「かわいい!」
アスレチックのようにレイアウトされたキャットタワー。そこを躍動するとはいかないが、うろうろと歩き回り、それなりに近づくことを許してくれる色々な柄の可愛らしい猫たち。
そこは万屋街の猫カフェだった。
自分たちの他にも、審神者や周辺業種と思しき者たちが数組訪れている。床のクッションに腰を下ろして、気まぐれにおもちゃにじゃれたり、うろついている猫を愛でていた。
長谷部の後ろをギリギリ触れる距離で猫が通る。
こちらには中々来てくれなくて、ねこじゃらしを片手にじっと見つめた。
「長谷部の方が猫にモテるみたい」
「ううん……主は猫への気迫が強すぎるのかと」
「気迫……どうしたら隠せるのかな」
猫の可愛さで興奮してしまって、その気配で警戒されているのはなんとなくわかる。
長谷部の背後で猫が丸くなった。
「こら、主の方へ行って差し上げろ」
もちろん猫は聞いてくれない。
だが長谷部が猫に注意しているのは見ていて面白く、笑みが零れた。
大般若が負傷して帰って来てから、私は勉学に励んでいた。
姉と違って読み物は得意ではないが、あんなことが再びあってはならない。
兵法の基礎、刀装や馬の装備の適正。政府の出陣要請にある状況や地図、予想される布陣の読み方。
文机にかじりついて書物を漁っていると、長谷部が机の真正面に正座して覗き込むので、手元が影になった。見上げた彼が、真剣な顔で窘める。
「主、根を詰められすぎてはよくありません」
「そうだね」
心配してくれているだけなのに、距離の近さに鼓動が速くなる。
長谷部と付き合っていることは、秘密にしているわけではないが誰にも言っていなかった。まだ仕事を覚えきってもいないのに浮ついている。と本丸のみんなに思われるのではないかと、後ろめたい気持ちがある。
「そろそろ休憩に致しましょう。僭越ながら、俺に考えがあります」
ほう、申してみよ。なんて答えたくなるような大袈裟な言い方で、長谷部は休憩を進言してきた。
「考えって何?」
「主。猫カフェ、というものをご存じでしょうか」
「現世ではご存じだけど、こっちにもあるの?」
「この長谷部、主は猫がお好きなのではないかと思い万屋街の猫カフェをお調べしておきました」
胸を張って宣言しながら、長谷部がちらりと私の猫柄ペンケースを見る。
「息抜きになるのではないかと」
少しは休憩を取ってもいいが、万屋街まで行くほど時間を取るのはどうだろう。少しお茶でも飲んで休憩したら、また兵法書を読んだ方が良いのでないか、悩む。
「それと……デートにも、なるのではないかと」
考え込む私の耳許。ちいさな声で付け足された一言。思わず長谷部の顔を見ると、藤色の視線がかち合う。
「……っ」
上目遣いにそんなことを言う可愛い長谷部に、誰がノーと言えるだろう。
そういうわけで、数日籠もっていたのが久しぶりに外へ出たのだ。
巫女服から、猫の毛が付いてもいいような、それでいてデートであることを意識した、カットソーと汚れの落ちやすいギャザースカートに着替えて。
猫カフェのレジ横には猫グッズのコーナーがあって、品も充実していた。
ポーチや巾着、アクセサリー、キーホルダー、Tシャツやエプロンもある。
「これかわいい」
その中から、猫柄の布でできた大きめのシュシュを何気なく手に取った。それを私の掌から長谷部がかすめ取る。
「俺から、プレゼントさせてください」
「いいの?」
「ええ。是非」
会計を済ませた長谷部から紙の袋を受け取る。その変哲もないくすんだ茶色の紙袋も、きっと私は取っておくだろう。
「ありがとう」
店を出ると、大事に鞄にしまって顔を上げた。
「お手を」
長谷部は手袋を外して、手を差し出した。
彼の方が私より体温が高い。握った掌の温かさに、頬が緩む。
しあわせ。
何度も通った万屋街の景色が、彩度を上げている。こんな素晴らしい場所だっただろうか。
寄り道をして色々な店を見た。まだこうしていたいという、それだけの目的で。長谷部も同じことを考えてくれているだろうか。それとも、私だけだろうか。
まだ勉強しなければならない内容が残っているのに、やはり浮ついている。でも、もう少しだけ。
だって、本丸に帰ったら手を繋いでいられない。そう思えば、帰ろうか、なんて言葉は出てこなかった。
時間を引き延ばすために当てもなく歩いて、気がつくと、通ったことのない路地にいた。
今まで避けていたわけではなく、この辺りには目当ての店がないからである。だが、彼がこちらの道を選んだのはきっと偶然ではない。
そう思ったのは、そこが所謂、ホテル街というような雰囲気であったからだ。
そうか。そういうお店も、あるんだ。そうだよね。
刀と人間の間に普通の方法では子どもはできないが、交際していると思しき二人組は街でいくらでも見る。彼らが利用するような施設も、なるほどあるはずだ。
納得すると同時に変な汗が出る。
「その……寄って行きませんか」
調べたのは猫カフェだけではなかったらしい。
「いいよ」
返事をした後、打って変わって、繋いでいる手を離したくなった。急に手汗をかいてしまって、恥ずかしいから。
もっと毒々しい派手な場所だったらどうしようなんて思ったが、部屋の内装は落ち着いていて、少し意外に感じる。
「あの」
つま先を見ながら、重要なことを告げる。
「そういう、経験が、なくて。どうしたらいいか、わからないんだけど」
何も言わない彼の様子を、少し顔を上げて窺った。
唇を噛んで、くっきりとした二重のまぶたが瞬きを二度、三度。
「……何も、なさらなくて大丈夫です」
眉を寄せて見つめる、その紫色の瞳が揺れる。
「ただ……お許しいただければ」
立ったまま、白いシャツの胸にぎゅっと抱き締められる。
「初めてのお相手が、俺でよろしいのですか」
恥ずかしくて、上手く受け答えができない。ただ抱き締め返して、意を示した。
「……主、お慕いしております」
そのまま抱きかかえられて、ベッドに座らされた。
まずはお風呂に入るんじゃないのか、シャワーとか、するんじゃないのか、ドラマではそんなかんじだったような、ああ。
ぐるぐると思考が回って、こんがらがる。
唇が触れあう。
執務室で彼とキスをしたことはある。今なら誰も見ていません、なんて言うから。
ただ、シーツの上でするキスはそれとはわけが違う。彼の柔らかい唇の感触に、もうそれだけで頭が真っ白になってしまった。
その唇に、彼の舌が触れる。
濡れた感触に、身体の奥から熱がこみ上げる。これがそういった……性的な行為なのだと、改めて認識した。
口の中に、その舌先を受け入れる。
手を繋いで指と指を絡めただけで現実のものとは思えないような浮遊感なのに、舌と舌が触れるなど。早くも全身が火照って、顔が熱い。
カットソーとキャミソールがたくし上げられて、そのまま脱がされた。背中に回された彼の指がブラジャーのホックを外して、それが肩からずり落ちそうになる。
「あ、わわ」
咄嗟に両手で胸元に下着を押しつけた。
羞恥心と緊張からか、その手も震えている。
「わ、私だけ恥ずかしい。長谷部も脱いで」
「少々お待ちを」
手袋とウエストのカマーバンドを外し、スタンドカラーのボタンが一つずつ開かれていくのを目で追う。いつも首元まで隠されている彼の肌が、徐々に露わになる。
私の発言は間違いだったかもしれない。彼のたくましい身体を前にして、心拍数が上がってしまう。目のやり場がない。男の人の上半身は性的なものではなかったはずなのに。
「主」
シャツを脱ぐと、身体の前で下着を押さえていた腕ごと、その胸に抱き締められた。ガチガチに硬直してしまった私の身体は、上手いこと身を預けることができずにぎこちなく胸の内に収まった。
「とても、緊張していますね」
「なんで長谷部は余裕なの」
「……そんなことはありませんよ」
そのまま額や頬にキスを受けている間に、体温の心地よさが強ばった身体を、少しずつ弛緩させる。
身体の間にあった自らの腕をのばして、長谷部の腕や背中に触れた。押さえていた下着が腕を抜けて落ちてしまったが、直接彼と肌を合わせたいという欲求が、羞恥心を上回った。
温かく滑らかな肌が気持ち良い。それは確かに、彼と手を繋いでいて感じた幸福感の、延長線上にある。
そうして胸があわさると、彼の鼓動が速いことも伝わってきた。
ああ、なんだ、余裕なんかではなかったのだ。
「長谷部、どきどきしてるね」
言って見上げた先の、長谷部の表情と言ったら。私の方もつられて頬が赤くなる。
「主と……こうしていることが、その、夢のようで」
唇をどちらからともなく重ねて、目を閉じた。
胸元に唇が落ちて、息がかかる。その吐息の熱さから、彼が昂揚していることがわかる。胸の膨らみに手を添えられて、心臓が跳ねた。やわやわと、大切に、壊れ物でも扱うかのように優しく、指が動く。
「は、う」
胸の先端ではなく、その周辺にキスを散らされて、ぶわっと熱がのぼる。彼にしてほしいことを自覚して、その恥ずかしい欲求に焦りと後ろめたさを感じる。
同時に、両ふとももを摺り合わせるように身体が動いていることに気がついた。
「あ、だめ、わたし」
「大丈夫ですから、どうか、そのまま」
腰を抱いた掌が、宥めるように背中を行き来する。
「ひゃ、あっ」
不意に、胸の先に唇が触れた。
触れるだけのキスが何度も掠める。その度に、疼く感覚が広がった。逃げるように、腰が退けてしまう。
「あるじ、逃げないで」
「ごめん、からだ、勝手に、あ」
縮こまる身体をシーツに押し倒されて、そのまま覆い被さられた。
長谷部の手や膝が移動するに合わせてベッドが彼の体重で沈み込んで、寝転がる平面が僅かに傾く。
もう、後ろに逃げられない。
舌の腹を胸の先に押しつけられて、濡れた温かい感触に包まれる。もう片方を指で弧を描くように撫でられて、ぴりぴりとした痺れが走る。
「あ、は」
戦くような震えた声が漏れて、されるがままに身体を震わせる。この刺激をいなすような方法を知らなくて、ただその波に合わせて翻弄される。
スカートの中に彼の腕が侵入するのに気がついて反射的に足を閉じようとするが、彼の腕を足の間に挟み込んだだけで。
ふとももを撫でるその掌が、熱の集まる箇所に近づく。
指の腹が掠める。
「は、ひ」
掠めるように触れていたのが、徐々にはっきりと、薄い布越しに撫でる動きになる。
それが窪みに沿って布地に埋まるようになると、明らかな痺れる感覚が広がる。身体が震えて、呼吸の度に胸が大きく上下した。
「あ……、このままではお召し物が汚れてしまいますね」
長谷部は相変わらず穏やかで優しいように見えるが、押し殺したような、掠れた声音がいつもとは違う。
下着はもう随分と水分を吸ってしまっているだろうが、スカートもそうなる前にと、両方一緒に取り去られた。
肌を覆うものが何もなくなって、所在ないような心細さを覚える。ぎゅっと閉じてしまった内股を、長谷部が撫でた。
「力を抜いて……大丈夫ですから」
足を開かされて、両足の間に彼が膝を割り入れる。恥ずかしい部分がさらけ出されて、頭の中で心臓の鼓動が響く。
指が直接触れて、痺れが走った。
彼の指の腹が、他の部分とは違う薄い、つるつるとした粘膜を滑る。
「ん、う」
敏感な突起を指がつついて、その鋭い刺激に身体が跳ねた。
「は、あ、あるじ」
長谷部の昂揚した、深い吐息が聞こえる。
シーツの浮き沈みで、彼の体重を支えている腕や膝の場所が下へ移動するのがわかった。そうして、あろうことか脚の間に、身を屈める。
「っ、まって」
状況について行けずにいた思考が、その意図に気付いて混乱に陥る。彼の端正な顔が、美しい唇がそんな所に触れるなんて。
「だめ、お風呂はいってない」
「俺は気にしません、主、痛いです」
髪の毛を掴んで止めようとすると抗議を受けるが、一向に彼の行動が止まらない。
「でも、だめ、あ!」
唇が触れる。粘膜ではないその周辺に、触るだけのキス。それが段々と核心に近づく。
「まって、まって、や……」
皮膚と粘膜の間をなぞるように舌が這わされる。その感触は柔らかく、温かくて、とろけるような甘い刺激に魅了される。髪を掴んでいた手から力が抜けて、されていることへの抵抗感も次第にぼやけてしまう。
「は、うあ」
舌先で舐め取って塗り広げるような動きが、指で触れられた弱い部分にまで達する。様子を窺うようにつつかれて、その度に嗚咽が漏れた。
「気持ちいいですか?」
聞きながら、刺激が徐々に強くなる。
「あ、ああ、きもち、い」
「よかった。中も、触りますよ?」
彼の長い指が内側に入ってくる。誰にも触れられたことのない場所に。もはや現実感がなくなって、頭がぼんやりする。
かきわけて広げるように、指が動く。意識したことのない、自分の内部が火照っている。
舌を這わされる快感に合わせて、指を締め付けてしまう。
敏感な部分を優しく、掠めるように行き来したかと思うと、舌の面で押しつけるように包まれる。指がぬるぬると動いて、恥ずかしい液体が窪みから溢れた。
「まって、あ、あ……っ」
やがて内側がぎゅっと指を噛みしめて、収縮する。
胸の前で両手を握りしめて、その波打つような快感を受け止めた。
ふわふわとする余韻の中、指が引き抜かれる。
その靄がかかったような視界の端で、彼が姿勢を変えるのを見守る。私と、繋がるために。
「少し、つらいかと思います」
覆い被さられて、昂揚と不安で胸の内が乱れる。
「だめだったら言ってくださいね?」
頷きながらも、だめだなんて絶対に言いたくなかった。添えられたものに、緊張で腰が跳ねる。
ぐっと押し当てられて、その衝撃がめり込んだ。
割り開かれる質量は指の比ではなくて、息が詰まる。
「痛い、ですか?」
「へいき……」
途中でやめてほしくはなくて、つらそうな表情を見られないように顔を背けた。腰を進められる圧迫感に涙が滲んでしまって、それが横を向いた先、シーツに落ちる。
「あるじ」
やがてせり上がる苦しさが身体の奥で止まって、切ない声が漏れる。
「全部、入りましたよ」
「……ん」
頷いて、涙声で返事をする。髪を撫でられるのが不思議な感覚だ。いつも、労うのは私の役割だから。
荒い呼吸をするのに合わせて、鈍痛が響く。
でも、その痛みもつらいとは思わなかった。それすら幸せな刺激に感じるのは、なぜだろう。
「ずっと大切にします」
抱き締められて、ぴったりと肌が合わさる。胸板のしっかりした厚みが覆い被さって、くっつく。彼が大きく息を吐く、そのリズムに合わせておなかに当たる腹筋の感触が動いた。
吐息が耳に、落ち着いたブラウンの前髪が顔にかかるのがくすぐったい。
互いの体温が馴染んで、次第に境界線が曖昧になるように感じる。
段々と圧迫される痛みが遠のいて、自然と強ばっていた身体の力が抜ける。それを見計らって、彼が身動ぐ。
じんわりと広がるような気持ちよさに、安堵する。
ゆっくり、本当にゆっくりと、私の様子をじっと窺いながら、少しずつ彼の腰が動く。こちらを気遣っている優しさが愛おしくて、ぎゅっと抱き締めた。
「長谷部、すき」
好きな相手とこうして愛を確かめ合って、こんなに幸せなことがあるだろうか。
上せてしまって、頭がくらくらする。
強く抱き返されて、徐々に激しくなる動きに嗚咽が漏れた。
受け入れた部分がやけどをしたように火照って熱い。
「はせべ、っあ、ふあ」
呼吸が苦しくて、口が開きっぱなしになる。
押し込まれる衝撃に息が詰まって吐き出される。引き抜かれる度に引っかかる摩擦に、吐息が漏れる。
「っ、ん、主、俺も、お慕いしています」
視界が滲んで、覗き込む彼の顔が上手く見えない。ぱちぱちと瞬きをして涙を払うと、視界が少しはっきりとした。
綺麗な藤色の瞳を潤ませて、眉を寄せながら微笑みかけてくれる、愛おしい表情。
背中が汗ばんで、抱き締めた肌が吸い付くように密着する。隙間なくあわさるようで、それが心地良い。
擦れ合う互いの弱い部分から、じくじくと気持ちよさが広がる。
「……っひ、あ」
一際大きく、打ち付けるようにして、腰を押しつけられた。
奥にはじける。
熱いものが広がって、満たされる。
はふはふと肩で息をしながら、全ての感覚器官で彼のことを想った。