実弥と共に呼ばれた助っ人任務の数日後。
斗和は、一般隊服に新調した若緑の羽織を着て、甘味屋に来ていた。
以前、初めて村田が声を掛けた甘味屋である。
みたらし団子と栗羊羹が美味しいという店で、今日は手土産にする為の菓子を選んでいた。
斗和は前回、野良着姿で恥ずかしくて入れなかった。
今回は一般隊服なので堂々と店内に入り、品書きを一通り見る。
注文したのは、おはぎ二個と芋羊羹だ。
それを持ち、目指す場所は風柱邸である。
斗和は数日に渡りよく考えた結果、自分は実弥を不快にさせすぎていると結論が出た。
毎回会う度に和やかに終われないのは、実弥が悪いのではない。
非があるのはこちらだと、斗和は思った。
こうも毎回穏やかでないのは、さすがにつらい。
斗和は今回こそはと思い、実弥の好物・おはぎを持参し屋敷に赴く。
ところが町を出たあたりから雨が酷くなり、更には突風が吹き傘が見事に壊れた。
「あーっ!やだ傘が…」
ここで傘が壊れるのかと、運の無さを呪う。
半端なところで引き返すわけにも行かず、斗和はとにかく風柱邸まで走った。
雨風に耐久性のある隊服だが、横殴りの雨では効果をなさなかった。
斗和は見事なまでに、頭からつま先までずぶ濡れになる。
それでもどうにか土産だけは死守した。
◇
斗和は門を潜り玄関を叩く。
少し経つと家主が扉を開けた。
斗和の姿を見て驚き、すぐに家に引き入れる。
おはぎだと渡せば素直に受け取り、待っていろと足早に奥に消えた。
斗和は完全に濡れた頭の手拭いを絞り、髪や顔を拭く。
すると、桶を持った実弥が戻って来た。
渡された桶の中には真新しい手拭いがたくさんと、男物と思われる着流しと帯が入っている。
これに着替えろと部屋に押し込まれそうになるのを、斗和は畳が濡れるからと断る。
だが、さっさとしろと凄まれたので大人しく従うことにした。
襖が閉められたとたん大急ぎで羽織や隊服、サラシや下穿きすべてを脱ぎ桶に入れる。
素早く真新しい手拭いで体を拭き、着流しを身に付け帯を絞める。
丈が長く、少しばかり畳を擦っており踏んづけて転びそうになった。
斗和は下穿きまで濡れていたので、裸に着流しを纏っている状態だ。
この格好は果たしていかがなものかと思うも、致し方ない。
ともかく実弥は善意で貸してくれたわけで、早く乾かしてお
斗和は髪を解き水分を拭き取りながら、桶を持ち部屋を出た。
「不死川さーん?…あ、着替えありがとうございます。隊服を干したいのですが、場所はありますか?」
「俺がやるから髪乾かせェ」
実弥はそう言い、斗和から桶を奪い取った。
「いや、でも!下穿きが入っているので自分でやります!」
実弥は驚いたのか気まずそうな表情をすると、ついて来いと先立って歩く。
顔が少し赤かった。
室内干しをする場所を案内した実弥は、終わったら居間に来いと告げる。
◇
斗和は手早く干して居間に行くと、座卓に持参したおはぎと芋羊羹があった。
慣れた手つきで茶を煎れる実弥は、道着姿だった。
斗和は、実弥の隊服以外の格好は初めて見る。
「もしかして道場で鍛錬していました?お邪魔した上に着替えまで、本当にありがとうございます。お茶、いただきますね」
「こんな雨ん中、土産持参でどうしたァ?つーか貰っといてアレだが、何でまたコレなんだァ?てめェは嫌いなんだろォ」
実弥は面白くなさそうに斗和を見遣る。
実弥の好物はおはぎである。
貰えば嬉しいはずだが、好きだとは絶対に言わないのが彼らしい。
「ですから、以前夢で不死川さんがおはぎを美味しそうに食べているから…実際のところどうなんですか?」
「んなもんどうでもいいだろォがァ!」
「甘いものが好きなのは悪いことじゃないですよ!私もさつまいもが好きだし、煉獄さんだってさつまいもは大好物なんですよ」
「ハッ、だから芋羊羹ねェ…」
二人の間にはしばし沈黙が流れる。
「…不死川さん、この前の柱合会議で手合わせのことを言っていましたよね。…私はただ強くなりたいだけです。柱に手合わせを頼めば実力も把握できるし。悲鳴嶼さんにもお願いしたんですけれど、女から申し込まれたのは初めてだと戸惑ったようで。断られてしまいました」
「悲鳴嶼さんにまでかよォ、そりゃあ戸惑うだろうなァ」
「私の育手も元岩柱で体の大きな人だから、そこで修行してきたしできるだろうと思ったんです」
斗和は、今より体のできていない十二歳の時に修行をした。
育手である元岩柱は、常に片腕で対応していた。
それでも力を相当抜き、かなり手加減していたのだ。
土の呼吸を派生させてからも、技を撃とうと決して敵わなかった。
体格差のかなりある師弟だったが、斗和は見事に最終選別を突破した。
柱となった今ならば、行冥と対等に渡り合えるのではと思ったのだ。
単純に、柱最強と手合わせしたい願望もある。
しかしその考えは、傍からすれば変わっている。
そもそも鬼殺隊の歴史の中で、岩の呼吸を会得しようとする女はいなかった。
男でさえ、持って生まれた体格がなければ会得は不可能だった。
今の柱では、音柱・宇髄天元ならば可能かもしれない。
とにかく、普通に考えて女には到底無理なのだ。
斗和は、最強である称号が欲しいわけではない。
杏寿郎を死なせない為の力が欲しかった。
鬼殺隊最強である、悲鳴嶼行冥と同じ岩の呼吸を。
そう考えるのは至極当然であった。
「てめェはおかしな奴だなァ。…こんな細ェ手首してんのに、俺のより重い刀振り回して…」
「!」
そう言うと実弥は、斗和の右手首を掴みまじまじと見る。
斗和は握られた手首が熱くなり、鼓動が早まる。
「細くないですよ!私は子供の頃から農作業をしているから、それなりに筋肉はついています。男並に力はあるし、体重も腕も足も胡蝶さんや甘露寺さんみたいに女らしくない…。不死川さんは背負ったから分かるでしょう?」
斗和は捲し立てると、真っ直ぐ見つめている実弥と目が合う。
ドキリと心臓が跳ねた。
「だがてめェは女だァ」
「きゃっ!」
徐に実弥に腕を押され、斗和は倒れ込んでしまう。
両手首を畳に縫い付けた実弥が、斗和に乗りかかっていた。
「あ…の…これは…」
斗和は逃れようにもびくともしない。
実弥が知らない人のように思えた。
「いくら男並に力があろうと…こうやって男に組み敷かれれば逃げ出せねェ…」
斗和は、胸がトクンと鳴る。
実弥は、これまでに見せたことのない顔で斗和を見下ろしている。
苦しそうな、耐えるような瞳だ。
見下ろす両眼は熱く揺らめいており、視線だけで焼かれそうだと斗和は思った。
どのくらいそうしていたのか。
玄関を叩く音と、実弥を呼ぶ声がした。
斗和に跨がっていた実弥は素早く離れ、居間を出て行ってしまう。
斗和はしばらく呆然とし、仰向けのまま天井を見つめていた。
(今のは何…?)
「ふーっ……っ!?」
斗和は息を吸い込んだ瞬間、心臓が強く跳ね痛みがはしる。
(苦しい…)
同時に喉の奥がつかえ、横向きになりそのまま目を閉じた。
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斗和は、乾いた隊服に着替えながら自己嫌悪に陥る。
(やってしまった…)
またもや風柱邸で眠りこけてしまったのだ。
玄関を叩く音で実弥がいなくなった後、斗和はいつの間にか眠ってしまい先程起こされた。
いつぞや眠っていた部屋で、布団に寝かされていたのには驚いた。
服が乾いたと手渡されたが、当然下穿きを見られたわけで、恥の上塗りばかりしている。
なぜ二度も眠ってしまったのか。
斗和は今日、これまでの詫びの土産を持参したはずだ。
だがずぶ濡れで訪ね、着替えまで借りた。
更には乾くまで家に居て、挙げ句寝てしまったのだ。
斗和は、自分は一体何をしているのだと落ち込む。
雨の日に行ったのが間違いだったのかと思うが、最近は晴れの日が少ないのでいつ行こうが同じだった。
着替え終わり玄関へ行くと、実弥から新しい傘を渡される。
斗和は借りた着流しを洗って返すと言えば、実弥は必要ないと言う。
世話になりすぎてそれはさすがに譲れない為、即座に着流しを後ろに隠した。
「これは今度お返ししますね。本当に何から何まですみません。ありがとうございました」
「風は大分おさまったが気ィ付けろよォ」
「はい。…煉獄さんも冨岡さんも強いけど、やっぱり不死川さんとの手合わせが一番鍛えられそうです。毎回負けるから、いつか勝ってやろうと闘志に火が点きます。だからまた近いうちに手合わせをお願いしますね!では失礼します」
斗和は頭を下げ、風柱邸を出た。
◇
自宅までの道中、斗和は歩きながら先程のことを考える。
実弥はいつも通りだった。
だが脳裏に何度も蘇る、熱を帯びた大きな両眼。
あのようなことをされたら、実弥を男だと意識してしまう。
「てめェは女だ」とはどういう意味なのか。
なぜあのような目で見つめるのか。
(何だか胸が苦しい…)
斗和はそっと胸を押さえた。