雨の酷くなる様子が・・映る―――
一瞬の雷光が神代雪菜の姿を窓ガラスに映り込ませる。
自分を見つめ、右手をガラスに付ける。温もりで手の周囲が曇る。
『可能性を信じます。将星さん―――・・理、神(しん)と為す。心(しん)、清雅の法
衣に魂(こん)を満たす鴇(とき)の送水、絆へと通ず―――』
厳かに告げられる清流の様な声が図書館内に響き渡る瞬間、雷鳴で掻き消される。
『運命鏡差―――』
窓ガラスを正視する雪菜の瞳より輝きが消える。窓ガラスを通して広がる虚空を見据え
る様であるが、実際は別の“者”を視ていた。
―――きずな、私も戦うから・・
―――雪菜・・・運命鏡差の力を・・。―――ッ!!
『そうはさせん・・―――――在天の静寂、満ち欠けの流れを穢すモノよ。道心を集わす
神符より衛士が命ず。我が身・桐生将星を通じ、清浄へと還れ―――!!』
体育館の外の壁に貼られた護符が、将星に応じて一斉に輝き出す。
体育館全体を包み込んでいく輝きは将星の力の強まりと共に増していく。その中で将星
は、雨をまともに受けながら両目を強く見開くと、
『破邪霊符陣ッ!!!』
二つの力が放たれる。体育館内プール場では―――
『ハァ。ハァ・・』
『くくっ、くはっはぁ!!愉快だな!!全くッ!!オレ様の力って奴はよ!』
絆を肩に抱えて豪快に笑う大道寺は、全身にスライムを汗の様に流している。そのスラ
イムが既にプールに満たされている。
スライムの侵食が広がるに連れて絆の容態は悪化する。
ぶくぶくと沸いてくる泡のプールの水面へと大道寺は右足を下ろす。すると忽然として
水面は静寂になる。
『ふん・・!』
水面を乱暴に蹴る。水飛沫が上がり、水音が豪快に鳴った。
大道寺の目の前でプールの水が浮き上がってくる。まるで無重力空間に浮かぶ水の珠の
様に揺らめいている。
『各務。それに、あともう一人・・馬鹿な野郎が居たもんだな―――だが、それも関係な
いなぁー、くくっ、お前達は今日から俺の奴隷にしてやるだけだからな!』
豪快に笑いながら告げる大道寺の言葉通り、空中に浮かぶ水の珠には悠也の姿と、その
近くで悠輔の姿が揺らめいて見えていた。二人共、意識を水に―――スライムに奪われて
しまっている。
『俺の勝ちだ―――な。“あいつ”の言う通りだったが、それも面白い』
プールサイドで蠢く数々のスライムが集合して人間の形を取っていく。身体を揺らめか
せながら、プール場中央に浮く水の珠を見ていた。
大道寺は、絆の様子を確認すると、心配もせずに水の珠に背を向けて、出口へと向かっ
て歩き出した。そして、扉を開けようと左手を添えた瞬間―――
輝きが激しく発生する―――!!
『ぎゃっ!?―――ぎゃっぁ!!―――これはぁ!?』
扉には光の幕が覆う。壁を伝って広がり全体へと行き渡った。
あまりにも眩しい光景がプール場に発生した時だった。絆は急に頭を起こし、顔を光る
扉へと向けた。
ぼんやりと見つめる絆の瞳に何かが映っている。そのまま両目を一度だけ瞑り、僅かな
時間を経て開くと、強い輝きが灯っていた。
『くぁぁ!!――――痛ぇぞ!!!これはぁ!?』
光を浴びた大道寺は、全身に激痛が走ったのを知った。その衝撃に絆を放り出してプー
ルへと走り戻って行った。
動揺し切っているが、水の珠の傍に寄り、その揺らめく水面に触れてようやく落ち着き
を取り戻した。
『ふー。ふー・・・ふー・・・一体、何が起こった・・・・』
息が荒くなっている。全身の皮膚が―――特に扉に触れた手が焼ける様に痛い。自分の
身に起こっている事が解らないだけに不安は募る。
しかし、水の珠に封印した悠也と悠輔の姿を見て、ほくそ笑む事が出来た。それを不安
解消の術とする。
しかし、壁一体を覆い尽くす光は尚も消え去らない。
『二人を・・解放して下さい・・・・』
扉付近に倒れている絆より声が発せられた。強みのある声で大道寺に圧迫を掛けてくる
様だった。それが大道寺には不快で堪らない。
『各務絆っぁ!!―――なんだ・・お前は・・・・』
『・・・・・私は・・』
図書室―――
窓ガラスに映っているはずの雪菜の姿が揺らぎ、換わって映ってきたのは絆だった。雪
菜と似たような表情をして、その雪菜をじっと見つめ、雪菜もまた絆を見つめていた。
『・・・・・私は・・』
体育館内プール場―――
『お、まえ・・・はッ!?――――誰だァ!』
大道寺にも今の絆が絆本人ではないと理解出来た。
絆は、大道寺の言葉を受けながら立ち上がっていく。動きは多少のぎこちなさが見られ
るも、その姿は凛々しく思えた。
顔を上げる。澄み渡る瞳で大道寺を見据え、視線を上げて水の珠の中に封印された悠也
と悠輔を見つめた。
『・・・・先生。この場は既に封印されました。もう・・出られません―――』
『封印・・!?―――ど、どういう事だ!!何をした!!』
絆より発せられる別の少女の声。その声は大道寺には聞き覚えがあった。何処かで聞い
た声、何処かで―――それを何度も頭の中で繰り返すが、動揺して焦りを募らせて皆目見
当が付かなかった。
『大道寺先生。手遅れです。身も心も亡者の色に染まっては・・・戻れません。せめて、
清浄の流れの中に還りましょう』
告げられる絆の声には、大道寺の心に突き刺さる様に聞こえる。清流の様な清らかさで
あるが、それが今はとてつもなく不快で気持ち悪い。
『亡者・・?――――何のことだ!!』
焦り加えながら叫ぶ。その際も水の珠に手を触れたままを保った。
大道寺の叫びに対する絆は、冷静な様子で首を左右に振った。そして、改めて大道寺を
見据えた。
『利用されたんです。先生は・・・“私達”を―――誘き出す餌にされたんです』
『・・・・何だと・・』
「―――――――――――――“ぼく達の仲間”になりません?」
―――っ!?・・くっ―――・・そうか、そういう事か・・・・・俺はもう・・
『もう殺されてしまったんです。先生は・・・命の灯火を消しても尚、生への執着心が肉
体を虜として離さない―――』
言いながらプールサイドで喚き続ける亡者達を順に見る。
『じゃあ・・アレ等は俺が生み出した・・』
『この場を穢しても何もなりません・・・先生、もうやめましょう』
『・・・・・・』
絆の言葉を黙って聴きながら、受け入れ難い感情を水の珠へと向ける。その中で揺らめ
く悠也を見つめて、そして、暫くしてほくそ笑んだ。
瞳に宿る狂気がある。その瞳をゆるりと絆へと向けた。
『各務絆―――誰に操られているか・・くあ―――・・・ふふっ。君も意地悪だね』
『・・・・ようやく・・正体を現しましたか?』
大道寺の声が急に変わるのを、絆は予め知っていたかの様子で告げた。声の変化は確実
に少年のものだ。
『各務さんの身体を借りてでも、各務先輩が大事って事ですか?―――ね、そういう事で
すか、神代雪菜さん?』
『・・・・・・』
『ふふっ・・・今、貴方がここに魂を飛ばしている事・・・それが何処からなのか、ぼく
には解るよ―――ね?』
『・・・・・』
―――ッ!?
体育館屋根で結界陣の力を制御していた将星が、突然に驚愕の表情へと顔を変化させて
叫んだ。一学年棟の校舎方向を急いで見る。
『しまった!?・・雪菜をッ!!!』
邪悪な気配が雪菜の居る図書室で蠢こうとするのを将星は察知した。しかし、この場所
から向かうにもしても時間的に間に合わない!
図書室―――
絆と魂を連ねている今、雪菜は動けなかった。背後に忍び寄る亡者の無数の気配を受け
ても、眉間に一筋の汗を流して厳しい表情で耐える。
『・・・・・・・・・・・・・(将星さん・・)』
窓ガラスに映る絆の真後ろに亡者が迫ろうとしていた―――その時!?
『邪魔だぜ―――お前等ァ!!』
『―――――――ッ!?』
窓ガラスに映っていた亡者の一人が突然に横に吹き飛ばされて消える。そして、霧島壱
哉の姿が・・・
『雪。――――大丈夫か?』
『・・・・ッ!?』
精神集中が乱れるほどの驚きを雪菜はする。その雪菜に壱哉は複雑な表情を向け、深い
眼差しで見つめる。
『俺には・・・何も出来ねぇぜ・・今はな。雪を守る事で精一杯なんだ・・・・』
窓ガラスに映る絆を見ても驚きもしない。まさに将星以上に悟る眼差しを向けていた。
その場の亡者が壱哉に攻撃の矛先を変える。一斉に助走を付けて飛び掛ってきた。
『だが―――俺は、将星アニキを許せねぇぜ・・・絶対、な』
瞳に強き炎が宿る。その輝きが一線を描かせる様に素早く振り返り、飛び掛ってくる亡
者と対峙した。
―――壱、・・・龍征さん・・
亡者と戦う壱哉―――桐生将星の弟・桐生龍征の顔がそこには表れていた。しかし、そ
の顔には決意は無く、窓ガラスに映る壱哉の姿は寂しそうに思えた。
体育館内に満ちる力―――
プール場で誰よりも大道寺を支配する者が感じ取っていた。自分達―――亡者と敵対す
る者の力を。
一度、傍で浮かぶ水の珠を見ると、一瞬の笑いを見せて俯く。
『ここは退こうかな・・負けるのもやだしね』
『・・・・・・・』
『それじゃ、今度は御鏡神社で会いましょうか?』
言葉を放った瞬間、一斉にプールサイドに立っていた亡者の形が崩れ去った。そして、
それに呼応するかの様に水の珠が膨れ上がり、限界まで達すると爆発して飛び散った。
壁にスライムがこびり付き、光の幕を壊す。
けたたましく、金属を壊す様な音が鳴り響く―――
『くあ!?』
体育館屋根の上で、雨に打たれる将星は護符を持つ右腕を左手で押さえた。激痛が今も
右腕より鳴り止まない。膝を落とし、右腕を庇う。
『くっ・・自分の力を弾いたのか・・・・くっ――』
亡者の気配と力を探るが、既に体育館内より消えている。もはや行き先も突き止められ
なかった。
『雪菜の身が・・・くっ――――今、行く・・』
右腕を左手で押さえながら立ち上がり、急いで一学年棟に向かった。
体育館内プール場では―――
雪菜より拘束状態を解かれた絆が倒れ込む。その直前よりプールの水が土砂降りの雨の
様に落ち、それと一緒に悠也がプール底に落下して激突した。
『くはっ・・』
悠也は、競泳水着が右足首に引っ掛かる裸の状態で仰向けに倒れる。激突した衝撃で傷
を頭部に負ったらしく、血の流れが顔面に一筋付いていた。
水の珠内部では、呼吸困難が続き、それでも忍としての忍耐力で耐えてきた悠也だった
が、大道寺よりの凌辱の所為もあり、今は意識が朦朧としていた。
微かに見える視界がプール場の天井を見せる。
そして・・・
―――てめ、ぇ・・・は・・・
天井を見る光景の最中、一人の漢が悠也を見下ろしていた。冷ややかに・・憎しみを籠
めて、その静けさを保つ悠輔が誰であるのかが、悠也にはまだ解らない。
『兄貴・・・――――――――――・・』
そっと片膝を付くと、両手を悠也の首へと伸ばし、両掌を大きく開いた瞬間、握り締め
る力に憎しみを籠めた。
『ぐっ・・・・っぁ・・』
僅かに響く悠也の苦痛の声。土砂降りに降ったプール水により、周囲は霧の様に白く霞
んでいる。
『死ね・・――――――』
『ぐっ・・ぁ。ぐ・・はァ!!』
『・・お兄、・・・・ちゃん・・―――――――――――――――』
気絶している絆が、夢見に落ちている所為なのか、寝言の様に言う。そんな可愛らしい
声が霧の中に響いているのを、悠也と悠輔は聴いていた・・・