ルルーナ・ゼンティアは考える。
盾に必要なもの。
盾に求められるもの。
それは、堅牢な防御力。
何かを守りたいという強い意思と、全てを受け止めるだけの強さ。
そしてもう一つ、いかにその盾を信頼できるか。
自分が心から信頼をしていなければ、どんな盾であろうとも、盾としては不完全。
それを踏まえた上で。
「……どーしたもんかね、これ」
ルルーナは自らが身に付けている盾を見ながら、溜息をつく。
その両腕が装備するのは、自らのエクシード能力によって生成される盾シュッツリッタではない。
金色の分厚い縁取りと、盾中央部に大きく髑髏があしらわれた悪趣味極まりない不気味な盾である。
どうしてこうなったかは、ルルーナにも分かっていない。
ごく普通にエクシード能力を発動したら、この盾が出てきてしまったのだ。
「私のシュッツリッタは何処に行ったのさー」
身に付けた盾に溢すように吐き捨てる。
デザインで武具の良し悪しを決めるのは愚か者のする事だが、それにしたってこれは酷い。
髑髏が何とも禍々しく描かれていて、いかにも呪われていそうな雰囲気。
自身が盾のエクシードを持っているために、大抵の盾ならばその材質や強度などはおおよそ把握できるのだが、この盾はそれすらも不明瞭だ。
「……うーん……」
盾を二つ装備し、姿見に己を映し出す。
やはり全くしっくり来ない。
だが現状は、これで戦う他どうしようもないのだ。
意を決して、ルルーナは家を出る。
願わくば、どうか。
見せかけだけの盾でないことを祈りながら。
一日を終え、ルルーナは自室のベッドへと倒れこむ。
幾ばくかのブルーミングバトルをした後に、プログレス専門の医師から診察を受けたところ──能力の一時的な暴走という診断が下った。
医師曰く、放っておけばそのうち正常な状態に戻るらしいがそれがいつになるかは分からない。
グリューネシルトの軍人達が自分のエクシードで作り出す武器は、言ってみればその人間の象徴である。
思想、主張、闘志、願望──その武器に秘めるものに差異はあれ、自らの想いを具現化した武器を手にその身一つで鎬を削る。
故に、グリューネシルトの軍人は強いのだ。
ただ単純に強い武器を作り出せればいいのではなく、その武器を用いて直接戦わなければならないのだから。
当然、生き残り勝利し続けるためには、手にする武器の性能を十全に──否、それ以上に発揮させなければならない。
だと、言うのに。
「ほんっと、分かんないって。なんなのこれ……」
今日一日使ってみた感想としては、シュッツリッタとほぼ同じようなものだった。
つまり考えられる可能性としては──シュッツリッタとしての性能はそのままに、外見だけが変わってしまったという事になる。
盾とは、すなわち守るもの。
守る事に長けているのならば、どんなものであれ関係はない──そう思っていた。
そう思っていたのだ、こんな事になる前までは。
どうやら存外、自分は好みにうるさかったらしい。
自分の手にする盾を見て気が滅入る日が来るなどと、想像さえしていなかった。
「……うー……」
ルルーナが小さく唸る。
時計を見れば、日課である盾の手入れの時間になっていた。
だが。
「…………」
何と言うか、見たくないし触りたくない。
そもそもの話──ルルーナは妖怪だの化物だのそういった類いの物が嫌いなのだ。
当然髑髏もその範疇に含まれているというのに、何故よりにもよって愛用の盾がそんなものに変わってしまっているのか。
「…………え?」
それは、ほんの小さな──けれど、決して見過ごしてはならない違和感。
どくん、と確かに跳ねる敵意の鼓動。
何かが、いる。
転がるようにして部屋を飛び出して、一気に外へと躍り出る。
振り返った背後は空白──否。
「……出てきなよ。そこにいる事くらい分かってるからさー」
ゆらり、と空間が揺らめきそれは姿を現した。
濃紫色の、無機質な肉体。
顔面には何も存在しない化物──ウロボロス。
どくんどくん、と。
盾を仕込んでいる両腕が、痛いくらいに疼いている。
ルルーナは腕に意識を集中させ──。
「行くよ──シュッツ・リッタァァ!!」
力の限り、吼える。
具現化する盾は、不気味極まりない髑髏の盾。
襲い来るウロボロスの一撃を、その盾が受け止める。
「全然、好みのデザインじゃないけど──好き嫌いを言ってる場合じゃないからね」
グリューネシルトの軍人が用いるエクシード能力は武器の生成であるが──その能力の真価は強化にある。
己の存在を武器へと賭すごとに、その硬度は、強さは呼応するように跳ね上がっていく。
今のルルーナの盾もまた、持ち主の激情を受けてその強さを増しているのだ。
余程の手練れが相手ならばまだしも──そこらの敵を相手取って遅れをとるほど、その盾は脆くない。
激しい音を立てながら、その悉くを防ぎ弾き返す。
都合のいい救援などは望めない──ならば、この敵は自分がここで叩き潰す他にはない。
「(けど……)」
少しきついかもしれない、と内心ルルーナが歯噛みした。
そもそも盾は守るためのものであり、攻撃をするためのものではない。
盾とて機会があらば攻撃に転じることはできるが、それも今の状況では望めまい。
盾を持つ手に、汗が滲んでいく。
形のない焦燥がじくじくと、身体の芯から沸き上がってくる。
いずれ、押しきられる。
それは予感ではなく、遠くないうちに確定した未来。
だが、それでも。
「やるだけはやらないと、軍属の名折れってね……!」
自らを鼓舞して、再度盾を掲げる。
その瞬間。
「…………え?」
髑髏の紋様──その両目が赤く不気味な光を発した。
あまりの眩さに、思わずルルーナが目を閉じる。
「────!」
ウロボロスが、咆哮じみた機械音をあげ始めた。
絶叫の如き轟音に、耳がつんざく。
風圧に身体が圧迫され、視界がぎしぎしと歪んでいる。
赤い閃光とウロボロスの咆哮──相反する二者はぶつかり合い、そして。
「…………」
空間が静寂を取り戻す。
耳を切り裂くような轟音はもう聞こえず、目を焼くような眩い閃光ももう見当たらない。
眼前には、完全に動かなくなったウロボロスが一体鎮座しているだけだ。
「終わった……のかな?」
ルルーナが慎重に、ウロボロスへと近付いていく。
よく見てみると、完全に機能を停止したわけではないらしい。
その四肢はいまだに未練がましくぴくぴくと動いており、放っておけば再度動きを取り戻すことは明白だ。
「じゃ、終わりにしよっか」
手にした盾に力を集中し、裏拳の要領でその盾を顔面へと叩き付ける。
「────!」
ウロボロスの顔面に亀裂が入り、崩れ落ちてゆっくりとこの世界から消失していく。
全てが完全に終わった事を見届けてから、大きく一つ。
ルルーナは安堵の溜息をついたのだった。
それから、まもなくして。
ルルーナの盾は、完全に元の姿を取り戻していた。
あれは一体なんだったのだろう、ルルーナは考える。
あの時、ウロボロスの気配に気付けたのはあの盾が敵の気配を訴えてきたから──そうでなかったら、後手を踏んでもう少し厄介な事態になっていたのかもしれない。
更には、そのウロボロスとの戦いの最中に発せられた赤い光。
恐らくは対象を強烈な麻痺状態へ追いやる能力──それも特務隊の監視官であるユニ・ジェミナスが有するような、かなり強力な効能。
「まー……アレに助けられたってことか」
勿論、シュッツ・リッタにそんな能力などない。
あれは紛れもなくあの盾の能力で、あれに自分は救われたのだ。
いまいち釈然としないが、まあ仕方の無いことなのだろう。
何しろ、詳細を調べる前に音もなくあの盾はこの世からその姿を消していたのだから。
「ちょーっと、勿体無いかな」
愛用の盾を見ながら呟く。
あの能力が自由に使えるのなら、より自分は強くなれると。
「────」
ルルーナが部屋を飛び出して、駆け出していく。
もっと遠く、もっと先へ。
より多くのものを、守るために。
これより数ヶ月後、ルルーナは新たな力を身に付け、よりその名を馳せる事になる。
勿論、そんな事は今のルルーナが知るよしもない事だが。