思えば少し前からおかしかった。
たまに喉がつかえたような妙な感覚になり、すぐに元に戻るので気に留めていなかった。
だが気のせい、もしくは何でもないと思えなくなってきた。
心臓がおかしい。
鬼殺隊の隊士は、全集中の呼吸で飛躍的に身体能力を上昇させている。
体中の血の巡りと、心臓の鼓動を速くする呼吸法だ。
体温も上がり、血液中に酸素を沢山取り入れ心肺を大きくすることで、骨と筋肉が熱くなる。
当然私も常時使用しているわけだが、これがたまに乱れるのだ。
意識して乱すなどするわけがない為、勝手にである。
感情の問題で、驚いて心臓が跳ね上がるのかと思ったこともある。
だが、そんな誤魔化しはきかないくらいそれは起きていた。
"何でもない、気の所為だ"
必ずそう言われると信じ、私は町医者に行くことにした。
最初は蝶屋敷と思ったが、余計な波風は立てたくない。
隊士や隠など、関係者に見つかってはならないからだ。
継子だった亡き佳成との温泉任務以来の着物を着て、顔に化粧を施すと町へ出た。
傷のある左半分を襟巻きで斜めに隠し、急ぐ。
歩き難い着物に慣れるはずもなく、予想以上に時間がかかる。
すると、前方から見知った男女二人が並んでこちらに向かってきた。
まずい…!
目立つ桜餅のような髪色と、胸元が開いた奇抜な隊服の女性。
そしておかっぱざんばら頭で白黒の縞模様の羽織に、首に白蛇を巻いた男性。
いつの間に町を並んで歩く仲になったのか。
あ、あの黄緑の靴下は確か伊黒さんが甘露寺さんに贈ったとかいう…
なんでもいいけれど、頼むから気付きませんように。
さり気なく二人とは反対側の、斜め下を見るように歩き通り過ぎようとした。
「あらぁっ!?偶然ですね!お買い物ですか?」
気付かれた…!
甘露寺さんが話しかけてきた為、やむなく立ち止まる。
「え、あっ、どうもこんにちは。まあそうですね…」
気付く人は気付くんだな。
不死川さんみたいに全く気付かない人もいるのに。
「甘露寺、こちらは知り合いか?」
おかっぱざんばら頭の、もとい伊黒さんがこちらを見ながら甘露寺さんに尋ねる。
「いやだわ伊黒さんたら!蓬萊さんよ」
「こんにちは…」
とりあえず会釈をすると、伊黒さんは目を何度もぱちくりさせ私を見た。
「!?…蓬萊?…蓬萊なのか!?…信じられん、どこの女人かと思ったぞ」
「はあ、そうですか。お二人は逢い引きですか?」
「あらあっ!私達そう見えるのかしら?ねえ伊黒さん!」
「…そ、そうだな」
二人とも顔を赤らめ恥ずかしがる。
伊黒さんは俯いて汗をだらだらかいているし、なかなか珍しいものを見た。
「すみません、先を急ぎますのでこれで失礼しますね」
私は早々に切り上げ、医者へ向かった。
◇
一通り検査し、医者から告げられた言葉に頭が真っ白になる。
【脈が乱れて不整脈になっている。心機能も二十歳の若者にしては低い。おそらく先天的に心臓が常人より弱いのだろう。心臓に負担をかけることはしてはならない】
幼少期から農作業をしてきた私の心臓が、常人より弱い?
まさかそんなことはありえない。
不整脈?
ありえない、たまたまだ。
少し疲れているだけだ。
医者の話す内容を聞き流し、金を払うとさっさと帰宅する。
医者の言うことなんて信じてたまるもんですか!
少し疲れているだけ、それを大袈裟に……!
腹が立ち着物を乱暴に脱ぎ捨て、野良着隊服に着替えた。
焦燥感が襲うのを振り払うように、何も考えないようにがむしゃらに刀を振るった。
夕刻になり警備区域の見廻りをし、朝方帰宅するとすぐに床についた。
何も考えたくない、何も。
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──────
夢を見た。
いつもみる映画館から始まるそれは、今日は全く違うものだった。
白い部屋。
難しい顔をした白衣の医者が告げる言葉。
それはまるで、日中にあの町医者が言ったことと酷似している。
聞き慣れない専門用語が、つらつらと医者の口から出る。
以前の私は心臓が悪かったのか。
ならば今おかしいのはその名残だとでもいうのだろうか?
だけど、以前の私は二十九歳。
心疾患はまず考えられない年齢だ。
生まれつき悪かったのか、何なのか。
なぜ悪くしたんだろう…?
とりあえず記憶がそこまでしかないことを考えると、死んだのも同じ二十九歳だと思われる。
なぜ死んだの?
どれだけ悪かったの?
当たり前の疑問が浮かんだところで場面は映画館に移動した。
煉獄さんの凛々しい顔が視界に入る。
そこで今までにない頭痛が起こり、目の前が暗くなった。