?どうなの!と、村田は身を乗り出して聞いてくる。
「煉獄さんには手合わせをお願いしているから、家に何回か行ってるだけだよ。弟さんがいて、時間がある時にお握り作ったりしたの」
村田は腑に落ちないが、気付いていない斗和にこれ以上言っても仕方がないと諦めた。
その後互いに鍛錬に戻り、夕刻になりそれぞれ任務へと向かった。