タイトルだけを見ると、エロいお話でも違和感ないですね! エロじゃないですけどね!
「……うーん……」
風紀委員室で、男が一人苦い顔をしていた。
視線の先には、一つの首輪。
それを見ながら男は、つい先日に引き起こされた惨劇を振り返る。
隷属の首輪、そう呼ばれるこの首輪が起こした──とある天使の暴走事件。
この場所から始まったその騒動は全校を巻き込み、最終的に何枚もの反省文を書かされる羽目になったのである。
「……ほんと、何だよこれは」
魔女と女神の解析によると、これは現代世界には存在し得ない──遥か古代の魔術道具らしい。
高位の魔女や女神たちの力を用いてようやく封印され力を失ったそれは、本来ならばこの世から消失させられる筈だったのだが。
「面白そうだから、お前が持ってろ」
と、とある魔女の余計な一言によって、半ば押し付けられるような形で現在に至るのである。
「そりゃあの人にとっちゃ愉快だろうけども」
こっちからしてみれば不快以外の何者でもない──男が頭を抱えて突っ伏すと、誰かが扉を開く音がした。
「ああ、君か。人の気配がすると思ったら」
そう言いながら入ってくる少女、クラリスの視線が机上の首輪を捉える。
「……先日は、すまなかったな」
目を伏せ、言葉を紡ぐクラリス。
「これは一体、何だったんだ?」
クラリスの記憶にあるのは、手にした瞬間に紋章が輝いた事。
その瞬間に、まるで自制が効かなくなった自分の姿である。
それが一体どのような原理でもたらされたことなのか──事件が終わってから一週間、クラリスの頭には疑問が残り続けている。
「俺が聞いた話だと、"魅入られた者の肉体に、強力な暗示をかける"らしい。縛られるのは肉体だけで、精神に影響はない……はずなんだが」
男が視線をクラリスに移して。
「……思いっきり、精神に影響を及ぼしていたよな。アレ」
「……そうだな」
二人揃って、ため息をつく。
首輪の解析結果を伝えてきたのは、押し付けてきたあの魔女である。
何かまだ一つや二つ、隠された事実があってもおかしくはない。
「……気になるな。もう一度、
首輪を持って、立ち上がる。
そのまま教室を出ようとする男を、クラリスが制した。
「だったら私が行こう。……その首輪の影響を受けたのは私だ。ならば私に知る権利がある。違うか?」
いつにないクラリスの物言いに、男はわずかに気圧される。
「……じゃあ、頼むよ。正直俺、もうその首輪見るの嫌だし」
首輪を掴んで、クラリスが足早に教室を後にする。
怒りかそれとも別の感情か、何とも形容しがたい気配を纏った足取りで。
クラリスが、長い廊下を歩いていた。
つい先程言われた言葉を、彼女は思い返す。
──あの首輪の呪い? "魅入られた者の肉体に、強力な暗示をかけて行動を支配・強制する"──
──自制が効かなくなった? あいつにあの首輪をつける事で、あいつを自分のものにしようと思った?
──それは貴女の身体に、
「……はぁ」
クラリスはため息をつく。
言われた内容が、あまりにも自分の予想通りで。
何となく、気付いてはいた。
あの日、首輪に魅入られた瞬間から生じた衝動。
彼を自分だけのものにしたい。
あの首輪を装着させることができれば或いは、それが叶うのかもしれないと。
それは天使としても、騎士としても恥ずべき思考。
本来の自分であれば絶対に良しとはしないであろう、そんな手段を用いようとしてまでも。
「私は……彼の事が」
呟いて、視線を窓へとやる。
ひどく曇っていて、今にも大雨の降りそうな空模様。
まるで今の自分のようだと、クラリスは一人自嘲する。
──初めは、ただの人間だと思っていた。
それはまだ、風紀委員が二つに分かれていて彼が弱者だった頃。
彼は弱かった、あまりにも。
プログレスの性能をろくに引き出せない、三流のαドライバー。
幼い頃から自らを律し、鍛練を続けてきた自分にとっては目障りな存在でしかなかった。
──だが、彼は変わっていった。
どれだけ自分が傷付こうと、彼は決して折れる事がなく。
どんな困難にも真っ向からぶつかり、その全てを切り抜けて。
彼は、名実ともに一流のαドライバーとなっていた。
彼に惹かれている者はたくさんいる。
この学園にいるプログレスは、皆が皆彼のそういう姿を見てきているのだから。
「…………」
一度、正面から告白しようとした事がある。
その時は邪魔が入り、結局うやむやになってしまったが。
あの時に、自覚はしたはずだった。
もう、そんなに時間は残されていない──時は流れいずれは皆離ればなれになっていくのだと。
それ、なのに。
「どうしたらいいんだろうな……」
真っ直ぐ風紀委員室に帰る気にもならず、クラリスは宛てもなく歩いている。
そこへ。
「恋バナの気配を発見ですの!」
ひどく場違いな、やかましい声が響いた。
「フェ、フェルノ?」
いつの間にか眼前に立っていたのは、友人の
厄介な奴に見つかったものだと、クラリスは踵を返してフェルノに背を向けて。
「そうは問屋がおろしませんことよ!」
残像を作るくらいの素早さを以て、行く手を阻まれた。
「さあ、さあ! わたくしに話してくださいまし! あなたから恋バナの気配が濃密に漂うその
目をきらきらと輝かせながら、楽しげにそう言うフェルノ。
こうなった以上、フェルノは恋沙汰話以外を受け付けない。
「はぁ……」
本日で何度目の溜息だろう。
しかしながら──自分だけで抱え込むよりは、人に聞いてもらった方が良いのではないか。
そう考えている自分がいるのも、事実だった。
「しかし、ここで立ち話というのも風情に欠けますわね。恋バナならば、もっと相応しいところがありますわ!」
意気揚々と、フェルノが歩き始める。
その背中を、クラリスは静かに追っていった。
「やはり、恋バナはこういう所に限りますわね」
そこは、青蘭島内でも評判の高いカフェテラス。
ミルクティーを片手に、フェルノが満面の笑みを浮かべている。
「それでそれで? お相手はやはり彼なんですの?」
遠慮も容赦もなく、切り込んでくるフェルノ。
こと色恋沙汰に関しては、あらゆる常識が消えてなくなるこの
黙っていればそれだけで、フェルノは妄想を暴走させて状況を手酷く悪化させる。
「……仕方がない、か」
捕まってしまった、己の不運を恨もう。
嘆息と共に、クラリスは細々と語り始める。
そんなクラリスの様子を見て、フェルノは満足げに頷くのだった。
「と……と……とても素敵な恋ですわ!」
フェルノがその双眸から滝のような涙を流し、感動にむせび泣いていた。
「これだから、恋する女の子の応援はやめられませんの! ああ、身体中に栄養が漲っていくのが分かりますわ……!」
相談する相手を間違えた、クラリスは眼前の状況を見て心の底から後悔していた。
「しかし実際のところ、もう時間はないのでしょう? わたくしとしては、ナイアガラの滝から飛び降りるくらいのつもりで告白してしまうことをお勧めしますわ」
ミルクティーを飲みながら、フェルノが一言。
それができれば苦労はないと、クラリスは奥歯を噛み締める。
「その、隷属の首輪でしたっけ? そんな得体の知れない道具を使ってまで彼を欲するくらいですもの。言わないまま後悔するよりかは、言って後悔する方がずっとすっきりしますわ!」
そういうものなのだろうか。
いや、そういうものなのかもしれない。
フェルノの口車に乗せられているだけかもしれないが、話を聞いているとそれが正しく思えてくる。
「悩みは、解決しまして?」
ウィンクをし、笑いかけるフェルノに。
「ああ……ありがとう、フェルノ。お陰で、決心がついたよ」
クラリスは小さく、何度目になるかも分からない溜息をついたのだった。
風紀委員室の前に立っている。
逡巡して、躊躇して、葛藤して。
散々迷いに迷った挙げ句、結局戻ってきてしまった。
目を閉じて、深呼吸をする。
僅かに残った躊躇いを蹴りつけて、その扉に手をかけた。
「入るぞ」
扉を開けた先には、彼の姿が。
腕組をして目を閉じ、何か思考に耽っているらしい。
「ああ、お帰り」
彼が笑う。
伝えよう、今ここで。
「この首輪について、ソフィーナから話を聞いてきたが……」
私の思いの、ありったけを。