大音響で雷が鳴り響く―――
『――っ!?・・・やだな。この雷・・』
一瞬の内に光が消え失せる直後の事である。守衛所兼事務所の東廊下に居る各務絆は、
窓の外の方へ振り返る。
雷鳴が遠くなっていく。雨が窓ガラスに叩き付けて痛々しい音を出す。
絆は、窓ガラス越しに、雨の強さで視界が悪い中、体育館がある方を見つめた。
『・・――――お兄、ちゃん・・?』
声が出る。何気に思い浮かんだ悠也の後姿は哀愁を漂わせる様子に思えた。
暗い何かが悠也を取り囲むのが瞳には映っている。それも再び起こる稲光で掻き消され
ると、大音響の雷鳴の後、
『大丈夫か?』
『あ・・!?―――え?』
声を掛けられて我に返る。振り返った瞬間、一瞬だけ悠也に見間違えてしまった相場悠
輔が傍で見つめて立っていた。
『呆けていたな』
『あ、ごめんなさい・・凄く雷が五月蝿かったから』
兄の事で不安になっていると言っても初対面の彼である。変に思われてしまうだろうと
思い、とりあえず誤魔化すが、それを見透かす様に悠輔は絆の瞳をじっと見る。
『不安な事がある・・そんな顔だ。違うか?』
『ア・・』
悠輔の声は悠也の声に何処と無く似ている気がする。そう思える自分が不思議に思えて
仕方ない。この悠輔という彼の存在を強く意識する。何処かで会った気がしてならない。
悠輔をじっと見る内に―――見つめる中で・・・
「―――いつか、きっと出逢える。何度でもな・・」
―――誰・・!?
「―――約束する。オレは・・お前を守ると決めている。死しても尚、待っていろ」
―――あなたは、誰・・?
「命、輝けば―――また、火は灯る。絆と共に、オレ(魂)はある」
「守る・・――――――――――――――――――――――――――」
―――何を・・?
「―――――――――――――――――――――――――お前を・・」
―――お兄ちゃん・・?
「―――――――“悠なる時”と“悠なる場所”が重なる先で・・・待っている」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい・・』
唐突に脳裏に響き渡った悠也の様な声だった。その声が心に沁みていく気がしてならな
い。その中で絆は自然に出る声で静かに答えていた。
悠輔の姿が何処か懐かしい。
『あれ・・どうしてだろう・・・・涙が・・』
『お前・・』
悠輔が動揺する中、絆は今見せる表情とは完全に違う涙を不自然に流していた。止め処
なく流れ落ちる涙は・・・
稲光、雷鳴が立て続けに鳴る。一瞬の雷光が二人の居る廊下を激しく照らし、すぐに暗
く沈んでいった。
静寂が進む中、絆は涙を制服の袖で拭った。
『お兄ちゃんが・・』
窓の方へ振り返り、雨が強く窓ガラスを叩き付ける様子を強く見つめると、
『危ないんだ・・・きっと』
『・・・・兄貴(が・・)』
『うん。ごめんなさい。これ以上は案内出来ません。本当にごめんなさい!!』
『お、おい・・!』
悠輔が呼び止める前に、早々と頭を下げ終わった絆は廊下を走り出していった。
雷鳴と雷光が絆の姿を追い掛けている様に悠輔には見えていた。暫くその場に佇み、そ
して、静かな面持ちで絆が走り去っていった暗い廊下の先を睨んだ。
雷が大音響で鳴り響く―――
一学年棟にある図書室で、雷雨の様子を静かに見守っている女子生徒―――神代雪菜が
居る。電気は消えて、静寂さが雷鳴と稲光で乱れるのを静かに感じている。
『将星さん―――居ますか?』
雷鳴が轟く。続けて稲光が図書室内に明暗を作った。その中に一人の精悍さが漲る男子
生徒が雪菜の方へと鋭い視線を投げ掛けて立っていた。
もう一度、稲光が走る。その雷光を背で受け止めて振り返った雪菜は、その彼を静かに
見据え、ゆっくりと頷いた。
『・・「真実」が、私達の“方角”に――――』
『近付くか・・?』
『――――はい』
その彼に答える雪菜は、頷いた後で寂しげな微笑を見せた。
『・・解った』
『お願いします』
―――甚大高校よりは北西の方角となる、ある神社の境内の端で・・・
雷光が大きく輝いて、続く雷鳴と土砂降りの雨が降る中で一つの生命が産声を上げる。
落雷により周囲の木々が焼け焦げている。多少の火も上がっているが、それもすぐに雨
によって消されてしまう。
焦げた中心には小さな社と狛犬の石像が置かれていたはずであるが、それももはや跡形
も無い。
そして、産声を上げた生命力は、力強い眼差しを降り落ちてくる雨に向けていた。
守衛所兼事務所を出て―――
土砂降りの雨の中、絆は体育館へと向けて駆け出す。雨で制服が濡れて重く、また、雨
脚の強さで全身が顔までも痛く思える。そんな中を駆けていた。
靴や靴下は勿論、脚が泥で汚れてしまうのも気にせずに走るが、
『待て・・!!』
『アッ!?―――ッ?』
呼び止められる声が雨の音よりも強く聞こえた瞬間、引いた右腕を鷲掴みされた。勢い
が急に止められて心臓が止まるかと思うほどに吃驚した後で顔を上げる。
雨に濡れて髪が重く見えている悠輔が、絆の行動を制する。急に勢いを落とさせて絆を
自分の方へと引き寄せる。
『あ、あの・・!?』
『・・急いでも何も始まらない』
『え・・・?』
『お前は俺の何だ?―――お前は・・兄貴の・・・・・・っ、っ・・』
『え・・何を言っているのか・・・聞こえない・・・・あ。あの――』
雨脚の強まりと落雷音で悠輔の声が途切れてしまっていた。それでも悠輔は二度とは言
わず、静かに絆の瞳を見据えていた。
『行くぞ』
『え・・?』
『・・・お前は俺を不安にさせる。何故だ。解らない―――ならば、その不安を取り除く
行動を今・・すればいい』
『相葉さん・・・あの』
『各務・・―――――兄貴の名は・・』
雷光が周辺を一瞬の輝きで満たす中での、これが悠輔と絆との出逢いとなる。そして、
激しい雨に打たれる中で、絆は迷いながらも兄の名を告げた。
武道場の外―――
『動くのか・・―――』
霧島壱哉が体育館の方を見据えている。雨脚の強さに両目を細め、下げる両腕に静かに
力を籠めて、その場に立ち尽くしていた。
「お前は何もするな。俺とは関係ない。お前は「霧島壱哉」だという事を忘れるな」
昼間に交わした言葉が蘇る。思い出したその言葉への返答を壱哉は二通り考えていたが、
その場では敢えて答えずに無言を通した。
『忘れる・・か・・』
雨で身体が重くなる気がする。髪の毛の先から絶えず滴が滴り落ちる。俯き、自分の手
をじっと見つめた。
雨粒が掌内に落ちて、指の間より流れ落ちていく。それを悲しい瞳の輝きの中で見つめ
続け、暫く無言の後で、明確ではない答えを自分なりに口にした。
やがて、雨は静かな時を刻んで止んでいく・・・