結論から言えば、姉が全部悪いのだ。
仏壇には、私と同じ顔の写真が飾られている。
双子の姉が死んだのは、突然のことだった。殉職のリスクもある仕事をしていたから不幸に見舞われる可能性を考えたことは何度かあるのだが、こちらに帰省しに来る際の交通事故で死んだのだから、なんともまあ、数奇なものだ。尤も、本当に事故だったのか、調査が入るとは役人に言われていたが。
葬式が済んで少しは環境も落ち着いたと言えるが、まだ実感は湧かない。遺体も見たし火葬した骨も拾ったのだが、まるで本当のことには思えなかった。
そんな戸惑いの最中、線香を上げにきた政府の役人は、私に言った。
「お姉さんの本丸を引き継ぐ気はありませんか」
一卵性双生児で、当たり前だが霊力は同じ。私にも審神者としてのお声はかかっていた。それを私は断った。給料は新卒としては信じられないくらい良いし、そこは魅力的ではあるが、時間的にも環境的にも拘束されすぎる。可能性は低いが命の危険もある。
条件が良いとは言えない。それを姉が引き受けたのは、純粋な使命感と正義感からだ。幼いときから姉はそういう性格だった。
そこを尊敬してもいたし、呆れてもいた。
そんな経緯もあって、つまりは一度は断った話だ。
今回も赤の他人の話ならば、可哀想だね、と言って済ませただろう。
でも。他ならぬ半身が志半ばでこの世を去ったというのなら、代わりにやってやろうかな、と、そう思ったのだ。
姉は努力家だったから、彼女ほどは良い成績を残せないかもしれない。姉ほど上手くはやれないだろう。でもそうなったとして、私に本丸を譲るような事態になってしまった彼女が結局悪いのだ。
そう自分に言い聞かせて、役人に答えた。
「話を聞かせてください」
それから二ヶ月ほど。
政府の施設だというビルの一室から転送された先は、山奥だった。聞いてはいたが、その意味のわからない技術に目を白黒させる。霊力があるために結界の境目が見えるとか、道ばたのよくないものが黒い霞のように感じられるということはあるが、こんな超常現象とは縁遠い。
見上げれば木々の他に遮るもののない青空。見下ろせばコンクリートやタイルの舗装もない土の道。そのすぐ先に見える、民家というより旅館や学校といった規模の敷地。戸惑いながらも、私は足を踏み出した。姉の家だった、その場所に。
「お待ちしておりました、主」
一番先頭で出迎えた紫色の目の男は、頭を深々と下げた。
門のところで出迎えたのは彼一人だが、一歩敷地内に足を踏み入れれば、多くの男士が庭や縁側に集まって私に視線を向けている。彼らは色とりどり、年の頃も装いの種類も様々だ。事前に講習会で貰った刀帳を見ていたが、顕現から月日が経てば個体差も大きいと聞く。あまり先入観なく接した方がいいだろう。
彼らに向かって、会釈をして挨拶をした。
「初めまして。姉の跡を継いで今日から就任します。まだわからないことが多いですが、よろしくお願いします」
彼らの反応は大きくわければ三つだろうか。
まず、困惑を露わにするのは理解しやすい反応だ。
体格の良い眼帯の男が、金色の左目をぱちぱちさせながら首をかしげた。
「双子だっていうのは聞いていたからね。でもやっぱりびっくりするね」
色素の薄い長い髪をした男の子は、満面の笑みを浮かべた。
「わあ、あるじさま! おんなじじゃないですか! あるじさまがいきかえったみたいです!」
それを聞いて顔をしかめたのは、黒髪に紅い目の少年だった。
私の容姿が彼らの悲しみを思い起こさせることもあるだろう。彼は私と視線が合うと、すぐにそれを引っ込めて目を逸らしたが。
この三種類の反応に加え、ここには今いない面々もいる。
心の整理が付かない、若しくは歓迎できない、あるいは興味が無い。
そんな大きな分類をして理解してはみるが、実際には一人ひとりに違うそれぞれの心境がある。
受け入れられようと積極的に働きかけるつもりはない。そんなに無神経ではない。
私にできるのは、姉のしていた仕事を早く覚えて、役目を果たすことだ。
「今後の方針ですが」
一通り本丸内を案内されて、執務室に通された。
「当面は、近侍をしていた俺が引き続き内政を。第一部隊の隊長だった大般若が編成と作戦指揮を執ります」
その二人は困惑も他の何かも、顔には出さなかった。
「へし切り長谷部と言います。よろしければ、長谷部とお呼び下さい」
「よろしくお願いします。長谷部」
近侍、私を出迎えて案内した男だ。精悍な顔立ちだが柔和な印象の表情。人間離れした色合いも多い中で、茶色い髪と深い紫の瞳は馴染みやすい。
「大般若長光と言う。よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします」
第一部隊の隊長。こちらは打って変わって、銀髪赤目の浮き世離れした容姿。長谷部とは違う怜悧なきつい顔立ちも相まって、取っ付きにくそうな雰囲気がある。
「手入れや鍛刀など、審神者しかできない仕事は色々とあります。そちらを覚えることと、ここでの暮らしに慣れることを優先していただければと」
大般若が挨拶するのを待って、長谷部が説明を続けた。
案の定、その形式的な挨拶の後は、大般若は話しかけてこない。この人は、あまり会話をするのが好きではないのかもしれない。
赴任すると共に引っ越してきたわけなので、私の部屋として通された離れで荷物の整理をしているだけでかなり時間がかかった。
事前に言われていた夕飯の時間になって、居間を訪れる。
何か手伝うことはないかと台所には聞いたが、疲れているだろうし座っていて、と居間に戻された。
「あ、来た来た」
所在なく適当な場所に座るとすぐに、小さな子どもが興味津々といった様子で集まってくる。短刀の面々だ。
向かいに座ったのは髪の長い、女の子にしか見えない少年だった。資料によれば、乱藤四郎、と言っただろうか。
彼は頬杖を両手で付いて、青くて大きな瞳で私の顔を覗き込んだ。
「本当にあるじさんじゃないの?」
「……ごめんなさい」
「あ、ううん、こちらこそごめん」
ひらひらと手を振った。
「あんまり似てるから。同位体みたいなもの?」
「同位体?」
不勉強とは思いつつ聞き返す。
「同じ刀ってことだけど。僕たちは何振りも同じのを顕現させられるから」
「それならもっと違いますね。同じ刀は途中までは同じ記憶を持っていますが、私と姉の自我は最初から別ですから」
「最初から別なのにそんなに同じだってことは、お揃いにしてたの? 仲良しだったんだね」
言われて、改めて意識する。
仲良し。そう。双子だから同じ扱いをされたくないと、反発して別の服装や髪型にしようとする姉妹も多い。仲が良くても好みは別かもしれない。私たちは好みも似通っていたし、同じ服装をすることも好きだった。
「……うん。仲良しです。とても」
「そっか」
乱はうれしそうに、にっこり微笑んだ。
大きな皿を持って、燭台切光忠が台所から出てくる。その皿に乗っているのは山盛りの唐揚げだ。
「君はなにか苦手な食べ物はあるかな」
「まあ、食べ物の好みも大体姉と同じです」
「よかった。就任祝いのパーティーだからね。今日は張り切って用意したよ」
並んだ皿は、私の好物ばかりだ。やがて居間は男士たちでいっぱいになり、彼らの声でがやがやと賑わった。
「お祝いなんて久しぶりだね」
「主が帰って来たみたい」
そう言って喜ばれるのは、悪い気はしない。
「あるじさん、万屋街にはもう行った?」
「まだだけど」
万屋という場所についてこんのすけからは聞いていたが、まだ実際に足を運んだことはない。
「甘味処の割引チケットがあるんだけど、行ってきたら?」
「乱ちゃんはいいの?」
「もういっぱい行ったんだよ~。チケット五枚あったんだから!」
「甘味処ですか?」
その隣から、前田と平野が話に入った。
「大般若さんとご一緒されては」
「それがいいです」
名案だと言わんばかりに彼らは顔を見合わせ、他の短刀たちも大きく頷く。
彼はこの甘味処が好きなのだろうか。
そう言われたから誘いに来たが、正直気が重い。
私が赴任してまだ数日。出陣という段階までこの本丸の機能は戻っておらず、つまりは戦ごとを取り仕切っている彼とは碌に話をしていない。
「大般若さん。いらっしゃいますか」
部屋を訪ねると、シャツにベスト姿で現れる。部屋にいるのによくそんな格好をしていられるな、やはりお堅いかんじの人なんだろうか、とちょっと畏まる。
「やあ、どうしたんだい」
言われて、あれ、と彼の顔を見た。
印象よりも優しい表情と声色をしている。
「甘味処に行きませんか」
「え?」
そりゃあ、驚くだろう。まだ全然話したことのない私に突拍子もなく誘われれば。
「なんで俺を?」
「短刀のみんなが大般若さんを誘ったらいいって言うので」
「……ああ、なるほど。そこまで同じにしたいのか」
彼は納得した様子で頷いた。
心なしか、複雑な表情をしているように見えるが、私には全く話が見えてこない。
「あの……、大般若さんはこの甘味処が好きなのかと思ったんですけど」
「ああ、好きだよ。ここのほうじ茶パフェは絶品だ」
手袋をした左手を顎に添えて、彼は首を傾げた。
「だが、今回は遠慮しておこう。さっきおやつにおはぎを食べちまった」
他の誰かを誘おうか迷ったが、結局その宛も思いつかず。その日はチケットをしまって私も燭台切が作ったおはぎをごちそうになった。
その日は本当に、この甘味処を彼が気に入っているのだろうとしか思わなかったのだが。
短刀たちが、私に食事時、大般若の隣の席を勧める。何かと渡しに行かされる。彼を呼びにやられる。そんなことが一ヶ月ほども続いている。
それによってわかったのは、大般若長光が見た目に反してとても親しみやすい性格だということ。わからないことは、何故このような、学生が特定の男女をくっつけようとするような、そういった扱いを受けているのか。短刀たちに、大般若のことが好きだと誤解されるような素振りを私が見せただろうか。
今日は内番の馬当番に来るのが遅いと言って探しに寄越されたのだが。朝餉が終わってもだらだらと居間で則宗と話していた彼を見つけ、連行する。その道すがら、ついに私は大般若自身に聞いた。
「なぜ短刀たちは私と大般若さんが一緒にいるように仕向けるんです」
「ん」
彼は難しい顔をした。
「まあ、心当たりがないわけじゃあないが……」
普段はすらすらと滑るように話すこの男が、珍しく言い淀む。
「俺が……あの子と付き合っていたからだろう」
「……え?」
二重の驚愕に思考が追いつかない。
姉から何かの折に、彼氏ができたとは聞いた気がする。だが、それが刀剣男士であることは知らなかった。
「いや、それくらいしか理由がなくてな。俺も信じられないが」
「え? 大般若さんは姉と付き合ってたんですか? 嘘でしょ? そして短刀たちは私と姉の彼氏を同じにしたいってことですか? 嘘でしょ?」
私と姉の髪型や服装などを近づけようと言うならまだしも、同じ男とくっつけようなどとは。人間ならばそうは発想しないだろうという、彼らならではのズレを感じる。
「そういうことがないよう、俺から言っておこう」
「いや、それは私から言いますよ。当人が言った方が早いです」
私の方にだけそういう風にけしかけているのなら、私が言うのがいいだろう。間に誰かが入るより、当人が不快だと伝えた方が良い。
「でも……意外すぎます。姉の恋人が貴方だなんて」
「はは、そうだろうなあ」
大般若長光は格好良いかもしれないが、彼が姉のタイプの男だろうかと考えると、全くそんな気はしない。刀剣男士にそういう概念はないのかもしれないが、年も離れているし。
「そりゃあもう、本丸中のやつからそう言われたよ。則宗なんてあの子の肩を掴んで、お前さん気は確かか? なんて言うんだから失礼な話さ」
目に浮かぶようだ。
「則宗さん、言いそう」
「だろう? 長義も真顔で主は疲れているんだろう、休ませた方が良いなんて言ってくるし」
「むしろ長義さんと付き合っていたと言われた方が納得しますね。姉の真面目なところと気が合いそう」
「おや、俺だって真面目だが」
「それはないでしょう」
笑って否定すると、大般若も笑っていた。
そう。
真面目な姉は、きっと長義や長谷部なんかと気が合っただろう。
翌日、休憩がてら執務室から縁側に出たところに短刀たちは声をかけてきた。内容はやはり大般若についてで。
注意をすると、彼らはしょんぼりと肩を落とした。
好きな服装や食べ物と好きな相手は違うのだ、という説明がどの程度理解されたのかはわからない。
それが執務室から見えていたのだろう長谷部が、戻ってきた私にお茶を出した。
「大変でしたね」
「まあね」
人間にしか見えない彼らの、人間に対する理解の大味なところを見たようで、考えさせられる。いや、人間側が繊細で面倒くさすぎるのかもしれないが。
まじまじと目の前の、恭しく急須から茶を注ぎ足す男を見る。
「どうかなさいましたか」
同じ刀である長谷部も、同じような感覚なのだろうか。
「私が姉と同じだと、長谷部もうれしい?」
「いいえ。お二人は別人ですから」
「本当に別人に見えてる? 刀のみんなにとっては同じなのかなって思ったんだけど」
穏やかに微笑んで、彼は首を振った。
「ずっと近侍をしておりますから。姉君とあなたは、見た目や味覚が同じでも、性格がかなり違うのはわかりますよ」
「どういうとこ?」
「主はよくメモを取ってくださって、助かりますね」
「ああ……姉はメモしないかもね」
長谷部は頷いた。
「姉君は勉強熱心ですが、ご自身のキャパシティを過信しておられるところがあります。それで失敗なさることも多かった。あなたは逆ですね。忘れるに違いないと思っているからメモを取られる。一方で勉強すれば習得可能でありそうなことも、早い段階でそれはできないとこちらに投げます」
「長谷部、すごいね」
自分と姉の性格を漠然とは感じていたが、そんな風にすっきりと言語化されたのは初めてだ。彼は分析力が高い。そして、本当に姉をよく見ていたのだろう。
「近侍ですので。俺は役に立つでしょう」
そして、得意げなところがかわいい。
「他にも色々、違うところがあるんだけどね。選ぶスイーツとかも大体被らないし」
「そうなんですか。どのように違うんです?」
「それは長谷部が発見して」
言うと彼はうれしそうに笑った。
その数日後、長谷部を誘って、初めて万屋街に足を運んだ。
思っていたよりもずっと規模の大きな、繁華街と言って良いような充実に面食らう。だが、よく考えればそれも当然なのかもしれない。物資調達というよりかは、申請なく刀剣男士たちが遊びに来られる遊興施設としての意味合いが強いだろう。それがあまりに貧相では、不満の種になりかねない。福利厚生の一環と言ったところか。
甘味処はチケットに地図も付いていたが、長谷部も何度か訪れたことがあるようなので案内してもらった。中々立派な店構えで、時代がかった外観をしている。それでいて、和モダンというのだろうか。メニューは和風ではあるがパフェ中心で、現代人の私にも親しみやすい。何よりメニューが豊富で、どれにしようか心躍った。
「これかな……期間限定の季節のパフェ」
私の選んだパフェを見て、長谷部は意外そうな顔をした。
「姉君ならこちらか……こちらを選ぶでしょうね」
「そうだね。あとはここら辺」
苺やピンク色のアイス、可愛い猫の顔を作ってあるケーキなどを指さす。
「可愛らしい意匠がお好みでないというわけではありませんよね。お持ちの小物などを見ても」
「うん。かわいい猫柄とか好きだよ」
私が選んだのはフルーツがふんだんに盛りつけられたパフェだった。
「この数種類の果物の中に好物が……? それとも、食に関しては可愛らしさを重視しないということですか?」
「正解! 姉はかわいければ美味しいって言うけどね、私はそれは別だと思うの」
「はは、なるほど。現実的な貴女らしいです」
彼は店員に、同じパフェを二つ注文した。
「長谷部もそれにするの?」
「ええ。あなたの好きなものを俺も知りたいので」
真っ直ぐに、そんなことを言ってくるから調子が狂う。
「こっちは長谷部の好みも知りたいんだけど」
「俺の好みですか? 俺は主の好きなものが好きですよ」
はにかんだ微笑みが眩しい。
「……それは変わってるね」
頬が熱いのは、何故だろう。
先代審神者の姉と、引き継ぎ審神者の私。
見た目は瓜二つ、服装も一緒。姉の好物は大体が私の好物。
ただ、違うことがあった。
私の好きになった男は、姉の恋人ではなかった。