↑ 表紙。【挿絵表示】部分をタップすると見られるようです。
↓ 本編。文字数確保のために行なった投稿ですが、内容、制作姿勢ともに真面目です。イラスト閲覧を目的とする場合、読む必要はありません。
『 異世界は減点対象 』
南々浦こんろ
その日の夕方、大学院に隣接する研究室の扉をガツッ、ガツッとノックしてくる音はかなり控えめだった。
指示した時刻ぴったりではないが、その響きの調子からは、根拠のない自信に満ちている生意気盛りな学生に特有の 「 言われた通り来てやったぞ 」 と開き直るような無遠慮さはうかがえない。
教授は威厳に満ちた声で 「 入りたまえ 」 と応じながら、この分ならば才能の伸ばし方を勘違いしている教え子へのアドバイスが徒労に終わる事はないだろう ─── と、教職に
「 失礼します ‥‥‥ 」
首の全体をそれと判るほどすくめ気味にして、一人の学生が入ってきた。
大人数の中で機械的にノートを取りながら聴いていれば良い講義とは違って、教授と一対一で話すのに慣れていないのだろう。 緊張で首だけでなく、体も不必要に硬く小さく縮こまっているように見える。
この様子では言い方に気を付けないといかんかもしれんな、と教授は意識的に声の張りを抑えて態度を
教授は言葉を選んで話し始める。
「 君が提出した作品を ‥‥‥ あー、小説を ‥‥‥ 読んだよ。 先に言っておくと、悪くない 」
学生の顔に血の気が戻るまで待ってから、肝心な部分へと続けていく。
「 だがこの感想はあくまで、風変わりで興味深いという域に留まるものだ。 つまり、正統的な現代文学として高い評価を与える事を意味しない。 私としては、今期の課題にはもうひとつ別の作品を書いてみる事をすすめるよ 」
そう言い渡された学生の肩の上部周辺が、失望によっておののく
「 どうかね ? 」
「 ‥‥‥ 」
返事をせず黙り込んでしまった学生から何とかして反応を引き出そうと、教授は著者である学生自身に作品を語らせる事で助言者から聞き手に回ろうとした。
冊子の形にまとめられている手元の課題を学生の目の前に置き直し、大きく印字されたタイトル部分を穏やかに指し示してみせる。
「 君の作品だ。 作品名は、あー ‥‥‥『 俺が転生したら魔龍剣聖王レベル 5
「 いいえ、異世界ファンタジーです ‥‥‥!! 」
ここは
「 主人公はパッとしない平凡な少年なんですけど、この世界で死んで、だけど、異世界に転生するんです。 そう、そこは全てが、そう、本当に文字通り
自身の生み出したイメージを伝えきれず絶句してしまう学生に向けて、教授がトトトン、と机を叩く快活な音が響いた。 講義の時に注目を促す時の、学生たちにはお馴染みのリズムだ。
不思議とそれだけで、部屋の空気はやわらいだ。
「 失われた命が記憶と
教授の見せる親しげな
「 異世界という物語の舞台にしても、残念ながら科学的にはまだまだ概念上の存在に過ぎない。 そういった
ありふれた建築様式の天井を見上げ、相手と自らを代わるがわる指差し、国定教材書籍の並ぶ本棚を背に、ゆったり腕を広げる。
こんな感じで、珍しさとは無縁の、どこにでも存在していそうな ───
「 ‥‥‥ 普通の ? 」
学生の体から気構えが消えて、素直さのある口調でごく自然に発せられた一語が、根気良く悩む振りを続ける教授の発言を引き取った。
─── 普通 ─── 。
その言葉を学生から自発的に、そして肯定的に口にさせた時、説得は完了していた。
学生は
後はもう、教授はうなずくだけで良かった。
‥‥‥ やれやれ、課題として提出して来るのが、なんと異世界ファンタジーとは! 参ったな! 現代文学もいずれライトノベルと一緒にされて、両者の区別がつかなくなる日が近付いているらしい ‥‥‥ 学生の去った研究室で、再び一人に戻った教授は全ての側腕をがさがさと頭上に集めて球形の空間力場を作るとその中心に溜め息混じりの
こうして普段通りに体を中空に固定した後、リラックスするために冷発光を始めた副
廊下に面した採光窓から何色かの明かりがもれ入って来るのは、やや不本意ながらも落第を
しかし 『 人間 』 とは ‥‥‥ また奇妙な生物を考え出したものだなあ。 もしもそんな生命体が実在して、あの物語と世界が現実に ‥‥‥ いやいや馬鹿げている、と教授は不覚にも空想しかかる自分を心の中でたしなめた。
この世界だろうと異世界だろうと、耳と眼が偶数の生物など有り得ない。
終わり
↑ シンシナティ・ベンガルズファンのためのマスコット、【 がるる君 ( 仮 ) 】
投稿成功。イラスト表示成功。こちら静かの海。