※この作品はR-18です。

ベアトリクス・ブレーメの淫靡な夢   作:雄渾

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第二話

 ベルリン郊外から少し離れた場所にあるヴァントリッツ

ここに居並ぶ閑静な邸宅街

東ドイツ政府高官、ドイツ社会主義統一党(SED)幹部の為の高級住宅街であった

 

 市街で食事を終えた二人は、パンコウ区にあるベルンハルト家の自宅ではなく敢てブレーメ家の住宅を選んだ

理由は単純である

国家保安省(シュタージ)に覗き見されることを嫌って、国家人民軍(NVA)や人民警察(DVP)が周辺を警備する同地を逢瀬の場として選んだのだ

 もっとも今のユルゲンの立場は、SED幹部の一員であるアベール・ブレーメの姻族(いんぞく)

そんな彼に、国家保安省はそう簡単に手を出すまいが、保険を掛けたのだ

 

 聞けば、彼女の父は通産省での折衝の為、夜遅くまで帰ってこない

またベアトリクスも、自身の母・ザビーネのことが心配になったのもあった

共働きの両親は何時の家を空けることが多く、護衛や給仕と過ごす日々も多かった

ユルゲンやアイリスディーナーと過ごした6年間……

 彼がモスクワ留学に行った際も毎日のようにアイリスを訪ね、帰国を待ち望んでいた

 

 正面の椅子に腰かける、金色(こんじき)の髪の好男子を見つめる

あの褐色の野獣、ハインツ・アスクマン少佐が渇望したとされる白皙(はくせき)の美男子(びなんし)

件の少佐は、広く漁色家(ぎょしょくか)として有名であった

男色(ホモセクシャル)の気があったとも言われ、金髪碧眼の小柄な少尉を連れて回っていた

専ら情夫(じょうふ)との噂の有った、ミヒャエル・ゾーネ……

野獣亡き、今はどこでどのように過ごしているのであろうか……

 

「なあベアトリクス、聞いてくれるか」

何時にない真剣な表情のユルゲン

立ち上がると、そっと両手で右腕を包み込んでくる

細く長い指から、彼の温もりを感じた

「一夜をくれぬか」

碧眼(へきがん)が見開かれて、彼女の顔を伺う

「何れ、俺はパレオロゴス作戦が発動されれば、遠い白ロシアの地に足を運ぶことに成る。

そこには、BETAばかりではなく、人を人とも扱わぬ冷酷な社会主義のソ連赤軍が居る。

またナポレオン大帝の遠征以来、彼の地では数十万将兵が発疹チフスで命を落とした疫病(えきびょう)の猖獗(しょうけつ)する魔の地」

彼に掴まれた右手は、段々と汗ばんでくるのが判る

「或いは、戦闘や事故によって落命するやもしれぬ……。

恐ろしいほどの寒さや飢えの中で、草生(くさむ)し果てるかもしれん。

だから、俺はお前の事を抱けずにいた」

背中や脇の下が湿り始め、体が熱くなる

「処女(しょじょ)であれば、俺が無き後も再婚するのに不都合は無かろうと考えてな……」

不測の事態に備えて履いていた、ショーツと膝下までの長さのガードル

ゆっくりとではあるが、熱気を帯びた物が広がっていく

「だが、そうは思っても、この心の中にあるお前への思いは断ち切れなかった」

顔がまるで、西日に当てられたかのように火照(ほて)ってくる

「バルト海での飛行訓練中、思い悩んで事故になりかけた事もある。

また、ウクライナのハリコフでの初陣(ういじん)の際、遺書を認(したた)めようと筆を取ったが、涙ばかりが溢れ出てきた」

 そっと彼女の右手を、上着の中に導く

ワイシャツの下にある厚い胸板は、熱気を帯びていた

規則正しく脈打つ鼓動が、右手越しに彼女に伝わる

「ユルゲン……」

「これが俺の気持ちさ……、今も胸が張り裂けそうになっている。

痛みさえ感じるほどにな」

一瞬顔を動かすと、女中達は既にどこかに行ったようだった

恐らくこの場の雰囲気を察して、部屋から去っていたのであろうか

 顔を近づけ、そっと唇を重ねる

彼女は思わず、目を閉じた

彼の荒い息遣いが、間近で感じられる

 ゆっくりと、顔を離すと彼は目を見開く

そして意を決したかの様に、告げた

「床に入ろうか……」

上着の中から、取り出した右手で彼の体を押しのける

「駄目よ……、汗をかいて汚いし……」

だが彼は、気にせずに微笑み返してくれた

「そうだな、冷静になるのも必要だ。

風呂に入ろう」

 

 ユルゲンが30分ほどで出た後、ベアトリクスは汲み直した新しい湯に浸かっていた

バラの香りのする入浴剤を溶いた湯舟に肩まで身を沈める

入浴剤の歴史は古く、その起源は古代エジプトや殷商代の支那にまで遡(さかのぼ)る事が出来る

カトリック教会が公衆浴場の禁令を出す迄、ドイツ国民はよく入浴した

遥か古のギリシア、ローマ時代、浴場は貴人の社交の場でもあった

奴隷を引き連れ、個室で数時間にも渡って入浴し、語り合った

 40度近い水温の中、髪が湿り段々と上気してくる

遠く過ぎ去った昔人(むかしびと)の事を思いながら、昂(たかぶ)る気持ちを抑える

今から、愛すべき人の物になる

そう考えると胸の鼓動は高ぶり、体が湿ってくる

湯舟の中に在っても、乳首が起立し、陰毛が海藻のように揺ら揺らとそよいでいるのが判る

湯船から立ち上がると、縛り上げていた髪を振りほどく

腰まで届く翠(みどり)の黒髪を、シャンプーで丁寧に洗う

洗い残りの無い様に、何度も念入りに水で濯ぐ

外貨ショップで手に入れた米国製のリンス液を使い、揉む様にして刷り込む

 ブレーメ家の一人娘として気負(きお)っていた時期もあったが、今はそんなことはどうでも良くなってしまった

あの美丈夫に嫁した身……

この国や世界に在って、どう生きるかと悩み苦しんできたが、安らげる場所を見出した気がした

 

 髪を念入りにドライヤーで乾かした後、ブラシで梳く

アイリスディーナの稲穂を思わせる様な金髪と比べて、些(いささ)か見劣りしないでもない

だが髪質は、全く負けていないつもりだ……

直毛ではなく、波状毛ではあるが、色艶には自信はある

黒色のシミーズを着た後、濃紺のタオル地のバスローブを羽織る

バスタオルの替りの物の為、下着を着るのは作法外だが、敢て着た

いざ、抱かれるという段階になった時、気恥ずかしいと考えての方策であった

向う脛まで有る長いバスローブに黒地のシャワーサンダルを履いて、寝所まで向かった

 

「待った」

ダブルベットの有る室内の端で、肘掛椅子に座る我が背子(せこ)

深緑色の長いナイトガウンに身を包み、両足を組んで読書をしていた

彼は、此方に顔を向けると、読んでいたキリル文字が書かれた本を閉じる

「いや義父(アベール)さんの書庫は色んな本があるね。こんなに揃っているとは思わなかった」

ちらりと表紙に目を向けると、数年前に地下出版された「収容所群島」の露語版であった

「本当にあなたはデリカシーの無い人ね。ムードが台無しになるような本を読んで」

すっと立ち上がり、彼女の前に立つ

「俺の滾(たぎ)る血を収める為さ」

翠玉色の瞳は、彼女の紅玉の様な目を見つめていた

「どういう事よ」

そう言うと、両手でナイトガウンの前合わせを広げる

黒地のタンクトップとスリップ(ブリーフパンツ)

前合わせの部分が天を仰ぐようにして、盛り上がっている

「男根(ペニス)は長時間勃起(エレクト)させて置くと、壊死してしまう。

だから、身も凍るソ連の収容所(グラーグ)の話を読んで、鎮(しず)めていたのさ」

「馬鹿じゃないの」

そう言うと、前合わせを閉じ、腰紐(ひも)を締める

「ああ、俺はこんな生き方しかできない莫迦(ばか)さ」

彼女をそっと抱きしめる

「正直な気持ち、まだ君を抱く自信が無い……。

ベアトリクス……」

ナイトガウン越しに聞こえる心臓の音

規則正しく脈打つ鼓動に、身が震える

 

「好きにしていいわ」

彼女の一言に、彼は驚く

「ええ……」

宝玉のような瞳で、覗き込む

「貴方がアイリスディーナの事を妹以上の感情を持って接しているのは分かってる。

多分、彼女も気付いているはずよ」

「一体それと何の関係が……」

彼の背中に、手を回す

「聞いてユルゲン。私自身の感情もあるけど、貴方を魔道に落とさない為でもあるの。

同父同母の兄妹が罷(まか)り間違(まちが)って契(ちぎ)る……。

そんなことには成って欲しくは無いのよ」

彼は、天を仰いだ

「知っていたのか……。

確かにアイリスディーナの事は兄以上の感情を持っているのは確かだ。

同胞(はらかた)として、許されざる想いだと謂うのは甚(いた)く感じている」

彼は顔を下げる

「なあベアトリクス、万が一の際は俺を殺してくれ。

アイリスに手をかけられるのも良いと思っていたが、お前の顔を見ながら最期(さいご)を向かえる。

其れも悪くないと思ってな」

頬(ほお)を伝ってくる滂沱(ぼうだ)の涙

「俺を殺すほど愛してくれ」

 

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