蜜璃も加わり、後は無一郎が入れば柱は揃う。
着々と物語が始まる仕度が整っている。
斗和も、杏寿郎救済に向け本格的に腰を入れ動かなければならない。
だが、煉獄家に行っても槇寿郎と話しをするのが難しい。
やはり杏寿郎と千寿郎がいると、二人きりで話すことができないのだ。
斗和はこれまであれこれ理由をつけて会っていたが、さすがにもう限界だろうと考えていた。
そうなると、二人きりで会って話せる状況を作らねばならない。
槇寿郎を文で呼び出すか、酒を買いに外に出た時を捕まえる。
このどちらかだ。
まず呼び出しても応じるわけがないので、この案は却下だ。
となると、外に出た時を狙うしかない。
しかし斗和が四六時中見張っているわけにもいかないので、鴉の令和に頼むことにした。
耀哉に鴉をもう一羽手配して貰えば、任務伝令に支障はない。
日中は、煉獄家の近くの共同鍛錬場で待機すればいい。
動きがあった場合、即座に向かえるからだ。
斗和は早速、耀哉から鴉を手配して貰い、令和を煉獄家付近で待機させた。
斗和は、任務以外は共同鍛錬場で過ごすことにした。
共同鍛錬場の中には休憩室や炊事場があるので、しばらくそこで寝泊まりしたのだ。
「あれっ蓬萊様!?なぜ洗濯を…え、しばらくここで寝泊まりするんですか?」
「実はこの近くで偵察することになったんです。しばらく迷惑かけます、すいません」
管理しに来る隠には相当驚かれた。
共同鍛錬場に柱が毎日来ることはまず無い。
というか、まさか寝泊まりまでする隊士はいない。
変わってる人だと思われながら、それでも斗和は堂々としていた。
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──────
通い始めて五日目、令和が飛んできた。
ついにかと思い、斗和は鍛錬を止め向かう。
案内の先にいたのは、特徴的な髪色と着流し姿の、間違いなく煉獄家の男だ。
右手には酒壺をぶら下げており、酒を買いに行くところだと分かった。
「…槇寿郎様!こんにちは、奇遇ですね!」
斗和は、行く手を阻むように槇寿郎の前に立ちはだかる。
「!?お前…!」
槇寿郎は目の前に現れた斗和に驚き、睨めつける。
斗和は、彼に睨まれるのは慣れているので動じない。
「せっかくなので、あそこでお茶を飲みましょう!」
斗和はすぐ先にある甘味屋を指し強引に行こうとしたが、槇寿郎は無視して歩き出す。
「…五大呼吸は猿真似なんですか?」
斗和はすれ違いざまに呟いた。
「!?」
「日の呼吸に劣等感をお持ちのようですね」
槇寿郎はみるみる目を吊り上げる。
「貴様なぜそれを!?」
「甘味屋が嫌なら河原でも構いませんよ?」
淡々と告げると、槇寿郎は方向を変えて歩き出した。
斗和は黙ってその後に続く。
槇寿郎の背は酷く寂しく見え、様々なものを抱えているのだと感じた。
槇寿郎は話しを聞く気にはなったようだが、相当に機嫌が悪くなっているのが分かる。
斗和は無事に帰れる気がしなかった。
炭治郎のように殴られる可能性もある。
そう思い、万が一殴られ顔が腫れてもいいように対策を取ってあるのだ。
斗和はこの前、刀を整備に出した。
その時に担当鍛冶師の
斗和は日輪刀を二本持っており、普段使用している特殊形状の刀を整備に出した。
因みにその間は、一般的な形状の刀で任務を行っていた。
その為、刀鍛冶の里には行っていない。
そんなわけで斗和は、何があってもいいように、ひょっとこの面は常に持ち歩いているのだ。
(けど殴るなんて、さすがにそれはしないよね…?)
僅かに不安を抱えながら斗和は歩いた。
◇
槇寿郎は河原に着き、振り返ると何者だと問う。
「鬼殺隊の隊士ですよ。そしてあなたを変えたい人間です。…炎柱ノ書に書かれていた内容は、どうやらあなたに劣等感と恨みつらみを植え付けるものだったんですね。その頃奥様を亡くし、己の無力さを痛感し、情熱もなくし任務もおざなりになったわけですか」
「お前!なぜそれを、まさかお前は日の呼吸の…!」
槇寿郎は目を吊り上げ、恐ろしい顔になっていく。
「私は土の呼吸しか使えませんよ。…あなたが炎柱に誇りを持ち情熱があったが故に、炎柱ノ書に失望し破ってしまったのは分かります。やさぐれるのも分かります。…ですが、いつまでそうしているおつもりですか?何年も、いや十年くらいになるのでは?二人の息子に冷たく当たり、父親としても失格です。…奥様が天国で泣いていますよ?」
斗和がそこまで言ったとたん、槇寿郎は突っ込んで来た。
斗和は敢えて何も抵抗しない。
槇寿郎は斗和の胸倉を掴み、地面に叩きつけた。
即座に受け身は取るも、さすがは元柱である。
速さも力も一般人の比ではない。
斗和は考えた。
ここから一言でも喋れば殴るだろうか、と。
これ以上
人を変えるということは、それ相応の代償がつきものだ。
斗和は喉元を押さえつけられている為、非常に苦しい。
「お前は一体何者なんだ!?俺しか知らないことをなぜ知っている!?さっさと吐け!でなきゃ殺すぞ!」
槇寿郎の顔は恐ろしい。
怒りで殺気まで放っており、斗和は本気で殺されそうだと思った。
「それを言ったらあなたは悔い改めるんですか!?やる気を取り戻して、杏寿郎様達に歩み寄ってくれますか!?…変わらないでしょう!?私はあなたに冷たく当たられ、蔑ろにされている杏寿郎様と千寿郎様を助けたいだけです!」
斗和は強く訴えた。
「あなたの苦しみはあなたにしか分からないでしょう。…あなたはこれ以上家族を失いたくないから、杏寿郎様を辞めさせたいことも分かります。危険に晒したくないから…奥様を亡くしてから、あなたは失うことに怯えている。だからあんな態度をしているんです。だけど、いつか取り返しがつかなくなった時に泣いて後悔します!そうなって欲しくないから…っ」
「得体の知れない小娘が!!知った口をきくな!!」
「!」
ボグッと鈍い音がし、斗和の口内に鉄の味が広がり右頰がじんじん痛む。
左拳なので手加減はしたと思われる。
だが相当に痛み、斗和は思わず生理的な涙が滲む。
「っ…」
斗和は槇寿郎に殴られた。
想定内とはいえ、やはり殴られるのは腹が立った。
「…あなたは失う辛さと、終わりのない危険な任務を誰より知っている。無駄だとそう思うのも無理ないです。だけど、大した才能もない、努力しても無駄だと…どうしてあれ程頑張っている息子に言えるんですか!?あなたが打ちひしがれていても、杏寿郎様は違います。彼はずっとあなたの背中を追いかけて来たのです。何があろうと己の責務を成し遂げます。彼を否定しないで下さい!その想いを支えて愛情を注いで下さい!愛した奥様の遺した子を誇りに思って下さい!お願いです、槇寿郎様!」
斗和は、一瞬たりとも目を逸らさず言い切る。
すると槇寿郎の双眸が揺らぎ、押さえ付けていた力が弱まった。
斗和はその隙に転がり、すり抜ける。
槇寿郎は、片膝を着いたままの体勢で俯いている。
「…私は十四歳の時にあなたに命を助けられ、心より感謝しています。あなたはとても強い。誰かを救うことができる。それを誇りに思って下さい。…それから最後にこれだけは言わせて下さい。…いい加減目ぇ覚ませクソじじい!」
斗和は、泣きながら河原を後にした。
殴られた右頰と口内が痛む。
予想はしていたが、かなりきついものがあった。
それは頬の痛みよりも、胸の痛みだ。
槇寿郎は苦しくつらい思いを長年してきた。
それでも彼は孤独ではない。
素晴らしい息子が二人もいる。
どうか二度と後悔しないようにと願った。
「うわ…血がすごい」
口に手拭いを宛てれば血に染まった。
口の中は血だらけだが、歯が折れていないことは幸いだった。
折れていたら正真正銘、醜女(しこめ)の中の醜女になってしまう。
斗和は少しばかり安堵した。
(腫れるだろうな…お面を貰っておいてよかった)
槇寿郎はあのあと静かになった。
斗和が言えることはあれが全てだった。
これ以上はもうどうにもできない。
だが万が一、杏寿郎達に接近禁止命令を出すかもしれないと思った。
「あの得体の知れない小娘とは会うな!」
「うちの敷居を跨がせるな!」
これらは槇寿郎の言いそうなことである。
とたん斗和は、怖くなった。
これから杏寿郎と会うのが怖いのだ。
もし嫌われたらと、今更ながらにこの行動の重大さを考える。
後先考えずに動いてしまったのではと、落ち込んだ。