ベアトリクス・ブレーメの淫靡な夢 作:雄渾
第五話
夕暮れの士官学校
この日は一年の科目にある野戦実習の日
俗に「レインドロップ迷彩」と称される模様の付いた野戦服を着こんだベアトリクス
最優秀生徒の一人である彼女は、珍しく炊事当番で、屋外にある炊事場で食材の準備をしている
同級達から少し離れた場所で、野戦用の折り畳み椅子に腰かける
バケツの中からジャガイモを拾い、丁寧にナイフで馬鈴薯の皮を
レンズ豆や豚肉などスープの材料を切り揃えて居ると、脇に居るアイリスディーナに、ふと問われた
「最近、何かあった」
彼女の問いに、思わず冷笑する
皮を剝く手を止めて、ナイフを静かにバケツの中に置くと、応じた
「どんなこと聞きたいのかしら」
とぼけている様な口調になる
「寝たの……」
「寝たじゃ、さっぱり分からないわ。はっきり言ったみたら
ベアトリクスの瞳は猫のように細められる
詳しく問いただすことを許容しているかに思わせる、その瞳で示しているようであった
「じゃあ、あの人が望んでいた事って……。何か、言ってみなさいよ」
あの人とは彼女の兄であり、また自身の
当人は、空軍所属だと言い張っているが、兵籍簿の上では既に人民陸軍に転籍済みであった
消え入るような、か細い声で呟く
「抱いてもらったの……」
「誰に……」
「兄さんと、ユルゲン兄さんと
ベアトリクスの口元に
「いやらしい娘ね、貴女も……。授業中、ずっとそんなこと考えてたなんて」
バケツの中に置いたナイフを、再び持つ
「朝から、ずっと様子が変だったし……。御免なさいね」
「謝る事は無いわ」
戸惑いの表情で見つめる義妹に、返した
「一晩中、あの人と愛を語っていたの……」
アイリスディーナは、目を丸くして、無二の親友の瞳を見る
ベアトリクスの紅玉の様な瞳は、相変わらず細められた儘であった
一瞬見せる、
最愛の兄とは、荒々しく
彼女は、自身の頭から湯気が立ち昇るような感覚を憶える
ベアトリクスも同様であった
あの忘れ得ぬ夜の事を思い起こせば、全身を電撃が駆け巡り、血が
花弁の奥底から、まるで蜜が如く滴り落ちる様に愛液が湧き、軍袴に重ねた下履きを湿らせていく
不測の事態に備えて履いていたショーツと足首までの長さのガードルを濡らせる
ゆっくりとではあるが熱気を帯びたものが広がっていく
深緑色の
ゾクゾクと全身の毛が逆立ち、身が震える
高まる胸の鼓動を意識しながら、そっと義妹の方に顔を向けると、冷笑した
「あの人の事ばかり考えるのは、お
遠回しにユルゲンへの感情の発露に関して釘を刺した
「兄妹として心配なのは、わかるけど」
アイリスディーナは、その一言に激しく動揺した
頭の中が
全身が熱波で覆われ、肌着に汗が纏わりつく
彼女は高まる鼓動を意識しながら、最愛の兄を思った
内勤服を着崩したユルゲンは、思わず叫んだ
「ハンニバル大尉が不倫!」
直属上司、バルツァー・ハンニバル大尉
同大尉は、空軍地対空ミサイル部隊の出身で、戦術機パイロットに多数を占める空軍操縦士候補生とは違い、航空機操縦経験はない
しかし、対BETA戦による軍事編成の変化の煽りを受けて、《左遷》させられた将校の一人であった
ソ連留学経験のある彼は、前任者のユップ・ヴァイグル陸軍少佐と違い、
何より衛士訓練課程修了の上司との出会いは、彼等、戦術機マフィア4人組には
「うわぁ、本当かよ……」
人気のない喫煙所に、声が木霊する
周囲を伺いながら、煙の立ち昇る紙巻きたばこを持つヤウク少尉は、彼の耳元に近づく
何時もと違い、詰襟のホックを外し、第二ボタンまで
「参謀本部に居る知り合いから聞いた」
驚いた顔をする彼にヤウクはそっと耳打ちをする
「例の金髪の
右手で口を覆って、同輩に尋ねる
「でも奥さんと息子さん二人居るんだろう……。どうするんだよ」
「週末だけ会う生活をしてるらしいけど、知らないよ」
薄い代用コーヒーの入った紙コップを口に近づけると、一気に飲み干した
長らく外貨不足の東ドイツでは、西側の日本にしてみれば安価なコーヒー豆の輸入すら厳しい状態
この大麦で作られた代用コーヒーは決して美味とは言えず、仕方が無いから飲んでいるだけであった
ユルゲン自身は、父が外交官であり、幼少期に在外公館への転勤について行った経験から本物のコーヒーの味に慣れ親しんでいた
喫煙習慣が無く、酒も普通のドイツ人に比して控えている彼にとって、コーヒーは重要な嗜好品であった
紫煙に
「ヤウク、お前さん。女の兄弟の事が好きになるって変な事かい」
同輩は笑みを浮かべて、答えた
「僕は男の兄弟しかいないし、カッフェもそうだろ。判らない事には、答えられないよ」
ユルゲンにとって幸運だったのは、ソ連が作り上げようとしたESP兵士の様に心が読めない事であった
目の前の男が、表情とは裏腹に呆れかえっているとは、露程も思わなかった