日中の明るさを闇が遮る場所―――
悠也が廃墟ビルに入る。以前、ショウキと戦ったこの場所に訪れたその理由は、必ず何
かの手掛かりを得られると考えたからだ。
日中の明るさと廃墟ビル内に漂う闇が交じり合い、暗い紫の空間を作り出している。外
から車輌の走行音が絶え間なく聞こえてくるのも、この静けさが漂う中では静寂に感じる
一種にもなっている。
ショウキの死体は既に片付けられている。警察の現場検証も終わり、敢えてこの不気味
に暗いこの場に訪れる者は居ないだろう。
ショウキと戦って倒した場所に来る。そこにはチョークで身体の輪郭が描かれてあり、
周辺が焼け焦げているのも見える。
『ショウキ・・如月京史郎が狙う目的は・・オレ以外の誰かだ』
暗紫色の中で推理する。甚大高校・剣道部所属の三崎数馬を利用して各務絆を誘拐した
ショウキの一件。そして、如月京史郎は高校生の少女の誘拐を繰り返していた。
『・・霧生一族が目的の無いまま動くとは思えない。二つに共通するもの・・・16歳の
少女か・・』
ショウキの時に狙われた絆。如月が狙った少女達。考えられる共通性で妥当なものとい
えばそれしかない。
しかし、16歳の少女を狙うと一概に片付ける訳にもいかない。それでは霧生一族の行
動の不透明さを見抜けなくなる可能性もある。
『国家テロ規模の動きじゃない。ましてや要人の誘拐でもなければ、それに関する殺害で
もない。・・ならば「鏡閑」としては極端に動きが鈍る・・・それを見越しての事か』
政府の犬に成り下がった訳ではないが、それでも政府側に所属している以上、ある程度
の制約は受ける。もしも「鏡閑」が霧生一族の件から撤退するとなれば、当然に悠也も従
うしかない。そうなる事を防ぐ為にも、早々に霧生一族の目的を把握したかった。
『・・・?』
ショウキの死体跡の場所に何か落ちているのに気付く。良く見れば、それは一枚の花弁
であり、この甚大市では見掛けない花であると悠也は知っている。
『朱音(あかね)・・の花』
外側が朱色で内側へと濃い紅色になっていく花弁は、霧生の里の山奥で今の時期に咲く
「朱音花」に間違いない。
花弁を拾い上げる。掌に乗せて懐かしそうに見つめた。
『朱音・・・』
その花と同じ名の少女の事を思い出す。もう昔の事だ。一族の反乱が起きる前の過去に
なり、朱音とは幼馴染であるのだ。
今はもう16歳になったはずだ。但し、無事に成長すればであるが。
『・・・っ・・ここに来て、どうやら正解だったな』
懐かしそうな視線を急に掻き消した瞬間、瞳に鋭さが増す。表情が硬く全身に警戒感が
走るのは、小石の転がる微かな音を耳にしたからだ。
音はもう無いが、既に悠也は音の位置を把握している。この一階奥にある二階へと続く
階段である。
音も出さず、床に溜まる塵や埃さえも上げずに気配を殺して歩く悠也は、慎重に何者か
の気配を把握しながら階段へと向かった。
その時だ。外で雷が鳴った。いつの間にか外の様子が変わっている事に気付き、風が湿
気を含んでいる事を知る。
『雨か・・』
暫くその場に佇むと雨音が流れ込んできた。その音に合わせる様にして階段へと向かい、
そして、階段の第一段へと右足を掛けた時、急に動きを止めた。
『・・・お前は・・』
階段上を見上げる。一階と二階へと繋がる場所に何者かが降りて来る。明らかに悠也に
警戒感を示していない。むしろ、悠也が来る事を知っているかの様子にも思える。
『・・・(誰だ・・)』
その踊場に誰かが立っており、外が雨の所為で廃墟内が暗くなっており、相手の姿がよ
く見えない。
暗闇の中で目が慣れてくると、その時突然に稲妻の光が走った。続いて落雷音がして、
廃墟ビル全体が多少の揺れを見せた。どうやら近くに落ちたらしい。
『ここに来れば、恐らく出会えるであろうと・・・正解でした』
『・・・・誰だ・・(女・・?)』
階段の一段目に掛けていた右足を戻す。改めて、女性の声として聞こえた踊場の人物を
見据えた。
『お久しぶりですね・・・・朱音の花には、気付いてくれました?』
声は女性と言っても若すぎる少女の様だ。そして、声の雰囲気だけじゃなく、彼女の言
葉によって悠也は気付かされる。
『まさか・・―――――――――――――――あかね・・・如月朱音か・・!?』
『はい。アタシの事、まだ覚えててくれたのですね?―――嬉しい』
『何故だ・・』
『何故?―――それは・・・・っ!!』
『―――ッ!?』
彼女―――如月朱音は悠也でも想像しなかった行動に出た。踊場から悠也の居る一階へ
と助走を付けて飛んだのだ。
朱音が飛び降りるのを、悠也は半ば自然的な行動で受け止める。
『悠様・・・!!』
『―――!?・・あ、あかね?』
懐かしさが込み上げると同時に動揺は酷くなる。しかし、朱音の今の姿―――薄い生地
で作られている忍装束は肉体に密着して麗しい。何よりも女性として成長した姿に、悠也
は動揺を深めた。
朱音は―――短めに切った髪に容貌は爽やかで、目元は幼い頃の印象を残している。そ
んな朱音を見て、悠也の心は温もりを得たかのように綻んでいった。
悠也は、朱音を半ば強引に放す。改めて朱音という“女”を意識した瞬間だった。
『悠様。ずっとお探ししていました・・・』
『朱音・・・何故ここに』
『・・・本当は兄上に里に戻って貰い、家督を継ぐように説得するのが目的でしたが、ア
タシは兄上よりも、外の世界で生きていらっしゃるはずの・・・悠様を探す方が先決だっ
たので』
『・・・・・』
『悠様。ご無事で何よりです。これで里のみんなも喜びます』
朱音の笑顔には記憶がある。幼い時に何度も見て飽きなかったあの笑顔だ。そして、朱
音の言葉を受ける様にして悠也の心の中に懐かしさが込み上げた。
『里、は・・・』
『何も変わりませんよ・・あの時と同じまま・・・帰りませんか?』
『同じ?』
“あの時と同じまま”など考えられない。反乱が起きた所為で両親は殺され、悠也は里
から逃げ出すしかなかったのだ。その日から今日までのことを決して忘れない。
しかし、もはや警戒感が沸き起こってこない。朱音の言葉に心が引かれていくのを止め
られない。まるで“何かの”術中に嵌ってしまったかの様だった。
朱音が腰をくねらせて、悠也の傍に寄る。彼女の胸の先端が悠也の肉体に触れる寸前ま
で近付くのを、悠也は動揺して下がる。すると朱音は更に歩み近付いて来た。
『悠様のそのお姿―――凛々しゅうございます。アタシは好きかな』
『・・あ・・か・・・・ね』
「朱音」と喋ろうとして呂律が回らなくなっている事に今更気付いた。そして、埃臭か
った空気に甘ったるい匂いが含まれている事も同時に気付いた。
『くっ・・・な、んだ・・・・・』
頭の中がぼやけた感じになる。視界が揺らぎだした。
『ふふっ。ふふふ・・』
『あ・・・かね・・・・まさ、か・・・・・・』
朱音が抱き付いてくる。その朱音の肢体からする体臭が甘ったるさの匂いを放つ原因で
あると気付いた。
悠也の瞳の輝きが消える。迂闊とはいえ、懐かしさを利用した朱音の術に陥ってしまっ
た事を悔いながら、意識を朦朧とさせていった。
『悠様の子種はアタシのもの・・・兄上にも、あの方にも渡さない。悠様の・・・悠様は
私の物になるの』
『あ・・・か・・・・・・・くっ・・・・・・・・・っ・・・』
両足が身体を支えられなくなり崩れて倒れる。その途中で朱音が悠也の顔を胸に埋めさ
せる様にして抱き支えた。
甘ったるい匂いを更に嗅がされる。その匂い―――ショウキが用いた術「呪朽ち」と似
ていると知った時には既に遅すぎた。
意識を失おうとする悠也が、朱音に身の全てを預けている。
朱音は愛しそうに悠也の髪を撫ぜると、その手を頬にまで伝い下ろした。そして、指で
唇を触ると、悠也の顔を上げさせてその唇を奪った。
舌と舌とを絡み合わせながら、ゆっくりと悠也を床に寝かせ、そして、悠也の制服のボ
タンの一つへと手を掛け・・・